田中泰の「クラシック新発見」
こどもにまつわるクラシック
隔週連載
第110回

来る5月5日(月・祝)は国民の祝日「こどもの日」だ。
1948年(昭和23年)に制定されたその趣旨は、「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する日」とされている。その由来において調べてみたところ、同じ5月5日の男の子の成長を祝う「端午の節句」と別物であることを知ってびっくりだ。
一方、こどもの日に「鯉のぼり」を飾るのは、流れが速い川でも元気に泳ぎ、滝も登ってしまう鯉のように、こどもたちが元気に大きくなることを願い、五色の吹流しは、子どもの無事な成長を願って悪いものを追い払う意味が込められているのだとか。というわけで、今回は“こどもにまつわるクラシック作品”に言及してみたい。
まずは、“音楽の父”J.S.バッハ(1685-1750)が自分のこどもの音楽教育のために書いた作品だ。バッハは、最初の妻マリア・バルバラとの間に7人、2人目の妻アンナ・マクダレーナとの間に13人、計20人の子をもうけた“子沢山”だ。バッハ一族が代々音楽家であることを強く誇りに思っていたバッハが、息子たちの音楽教育に入れ込んだことは言うまでもない。その証が、長男が9歳の折に用意した作品集『ヴィルヘルム・フリーデマン・バッハのための音楽帳』だ。そこには、音楽の基礎知識はもちろん、装飾演奏や運指の方法までが記されていたのだから素晴らしい。そしてその中の多くの作品が、後年『インヴェンションとシンフォニア』や『平均律クラヴィーア曲集第1巻』に収められることとなり、我々音楽ファンを楽しませると共に、ピアノ学習者を鍛えつつも悩ませてきた名作となったのだ。
“こどもの音楽教育”という広い意味においては、プロコフィエフ(1891-1953)の『ピーターと狼』、プーランク(1899-1963)の『ぞうのババール』、ブリテン(1913-76)の『青少年のための管弦楽入門〜パーセルの主題による変奏曲とフーガ〜』の3作が際立っている。ナレーションと音楽によって構成されたこれらの優れた作品には、こどもの好奇心を刺激する要素が満ち溢れている。どの作品も、学校の音楽教育の中で出会う名作だ。
こども心やこどもの目線で描いた作品にも名作が存在する。シューマン(1810-56)のピアノ曲集『こどもの情景』は、愛する妻クララへの思いが溢れた作品集だ。「時々あなたはこどものように思えます」と書かれた作曲当時のシューマンの手紙からは、クララへの深い愛と慈しみが感じられる。一方、ドヴュッシー(1862-1918)のピアノ曲集『こどもの領分』は、愛する娘エマに捧げられた名作だ。幼い少女の目線で描かれた情景描写が美しいこの作品からは、娘への深い愛情とともに、印象主義を代表する作曲家ドビュッシーの優れた感性が伺える。そして、今年生誕150年を迎えたラヴェル(1875-1937)のオペラ『こどもと魔法』は、オペラとバレエを融合させた幻想的な作品で、生涯にわたってこども心を持ち続けたラヴェルならではの感性が光る名作だ。
そのラヴェルが遺した『マ・メール・ロワ』も見逃せない。欧米で古くから語り・歌い継がれてきた童謡『マザーグース』を題材としたこの曲は、こども好きとして知られるフランスの作曲家ラヴェルが、友人のふたりの子、ミミとジャンのために作曲して姉弟に献呈した四手連弾によるピアノ組曲だ。後にラヴェル自身が編曲した管弦楽組曲版も広く親しまれている。中でも、眠りについた王女が、王子の口づけによって目を覚ますシーンを描いた終曲『妖精の園』の美しさはまさに破格。『マ・メール・ロワ』こそは、生涯独身でいながら、こどもを愛し続けたラヴェルを象徴する作品と言えそうだ。
逆に、幼いこどもが作った作品の筆頭はといえば、クラシック史上最高の天才と称えられるモーツァルト(1756-91)の交響曲第1番だろう。わずか8歳で作曲したと伝えられるこの作品について指揮者のアーノンクールは、「これが本当に8歳のこどもの作品だなんてとても信じられない。息子の恐るべき才能を目にした父親レオポルドが、直後に作曲活動をやめてしまったことが理解できる」と語っている。

さて、筆者がナビゲーターを務める「JWAVEモーニングクラシック」では、5月5日(月・祝)から8日(木)までの4日間は、5月5日のこどもの日に因んで、子どもにまつわるクラシック音楽を特集予定。こどもと音楽の素敵なマリアージュをご堪能あれ。
「J-waveモーニングクラシック」
https://www.j-wave.co.jp/original/tmr/classic/
田中泰
1957年生まれ。1988年ぴあ入社以来、一貫してクラシックジャンルを担当し、2008年スプートニクを設立して独立。J-WAVE『モーニングクラシック』『JAL機内クラシックチャンネル』などの構成を通じてクラシックの普及に努める毎日を送っている。スプートニク代表取締役プロデューサー。