Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

樋口尚文 銀幕の個性派たち

中原丈雄、御国の大物から市井の隠者まで

毎月連載

第29回

写真提供:オフィス佐々木

中原丈雄は、多くの名バイプレーヤーがそうであるように、いつの間にか私たち観客、視聴者におなじみの「あの顔」になっていた。1951年10月、中原は熊本県球磨郡に生まれたが、この球磨といえば真っ先に思い浮かぶのが球磨焼酎だ。近年の中原は、まさにご当地の酒造組合から「球磨焼酎大使」に任命されて、お酒と料理にまつわるローカル番組にも出ているという。

そんな中原が実際、いつ頃からテレビや映画で見かける顔になったのかをふり返ってみると、私のなかではやはり1989年の中島丈博脚本・監督の映画『おこげ』が中原を印象的に記憶した最初の作品だが、映像にデビューしたのは1982年のポーラテレビ小説『女・かけこみ寺』で、これは江戸後期の縁切り寺こと東慶寺にまつわる根本律子主演のドラマだったが、残念ながら中原の記憶はまるでない。

実はそれ以前の、大学卒業後の70年代の中原は、意外や水森亜土と里吉しげみで知られる劇団未来劇場に所属して舞台に立っていたという。しかも後年、中原は絵画の腕前が評判となるが、すでにこの時分、水森亜土の絵を手伝ってアルバイトがわりにしていたそうだ。ちなみにシャンソン歌手の石井好子は早くから中原の絵の腕前を激賞して、個展を開くことをすすめたそうだ(中原の芸名も石井の命名との由)。

『武蔵-むさし-』(C)2018 株式会社 三上康雄事務所

そんな中原は、80年代に入ると徐々に映像中心の仕事に転じてゆく。そこで面白いのは、自然と積み重なってゆく出演歴のなかで、『警部補 佃次郎』『刑事 鬼貫八郎』『私鉄沿線97分署』『あきれた刑事』『ベイシティ刑事』『はぐれ刑事純情派』『はみだし刑事情熱系』『警視庁女性捜査班』『温泉若おかみの殺人推理』『京都殺人案内』『新・棟居刑事シリーズ』『十津川警部シリーズ』『相棒シリーズ』そのほか、山のような刑事物、推理物が大半を占めていることだ。松本清張のスペシャルドラマなど、『危険な斜面』『夜光の階段』『ガラスの城』『塗られた本』『顔』など初期から近年まで続々オファーされている。

これはおそらく中原のフィクショナルなダンディさがテレビ的には「刑事顔」と解されるからなのだろうが、もうひとつ特徴的なのは同じ警察側の人間でも中原はオエライサンを委ねられることが多いということだ。代表的なものは、映画『踊る大捜査線』シリーズでの榊原警視監だが、『女警察署長』の警察本部長、『ブラッディ・マンデイ2』の警察庁警備局長、『HUNTER』の刑事部部長、『オルトロスの犬』の刑事課長など数多く、警部補クラスはごく普通にこなしている(平成『ゴジラ』シリーズでは師団長から幕僚長まで!)。こうした中原の威厳ある雰囲気は、警察関連ではなく政財界のキャラクターに配役された場合もものを言って、『ハゲタカ』では銀行専務、『官僚たちの夏』では銀行頭取、『不毛地帯』では商社の財務本部長、『交渉人』では某省大臣、『ドクターX』では内閣官房長官‥‥とのぼり詰めている。

歴代『白い巨塔』の配役はこういった俳優のイメージ番付と言ってもいいが、2003年ドラマ版で演じた船尾医学部長は、かつて映画版で滝沢修や1978年ドラマ版で中原のあこがれる佐分利信が演じた役だった。2017年のドラマ版で演じた『人間の証明』の国会議員・郡陽平は77年映画版では三船敏郎が、78年ドラマ版では山村聰が演じた。こういうステイタスのある役で変わったところでは、NHKスペシャル『さよなら、アルマ』ではなんと満映の理事長(甘粕正彦がモデル)に扮した。

面白いことに、こうした配役の傾向は時代劇にあっても共通していて、2004年のドラマ『忠臣蔵』では柳沢吉保を、2008年の『幻十郎必殺剣』では田沼意次を演じたが、近年ひときわお茶の間で親しまれたのは2016年の大河ドラマ『真田丸』の真田家重臣・高梨内記の演技だろう。こういういかめしい中原もいいのだが、しかしこういう人が一転市井ののんびりとしたおじさんを演ずると、これがひじょうにいいのだ。『植物男子ベランダー』『孤独のグルメ』などにひょっこり出てくる脱力系のおじさんに扮した中原は、えもいわれずチャーミングで、そこには絵をたしなみウクレレも愛するという穏やかな中原の実像が垣間見えるのだった。



最新出演作品

『武蔵-むさし-』ポスター

2019年5月25日公開 配給:アークエンタテインメント
監督・脚本:三上康雄
出演:細田善彦/松平健 /目黒祐樹/水野真紀/若林豪/中原丈雄



プロフィール

樋口 尚文(ひぐち・なおふみ)

1962年生まれ。映画評論家/映画監督。著書に『大島渚のすべて』『黒澤明の映画術』『実相寺昭雄 才気の伽藍』『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』『「砂の器」と「日本沈没」70年代日本の超大作映画』『ロマンポルノと実録やくざ映画』『「昭和」の子役 もうひとつの日本映画史』『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』『映画のキャッチコピー学』ほか。監督作に『インターミッション』、新作『葬式の名人』が9/20(金)に全国ロードショー。

『葬式の名人』(c)“The Master of Funerals” Film Partners