ガーシュウィンの命日に彼を想う

7月11日は、アメリカの作曲家、ジョージ・ガーシュウィン（1898-1937）の命日だ。

ジャズ＆ポップスの世界においては、『スワニー』や『アイ・ガット・リズム』などのヒット曲を世に送り出して大成功を収め、クラシックの世界においても『ラプソディ・イン・ブルー』や『パリのアメリカ人』、オペラ『ポーギーとベス』などの名作によって、20世紀アメリカが生んだ最大の作曲家に位置付けられるガーシュウィン。

その足跡は、オペラ2曲を含む舞台作品50曲、ミュージカル50曲、映画音楽4曲、管弦楽7曲、室内楽2曲にピアノ曲10曲。そして500曲にも及ぶ歌曲は、その多くが今もスタンダードナンバーとして愛されている。

歴史を振り返ってみても、ポップスとクラシックの両ジャンルにおいてこれほどの成功を収めた作曲家は彼の他に存在しない。しかもそれを、わずか38年の短い生涯の中で成し遂げたことに驚かされる。“完璧な音楽家”と称されたガーシュウィンは、まさにアメリカ音楽の黎明期を駆け抜けた閃光のような存在だ。

貧しいロシア系ユダヤ移民の子としてニューヨークに生まれたガーシュウィン（本名ジェイコブ・ガーシュヴィッツ）は、13歳からピアノを習い、高校中退後に、音楽出版社が寄り集まった「ティン・パン・アレイ」で、客の求めに応じて楽譜をピアノで試し弾きする仕事を得る。その彼が、作詞家の兄アイラとの共同作業によってポピュラー・ソングの数々を生み出し、一躍人気作曲家となったのは、まさにアメリカン・ドリームそのものだ。

その一方で、彼の健康は徐々に蝕まれていく。20代前半から腹痛の発作と頑固な便秘に悩まされ、30代半ばとなった1936年ごろから鬱状態となり、「ゴムの焼けるような臭いがする」と口にして意識を消失。その後も同様の発作を繰り返し、その頻度が増すとともに、強い頭痛も加わって、1937年7月9日に昏睡状態となり、開頭手術を受けるも意識は戻らず、7月11日の朝、逝去する。享年38歳、死因は脳腫瘍の一種である多形膠芽腫とされている。35歳でこの世を去ったモーツァルトや、38歳のメンデルスゾーン同様、夭逝の天才作曲家の列にその名を連ねてしまったことが惜しまれる。

そのガーシュウィンがクラシック音楽に興味を持ち、専門的な作曲技法を身につけるために、当時最高の作曲家たちの門を叩いた逸話が面白い。

ガーシュウィンの巨額な印税収入を知ったストラヴィンスキー（1882-1971）は、「私があなたに学ぶほうが良さそうだ」と語り、ラヴェル（1875-1937）は、「すでに一流のガーシュウィンが二流のラヴェルになる必要はない」と諭したという。親しく交流していた作曲家シェーンベルク（1874-1951）もガーシュウィンの名画コレクションを見て、「こんな絵を買えるようになるにはどんな風に作曲すればよいのか教えてほしい」と逆に頼んだと伝えられる。

さらには、ラヴェルに推薦された伝説的な音楽教師ナディア・ブーランジェ（1887-1979）すらも、「ガーシュウィンの持つ生来の音楽的才能を邪魔したくない」との理由で指導を断ったというのだから興味深い。しかたなく、管弦楽法の教科書を買い込んで勉強し、独学で道を切り開いていったガーシュウィンの恐るべき才能と努力には頭が下がる。

人々を楽しませることが大好きで、パーティでも頻繁にピアノを弾いたハンサムな彼の周りには、女性たちが群がったという。彼が遺した素敵な音楽の数々からは、そのような光景が目に浮かぶようだ。

筆者がナビゲーターを務める「JWAVEモーニングクラシック」では、7月8日(月)から、ガーシュウィンの命日に当たる11日(木)までの4日間にわたって、“完璧な音楽家”ガーシュウィンを特集。聴き逃した方は、radikoのタイムフリー機能で、ぜひお楽しみいただきたい。

「J-waveモーニングクラシック」
https://www.j-wave.co.jp/original/tmr/classic/

田中泰

1957年生まれ。1988年ぴあ入社以来、一貫してクラシックジャンルを担当し、2008年スプートニクを設立して独立。J-WAVE『モーニングクラシック』『JAL機内クラシックチャンネル』などの構成を通じてクラシックの普及に努める毎日を送っている。一般財団法人日本クラシックソムリエ協会代表理事、スプートニク代表取締役プロデューサー。