樋口尚文 銀幕の個性派たち
桂雀々、笑いを踏み出す数奇な横顔
毎月連載
第32回

『葬式の名人』 (C)“The Master of Funerals” Film Partners
昭和の個性派俳優の系譜には、いわゆる芸人や喜劇人のスタアをシリアスなドラマに引用して目覚ましい印象をのこした例がいくつもある。先日、ある週刊誌が1978年のドラマ版『白い巨塔』を特集するにあたって、「鬼気迫る主演の田宮二郎さんはともかく、他の助演者で誰が最も印象的でしたか。やはり佐分利信さんや中村伸郎さんでしょうか」と記者氏から尋ねられたので、「助演陣も豪華すぎて枚挙にいとまがありませんが、俳優なら曾我廼家明蝶さん、女優なら太地喜和子さんですね」と即答した。
曾我廼家明蝶ははや20年前に90歳で亡くなっているから今の読者にはなじみがないかもしれないが、大阪は船場の呉服商の養子であった明蝶は昭和初期に曾我廼家五郎劇団に入る。曾我廼家五郎は、榎本健一や古川ロッパからも深く敬愛された喜劇俳優、喜劇作家であったが、そこで笑いも泣かせもたたきこまれた明蝶は、戦後の五郎なき後を引き受けて松竹新喜劇の立ち上げに参加、その看板スタアの一人として活躍した。60年代前半からフリーとなって数々の映画、テレビに出演したが、フジテレビの『白い巨塔』での田宮二郎扮する娘婿の財前五郎を持ち上げる医師会の重鎮を“曲者感”たっぷりに魅力的に演じていた。
そして物真似師の三代目江戸家猫八が演じた伊丹十三監督『お葬式』の葬儀屋もよく思い出す。猫八は戦前に古川ロッパ一座に加わった後、南方戦線で死にかけた後、広島で軍務に就いていた。原爆投下の日は、なんとあの『無法松の一生』で吉岡夫人を演じた「桜隊」の園井啓子と会う予定だったのだが寝坊して助かり(爆心に近かった園井は数日後に死去)、ただし市内の救護にあたる際に二次被爆した。これによるトラウマと不調は終生つきまとったが、あまりの惨事ゆえ長く言及することもなかった。そんな猫八が、『お葬式』で演じたのはベレーにサングラスのめちゃくちゃ怪しい葬儀屋で、おかしいうえに不気味で大変印象深かった。ただ笑わせようというのではない、あの正体不明の雰囲気は、こうして実はさまざまなものを背負ってきた横顔から生まれるものかもしれない。
このたび自分が映画(川端康成原案『葬式の名人』)を撮るにあたっても、何かそういうキャスティングができないものかと考えてみた。この映画には脇を固める異色の役どころがけっこうあって、名脇役の福本清三さんから中島貞夫監督まで狙ったキャスティングづくしであるのだが、なかでも中心となるのが映画の中心モチーフとなる葬式にかかわって来る葬儀屋の役だった。舞台も大阪なので上方落語のどなたかをと思ったところで真っ先に浮かんだのが桂雀々師匠であった。ご快諾を得た私は雀々師匠に会うことになるのだが、ここで意外な因縁が判明する。
1960年生まれの桂雀々の生い立ちはやや複雑で、父母が蒸発したりけっこう大変な少年時代を過ごすのだが、15歳の頃、TBSの「ぎんざNOW!」という番組の“お笑いコメディアン道場”というコーナーに出演してチャンピオンとなった。これは関根勤や小堺一機らを輩出した伝説的コーナーで、私もよく銀座三越横のサテライトスタジオに立ち寄って公開中継を観ていた。その時、確か学生服を着た自分に近い年齢の関西弁の子どもが登場してもの凄くインパクトがあったのを間近で見て仰天したのを覚えているが、実はそれが後の桂雀々で、彼は珍しくチャンピオンになったのに大手芸能プロの誘いを断って大阪で桂枝雀に入門、今日をなすのであった。
つまり私は、「花よりだんご」と名乗る学ランの関西弁の天才児として、44年前に雀々師匠と至近距離で遭遇していたというわけである! まるで松本清張のドラマみたいな再会だが、桂雀々の「俳優として起用してみたい」意欲をそそるあの雰囲気は、こうした数奇な足跡の産物ではないかと思う。実際そう思ったであろう監督に招かれて『かぞくのひけつ』『しあわせのかおり』、近くはネットフリックスのドラマ『全裸監督』でも雀々師匠は独特な持ち味で顔を出しているが、『葬式の名人』では江戸家猫八へのオマージュも兼ねて全身『お葬式』の葬儀屋とまるで同じコーディネートで機嫌よき怪演をお願いした。さすがの胡乱な雰囲気を発散して、もう狙い通りであった。
雀々師匠の長台詞を『ゴッドファーザー』冒頭と正確に同じスピードのズームで撮りますので、と言ったら師匠もバカウケしていたが、「あれも葬儀屋でしたよね」と師匠に言われて気づいて爆笑した。
最新出演作品
『葬式の名人』
2019年9月20日公開 配給:ティ・ジョイ
監督:樋口尚文 原作:川端康成
脚本:大野裕之
出演:前田敦子/高良健吾/白洲迅/尾上寛之/中西美帆/奥野瑛太/佐藤都輝子/樋井明日香/中江有里/大島葉子/佐伯日菜子/阿比留照太/桂雀々/堀内正美/和泉ちぬ/福本清三/中島貞夫/栗塚旭/有馬稲子
プロフィール
樋口 尚文(ひぐち・なおふみ)
1962年生まれ。映画評論家/映画監督。著書に『大島渚のすべて』『黒澤明の映画術』『実相寺昭雄 才気の伽藍』『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』『「砂の器」と「日本沈没」70年代日本の超大作映画』『ロマンポルノと実録やくざ映画』『「昭和」の子役 もうひとつの日本映画史』『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』『映画のキャッチコピー学』ほか。監督作に『インターミッション』、新作『葬式の名人』が9/20(金)に全国ロードショー。