樋口尚文 銀幕の個性派たち
堀内正美、撮影所を揺籃にせし貴公子(インタビュー後篇)
毎月連載
第36回
—— しかし多くの資料は勘違いをしていて、堀内さんは小劇場の舞台に立っているところをTBSのプロデューサーにスカウトされたと思い込んでいる気がするのですが、実際は演出助手として裏方仕事をしているところを見出されたんですね。
本当に演技ができなくて緊張のあまり右手と右足が一緒に動いちゃうくらい(笑)。でも『わが愛』のプロデューサーは、そのとまどっている感じが狙いなんだから、正美はそこにいればいいんだよって言ってくれたんですが、やがてそれで苦労することになるんです。『わが愛』でいきなり人気に火がついて、もう次の金ドラ『遥かなるわが町』が決まってしまった。これは山田洋次さん脚本で、芦田伸介さん、倍賞千恵子さん主演のドラマなんですが、演出はTBSのディレクターだけど本読みに山田さんが立ち合うんですね。すると芦田さんや倍賞さんには「ここはいい」「ここはこう直そう」みたいな指示を順番にされるんですが、僕には「堀内くんは問題外だね」と飛ばされてしまって(笑)。帰り際に「今度までに練習してきますので」と山田さんに申し上げたら、僕の顔も見ないで「練習したからってうまくなるものではないよ」と言って出ていかれた(笑)。
—— しかし堀内さんは決して驕れる演技をしていたわけではないですよね。
でもまだ若いから、初のドラマでワッと人気が出たので、なんとなくこれでイケるかもと調子にのってたところはあったんじゃないかな。そのショックで甘い気分もガラガラと崩れたんですが、次の日のリハーサルに行くと、また山田さんが来てるんです。僕は小樽の古本屋の息子でお母さんが久我美子さん。予備校からその家に帰ってきて、ガラガラと戸を開けて「ただいま」と言って二階の部屋へあがる、それだけのシーンにOKが出ない。いくら「ただいま」と言っても山田さんは「違うな」「違うな」とダメ出しを繰り返すばかり。これが早朝から始まって夕方になっても終わらなくて。しかもその間、共演者はずっと待っているわけですよ。これが辛くて辛くて……。
—— いったいどうやってそのシゴキを乗り越えたんですか。
それが本当にびっくりしたんですが、僕がぐったり座っていたら、別にこの作品に出ているわけでもない渥美清さんが現れたんです。そして僕に「堀内さん、『わが愛』はそうそうあるわけではない優れたドラマで全部観てましたよ。今回のドラマはうまく行ってますか」と問いかけてこられた。それで僕は堰を切ったようにそこまでの話をしたんですね。すると、あの渥美さんが「私もね、最初の頃はそんなふうにカメラを回してもらえなかったんですよ。頑張ってくださいね」と言って去っていかれた。その後ろ姿のカッコよかったこと……。
—— けれどその励ましの後も辛い日々は続いたんですね。
そうなんです。そこでボロボロにされて俳優なんて無理だと思っていたら、TBSは次々に新たな作品を発表していくのでやめるにやめられず。そうやっているうちに篠田正浩監督が金ドラの僕を見て、映画『化石の森』のショーケンの弟役に選んでくださって、監督の次のATG作品『卑弥呼』にも出演する話が進んでいたんです。ところがTBSの田宮二郎さん主演の金ドラ『白い影』で出演予定だった草刈正雄くんが事故で降板せざるを得なくなって、かわりにまた僕が呼ばれたんですね。そして逆に草刈くんが『卑弥呼』に出演した、という裏話がありましたね。
—— そしてNHKのテレビ小説『鳩子の海』に起用されて、いっそう人気が出ましたね。
これは脚本の林秀彦さんが「堀内くん、学生運動のこと教えてよ」とシナリオを書いてる宿にまで呼んでくださって、60年安保当時のことを書くのをお手伝いしたりしてたんです。そうやって入れ込んで、傷ついた安保の闘士の青年を演じていたら、ちょっとしたディレクターの水をさす言葉にカチンと来て、血気盛んに抗議に行ったんです。するとそのディレクターが逃げるものだから西口玄関まで追いかけていってタックルして組み敷いたわけ(笑)。するとそこにはもの凄い数の報道陣がいて、ぼくらをバチバチ撮影しはじめた。いったいなんだと思ったら、長嶋茂雄さんが入ってきたの。なんとその日はあの長嶋さんの引退の日で、試合の後でNHKのニュースセンター9時に生出演するために局に到着されたところだった。長嶋さんとは前の年にゴールデンアロー賞の授賞式でお会いしていたので、近寄って来られて「どうしたの堀内さん、今日は僕の大事な日だからこんなとこに寝てちゃだめだよ」っておっしゃって(爆笑)。
—— もうコメディ映画みたいですね。しかし、今の温和な堀内さんからは想像できないような尖った堀内青年はNHKから仕事が来なくなってしまうわけですね。
ええ、もうその後5年にわたって出禁でしたね。ようやく復活したのは79年の少年ドラマシリーズ『七瀬ふたたび』でしたが、それというのもあれはドラマ部ではなく青少年部の作品だったんですよ。この間に、77年公開の映画『歌麿 夢と知りせば』で実相寺昭雄監督に出会いました。
—— 実相寺昭雄監督との出会いのきっかけは何だったのですか。
73年に日本テレビの『恋ちりめん』という三田佳子さん主演のドラマに出ていた時、監督の奥様の原知佐子さんが出演していて、僕のことを「あなたが好きなタイプが出てきたよ」と監督に紹介してくださったようなんですね。それを『歌麿』の時に思い出して、岡田英次さん扮する田沼意次の息子に選んでくださった。僕は僕で『無常』『曼陀羅』『哥』は観ていたので、あの作品の監督ならぜひにと思いました。実相寺さんは衣装合わせにも来ないので、現場でようやくお会いしたら「ああ、君なのか」と。
—— 実相寺監督はこまごまと演技指導するタイプではないですよね。
全くそうですね。最初の頃、脚本のことで相談に行ったら「僕は監督なんだから聞かないで。堀内さんは俳優でしょ。だから演技のことは自分で考えて」と。だから亡くなるまで実相寺さんから演技について注文されたことはなかった。ちなみに実相寺さんは岸田森さんを偏愛していてたけれど、どこかで意見が合わなくなって一緒に仕事をすることがなくなっていた。もし(岸田)森さんとの関係が良好に続いていたら、僕が俳優として実相寺組に入る余地はなかったでしょうね。
—— 実相寺監督は、俳優が自我を主張しすぎるのは嫌がったのでしょうね。
それはあると思うんです。強烈に自分の色を出す俳優はスパイスとしては使うけれど、軸にはしないという方針はあったのではないかな。実相寺監督は、俳優は自分の世界におさまるフィギュアであってほしいと考えていたと思うんです。自分の場合は、常に自己主張というよりも監督が「場」をつくって俳優として立たせてくれているという意識があるので、実相寺さんとはうまく行った気がします。
インタビュー&撮影:樋口尚文
最新出演作品
『葬式の名人』
2019年9月20日公開 配給:ティ・ジョイ
監督:樋口尚文 原作:川端康成
脚本:大野裕之
出演:前田敦子/高良健吾/白洲迅/尾上寛之/中西美帆/奥野瑛太/佐藤都輝子/樋井明日香/中江有里/大島葉子/佐伯日菜子/阿比留照太/桂雀々/堀内正美/和泉ちぬ/福本清三/中島貞夫/栗塚旭/有馬稲子
プロフィール
樋口 尚文(ひぐち・なおふみ)
1962年生まれ。映画評論家/映画監督。著書に『大島渚のすべて』『黒澤明の映画術』『実相寺昭雄 才気の伽藍』『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』『「砂の器」と「日本沈没」70年代日本の超大作映画』『ロマンポルノと実録やくざ映画』『「昭和」の子役 もうひとつの日本映画史』『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』『映画のキャッチコピー学』ほか。監督作に『インターミッション』、新作『葬式の名人』が9/20(金)に全国ロードショー。