田中泰の「クラシック新発見」
エレクトーンは“世界中のあらゆる食材とスパイスが用意されたキッチン”
隔週連載
第133回
神田将 (C)KAITO UEDA
西麻布の交差点にほど近い“大人の隠れ家”霞町音楽堂の新企画「奇跡のコンチェルト(4月8日〜2027年3月22日までの12回)」公演がとても興味深い。席のみなら80席あまり。テーブルを入れた場合は46席というとてもこぢんまりとしたホールにおいて、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」や、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲が楽しめるとはこれいかに!? その答えは、このシリーズの主役、神田 将(かんだ ゆき)が駆使するエレクトーンにある。“ひとりオーケストラ“と称されるエレクトーンの機能を最大限に駆使したこの企画はまさに前代未聞。ワイン片手に協奏曲が楽しめる異空間に興味津々だ。
エレクトーンとは、ヤマハ株式会社が1959年に製造販売を開始した電子オルガンの商品名で、上鍵盤、下鍵盤、ペダル鍵盤を両手両足で操作し、一台でオーケストラやバンドのような多彩な音色とリズムを奏でることができる優れモノだ。とはいえ、そのイメージは、“子供の手習い”程度のところで止まっているのが実情ではないだろうか。ところが現状は大違い。PCやスマホ同様、機能を知り尽くした人が使いこなせば、とんでもないことが出来ることにびっくり仰天。“ひとりオーケストラ”に偽りなしだ。
その秘密やいかに!というわけで、早速“今回の主役”神田 将にインタビューを試みた。
「エレクトーンの魅力は多岐に渡ります。一般的に広く知られているのは、さほど音楽経験がなくても、充実した演奏補助機能とリアルな音色を使って、雰囲気のある演奏を手軽に楽しめる、という点ではないでしょうか。しかし、それはほんの一部の機能で、現代のエレクトーンは非常に奥深い楽器に進化しています。例えるなら、世界中のあらゆる食材とスパイスの入った冷蔵庫のあるキッチンのようなもの。何を作るのも自分次第。簡単時短料理も出来ますし、三つ星の味を追求することも、自分だけのレシピを磨くことも可能なのです」
“世界中のあらゆる食材とスパイスが用意されたキッチン”とは、なんとわかり易い表現なのだろう。しかし、味覚も聴覚も、絶対的な基準があるわけではないので、聞いていて心地よい音楽に整えるには、アコースティック楽器以上に慎重さが必要だという説明にも納得だ。
そのエレクトーンはどのように進化してきたのだろう?
「かつてはピアノ風、サクソフォン風の合成音だったものが、今ではさまざまなニュアンスを表現できる“音の素材”がずらりと用意され、それらを適切に組み合わせることで、管弦楽団やバンドの響きを手軽に作り込むことが可能になったのです。ただし、音楽の魂はそこには宿りません。肝心なのはいかに表現するかなのです。そこで私がエレクトーンで最も重要視しているのは鍵盤です。指先のわずかな圧力の変化や揺らぎを、余すことなく音にしてくれる。つまり機構は違ってもピアニストやヴァイオリニストがやっているのと同じ表現が可能になったことが最大の進化ですね」
なるほど、シンセサイザーの機能も併せ持ちつつ、リアルタイムで演奏表現を行うところにエレクトーンの醍醐味があるようだ。
さて、今回の「奇跡のコンチェルト」企画においては、どのようなことを心がけているのだろう。
「12人の異なるソリストを毎月相手にするこの企画において、まずは管弦楽部分をひとりで演奏するために総譜を元に完全な編曲をしなければなりません。演奏に必要な音の組み合わせをデータ化して練習に移れるまでに要するのがざっと約200時間。単純に考えても、1年間毎日7時間以上をこのシリーズに注ぐことになるわけです。そして、各ソリストとの共演においては、対話を大切にしたいと思います。実際に言葉で交わす対話ではなく、相手が奏でる音楽に心を寄せて、共感したり問答したりしながらひとつの形を紡ぎあげてゆくのです。大ホールでは見逃されるディテールも浮き彫りにしながら協奏曲の新しいカタチをソリストたちと共に創りあげたいと思います」
いやはや、大変な作業と心意気が伝わってくるコメントだ。まもなくスタートする4月8日(水)のシリーズ第1回には、神田 将のソロが予定される。ここでは、エレクトーンの驚異の機能を証明すべく、ムソルグスキーの組曲『展覧会の絵』などなど、冨田勲のシンセサイザーを思わせるプログラムが用意されることにも注目したい。
「電子楽器という性格上、技術の進歩とともにエレクトーンもまだまだ変わっていくと思います。モーツァルトやベートーヴェンが思いも寄らなかったエレクトーンが今ここにあるように、私たちの想像を超えた楽器に進化していくのではないでしょうか」と語る神田 将の言葉が心に残る。
神田将 プレミアム公演
『奇跡のコンチェルト』
https://ongakudo.tokyo/2026/02/16/kiseki_concerto_yuki-kanda/
「J-waveモーニングクラシック」
https://www.j-wave.co.jp/original/tmr/classic/
プロフィール
田中泰
1957年生まれ。1988年ぴあ入社以来、一貫してクラシックジャンルを担当し、2008年スプートニクを設立して独立。J-WAVE『モーニングクラシック』『JAL機内クラシックチャンネル』などの構成を通じてクラシックの普及に努める毎日を送っている。スプートニク代表取締役プロデューサー。