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樋口尚文 銀幕の個性派たち

中丸シオン、天使のようなダークヒロイン

毎月連載

第86回

筆者邸にてくつろぐ中丸シオン(2018年)

名優・中丸新将の娘として

稀代の美しき個性派としてはばたく過程にあった逸材・中丸シオンが逝った。あまりにも惜しい、そして悲しすぎる出来事だった。中丸シオンと初めて出会ったのは、かれこれ12年ほど前、同じ事務所の大物俳優との仕事に関する打ち合わせに出向いた時だった。「うちの中丸もご紹介してよろしいですか」と言われて、ドアの向こうから爽やかな笑顔で現れた中丸シオンの美しい面立ちを一瞥して、ほぼ反射的に「もしかして中丸新将さんのお嬢さんですか」と言うと、さらに笑いながら頷き「どうしてわかったんですか」。どうしても何もそのきれいな顔立ちがそっくり過ぎて、しかも「中丸」と来ては迷う由もなかった。

中丸新将が団鬼六に扮した舞台『最愛の愛人』(2015年)のバックヤードにて。新将とシオン。

中丸新将はわれわれの世代には「中丸信」名義で70年代半ばから80年代前半までのいきのいい日活ロマンポルノ作品の助演が記憶に鮮やかだ。桐朋学園から劇団四季などを経て、フランスでパントマイムの勉強なども積んで映画界に飛び込んだ新将は、そのデリケートそうな美貌がひときわ目を引き、知的で屈折した悪役や倒錯的なアウトサイダーを数多く引き受けた印象がある(中丸新将にはまた改めて本連載に登場を願いたい)。

「中丸新将」と改名した頃には、もう映画やドラマで市井の普通のシニアから大物の企業人、政治家までこなす名バイプレーヤーとして重宝されていたが、私が事務所で出会った中丸シオンの雰囲気はあの日活ロマンポルノで異彩を放っていた若き日の新将を思い出させて、感慨深かった。おかしな話だが、その出会い以来、私はシオン嬢から新将さんを紹介していただいてたびたび三人で飲んで食べて、新将さんと私が往年の日活ロマンポルノの素晴らしい現場の話で盛り上がっているのを、ロマンポルノを観たこともないシオン嬢が幸福感溢れるまなざしで眺めている、という構図が幾度も繰り返された。

映画『インターミッション』(2013年)。左から中丸シオン、森下悠里。

しかし、いまシオンは父のロマンポルノ作品を観たことがないと書いたものの、実は中学高校時代のクラスメートに呼び出されて、「これはあなたのお父さんでしょ」と父の出演作のビデオを見せられたことはあったという。要は「いじめ」なのだが、中丸新将の娘ともなるとそういうこみいった仕打ちにあうのかと驚いたが、そんな思い出話を聞かせてくれるシオンは、当然そういう父君の仕事は立派なものだと理解はしているのだが、どうにも恥ずかしくて観ていないと言っていた。それだから私は『花芯の刺青 熟れた壺』や『猟色』といった作品のDVDを貸したりもしたのだが、ついに最後まで観られなかったかもしれない。しばしば頑なにやりあいながらも心底父のことを慕ってやまない、そしてとびきりシャイな、同じ顔をした娘であった。

高貴なるダークヒロインの顔

映画『インターミッション』スチール撮影風景。

シオンの今となっては晩年を彩る大作がロシア国営テレビの連続ドラマ『スパイを愛した女たち リヒャルト・ゾルゲ』だが、ここでシオンは歴史に翻弄されるゾルゲの愛人・石井花子に扮した。新将ゆずりのシオンの美貌は、貴種流離譚には似合いこそすれ、トリビアルな若い女の子の日常を描くドラマにしまいこむには美し過ぎた。だから、こういう大河ロマン的な作品や虚構的なテンションの高い特撮物のヒロインに招かれることがよくあったが、確かにこういう作品には余人の追随を許さぬはまり方であった。たとえば円谷プロの特撮ドラマ『ウルトラマンネクサス』(‘04)の斎田リコ=ダークファウスト役などは、こうした特撮ヒーロー物のお定まりを逸脱した陰翳のあるはかなげな少女に扮して印象深く、同プロの『ウルトラギャラクシー大怪獣バトル NEVER ENDING ODYSSEY』(‘08)で演じたペダン星人ハーラン司令官やこれは舞台だが『ミュージカル美少女戦士セーラームーン』のブラック・レディなどの歌舞いた役まわりも根強いファンがいる。いずれもあの浮世離れした美しきシオンでしか似合わなそうな華麗なコスチュームをまとって、少年少女のファンを感電させた。しかしこれらの多くがどことなく陰翳を感じさせる役柄もしくは特異な悪役だったところが、また父に通ずるものを感じさせるのだった。『ウルトラ』シリーズを担っていた小中和哉監督がシオンを主役に撮った映画『VAMP』(‘19)は、まさにそのシオンのダークヒロインの味を存分に活かそうとするディレッタンティズム溢れる吸血鬼映画だった。

最初で最後の父娘共演

映画『インターミッション』。左から中丸新将、中丸シオン、森下悠里。

さて俳優としての中丸父娘をともに愛する私は、酒席で一度でいいから二人を共演させたいと本人たちを前に吠えていたが、その機会は意外にも早く訪れた。2013年に映画ファンに惜しまれながら閉館した銀座のど真ん中の地下映画館・銀座シネパトスを舞台に、この閉じる間際の映画館に奇異なる観客が現れて珍事を巻き起こすという映画『インターミッション』を私は企画、監督した。その山場の1エピソードで、仲よき父娘が映画館デートをするという日に、父が娘と同い年の彼女を客席で紹介して再婚の意志を表明すると、娘は猛烈に怒り出し、さらに父の彼女も予想を超えた行動に出て、父はそのあまりの事態に翻弄されまくる……。お楽しみのために詳しくは書かないが、私はこの最愛なる父娘のために、盛って言えばブニュエル風味のフレンチな艶笑譚を考えた。

ここでの新将・シオン父娘はとても麗しく、シオンはきりりとした表情からなまめかしいしぐさまで振幅のある演技を懸命に見せてくれた。脚本家の山田太一氏がこの作品をとても気に入ってくださったが、とりわけ新将・シオン父娘のシークエンスは特に素晴らしいとご著書にまで書いていただいた。これが私が生前のシオンになしえた最大の功徳だが、はからずも本シーンは新将・シオン父娘の最初で最後の共演となってしまった。シオンはきっと40代、50代と年齢を重ねるほどにまたいちだんと味わい深い演技者になっていたに違いないので、本当に惜しまれる。5年前から闘病のことは概ね聞いていたが、その間、シオンは映画、ドラマだけでなく舞台にも果敢に出演していた。最後の出演作までほとんどの舞台も見てみたが、シオンは舞台でも実にいきいきと光っていた。後で聞けば昨2021年のクリスマスの頃に横浜レンガ倉庫で観た舞台は、全くそんなふうには見えなかったのに、裏では闘病の熱や痛みを格闘していたそうで、新将さんは「その捨て身の役者魂に嫉妬さえ覚えた」と後で教えてくれた。

9月5日に営まれた「中丸シオンを偲ぶ会」の遺影。

そして7月11日にシオンは逝き、13日に家族葬が営まれた。私はそこに呼んでいただいて、棺に眠るシオンに対面したのだが、あまりにも安らかな美しい表情で、今にも声をかけてきそうな雰囲気だったので、5年間いつかこの日が訪れることを覚悟していたものの、まるで事態を受け入れられないのであった。私は滂沱の涙を流すどころか、そんな悲しみを通過してむしろ憤りに近い昂りで泣く余裕すらなかった。こんな若く有望で、しかも人柄は謙虚にして非の打ち所なきシオンの命が召されるとは、本当に神も仏もないことである。シオンは、飲んだ後で新将さんと私が機嫌よく肩を並べて夜道を歩いている後ろ姿を、ちょっと離れたところからよく撮っていた。そんなふうに父や私が幸せなことが、自分には嬉しい。シオンは、そんなふうに考えるひとなのであり、まさに天使のようであった。

※筆者が監督した中丸新将・シオンの最初で最後の共演作『インターミッション』は9月23日~10月6日、池袋HUMAXシネマズでリバイバル公開されます。

データ

インターミッション
2013年2月23日公開
配給:オブスキュラ
監督・脚本:樋口尚文
脚本:港岳彦
出演:秋吉久美子/染谷将太/香川京//小山明子/水野久美/竹中直人/ひし美ゆり子/中丸シオン/中丸新将
*池袋HUMAXシネマズ「銀座 シネパトス復活映画祭 vol.3」(9/23〜10/6)でリバイバル上映

VAMP
2019年8月23日公開
配給:ブラウニー
監督:小中和哉
出演:中丸シオン/高橋真悠/田中真琴/木之本亮/堀内正美

さがす
2022年1月21日公開
配給:アスミックエース
監督:片山慎三
出演:佐藤二朗/伊東蒼/森田望智/石井正太朗/品川徹/中丸シオン

プロフィール

樋口 尚文(ひぐち・なおふみ)

1962年生まれ。映画評論家/映画監督。著書に『大島渚のすべて』『黒澤明の映画術』『実相寺昭雄 才気の伽藍』『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』『「砂の器」と「日本沈没」70年代日本の超大作映画』『ロマンポルノと実録やくざ映画』『「昭和」の子役 もうひとつの日本映画史』『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』『映画のキャッチコピー学』ほか。監督作に『インターミッション』『葬式の名人』。新著は『秋吉久美子 調書』。『大島渚 全映画秘蔵資料集成』(編著)。

『大島渚 全映画秘蔵資料集成』監修:大島渚プロダクション 編著:樋口尚文 国書刊行会刊

【ひとこと】

2013年に他界された大島渚監督が、自宅やプロダクションの保管庫などに遺した大な資料、写真、書簡、日記などをすみずみまで精査し、詳細な解説を加える作業を重ねてきましたが、濃厚な内容と圧倒的な厚みの本書に結実しました。日本映画史に刺激的に屹立する作家の「創造の渦」をぜひ体感してください。(樋口尚文)

『葬式の名人』

『葬式の名人』
2019年9月20日公開 配給:ティ・ジョイ
監督:樋口尚文 原作:川端康成
脚本:大野裕之
出演:前田敦子/高良健吾/白洲迅/尾上寛之/中西美帆/奥野瑛太/佐藤都輝子/樋井明日香/中江有里/大島葉子/佐伯日菜子/阿比留照太/桂雀々/堀内正美/和泉ちぬ/福本清三/中島貞夫/栗塚旭/有馬稲子