樋口尚文 銀幕の個性派たち
福本清三、名もなき映画サムライの構え(後篇)
毎月連載
第31回
『太秦ライムライト』 (C)2013 UzumasaLimelight. All Rights Reserved.
福本清三が東映京都撮影所の大部屋に雇われた1959年、ちょうど普及しはじめたテレビ受像機の小さな画面のなかで大喝采を浴びていたのが、国産テレビヒーロー第一号の『月光仮面』である。その主人公、月光仮面の正体である祝十郎探偵に扮して人気を集めていたのが大瀬康一だった。実は大瀬も大泉にある東映東京撮影所で大部屋俳優をやっていたのだが、スタア俳優の吹き替えで危ないアクションなどを買って出ると監督たちから大変重宝がられたという。目立たないその他大勢をきっちり演じ、悪目立ちしないのが大部屋の美徳であったわけだから、こういう顔を隠した吹き替えのアクションなどは大部屋俳優が華々しく目立つチャンスであった。まだ「スタントマン」という言葉がなかった時代のことである。
しかし一生こうしてスタントまがいのことだけやっていて大丈夫なのだろうかと思った大瀬は、まだ映画界から安づくりな映像メディアとして蔑視されていたテレビ界にチャンスを見出して撮影所を去った。大瀬がテレビで人気を集めていた頃に京都の東映に入った福本は、逆にそこに骨を埋める覚悟でこつこつと大部屋俳優を続けることとなった。折しも戦後最高の観客動員を記録した邦画黄金期であったが、福本が撮影所に雇われた時分から日本映画は退潮の一途をたどり、逆にテレビにとっては高度成長期そのものだった。
こんな趨勢のもと、映画スタアは往年の華々しき出番を失って、なかにはテレビの仕事を嫌がってすっかり忘れられてゆく者もあった。だが、福本は映画がこぶりになってキワモノ的になっていこうが、テレビ映画の仕事が増えようが、そんなに大きな影響はなかったのではないか。徐々に時代劇の「斬られ役」として重宝され出した福本は、『水戸黄門』『江戸を斬る』『遠山の金さん』『桃太郎侍』『暴れん坊将軍』『柳生一族の陰謀』『影の軍団』『長七郎江戸日記』などなど、きら星のごときテレビの時代劇シリーズに数えきれないほど出演を果たし、全く仕事の絶えることがなかった。
これらの作品での福本の演技を気にして観ていると、まずスタア俳優の剣劇を立てる殺陣に秀で、そこまでは出来る者も多かろうがさらに斬られて絶命する際の演技のアラカルトに実に工夫の跡があるのだ。時にはイナバウアー的な海老ぞりに出たり、時には体の軸は定めて顔を左右にスライドさせたり……実にさまざまな斬られ方の引き出しがあって、しかもそれらを一瞬芸として見せて悪目立ちしないという弁えも含め、監督たちの覚えのよさはいかばかりであったか。こうした一瞬芸でスタアと映画を引き立てる福本の職人芸は、時代劇のみならず、『仁義なき戦い』シリーズや『殺人拳』シリーズなどでも活かされた。
こうして大部屋道まっしぐらだった福本が一躍脚光を浴びたのは2003年のハリウッド大作映画『ラストサムライ』の寡黙な侍(ボブと呼ばれる)に抜擢された時であったが、これはちょうど福本が東映を定年になった年でもあったので、まるで映画のストーリーのように長年の脇役、端役での欲も得もない貢献が総決算的に大輪の花を咲かすようであった。トム・クルーズと福本のツーショットはまことに感慨深いものがあった。しかし、福本にとってのベースはあくまで大部屋であって、定年後も嘱託として太秦に残ったが、もはや大部屋俳優という存在そのものがなくなっていた。
2014年にはそんな福本の人生にもダブる初主演作『太秦ライムライト』が製作されて好評を博したが、スタアの松方弘樹に請われて一世一代の「斬られ役」を演るという「主役」は畏れ多くて大変緊張したそうである。そして話を戻せば、私の監督作『葬式の名人』の内々の試写を今春太秦でやった時、客席を見やれば出演者として福本清三と栗塚旭が並んで試写室の銀幕を仰いでいる。1960年代半ばの人気テレビ映画『新選組血風録』で二人の役柄は「酔っぱらいの若侍」と「土方歳三」であった。それから半世紀以上を経た今作で二人に捧げた役は「やくざの若頭」と「名刹の僧侶」で、それはそれはごきげんな現場であったことを告白しておく。
最新出演作品
『葬式の名人』
2019年9月20日公開 配給:ティ・ジョイ
監督:樋口尚文 原作:川端康成
脚本:大野裕之
出演:前田敦子/高良健吾/白洲迅/尾上寛之/中西美帆/奥野瑛太/佐藤都輝子/樋井明日香/中江有里/大島葉子/佐伯日菜子/阿比留照太/桂雀々/堀内正美/和泉ちぬ/福本清三/中島貞夫/栗塚旭/有馬稲子
出演作品
『太秦ライムライト』
2014年7月12日公開 配給:ティ・ジョイ
監督:落合賢 脚本:大野裕之
出演:福本清三/山本千尋/本田博太郎/合田雅吏/峰蘭太郎/栗塚旭/木下通博/柴田善行/多井一晃/中島ボイル/川嶋杏奈/尚玄/中村静香/一瀬秀和/石橋穂乃香/海老瀬はな/萬田久子/小林稔侍/松方弘樹
プロフィール
樋口 尚文(ひぐち・なおふみ)
1962年生まれ。映画評論家/映画監督。著書に『大島渚のすべて』『黒澤明の映画術』『実相寺昭雄 才気の伽藍』『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』『「砂の器」と「日本沈没」70年代日本の超大作映画』『ロマンポルノと実録やくざ映画』『「昭和」の子役 もうひとつの日本映画史』『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』『映画のキャッチコピー学』ほか。監督作に『インターミッション』、新作『葬式の名人』が9/20(金)に全国ロードショー。