田中泰の「クラシック新発見」
アンドロイドはオペラハウスの夢を見るか?
隔週連載
第134回
Photo: Kenshu Shintsubo
「渋谷慶一郎 アンドロイド・オペラ『MIRROR』ーDeconstruction and Rebirthー解体と再生ー」が、ジャンルを超えて大きな話題となっている。それを知って思い出すのは、その昔夢中で読んだSF小説『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』だ。アメリカのSF作家フィリップ・K・ディック(1928-89)によって1968年に発表されたこの作品は、人間とアンドロイド(人間を模した人工生命体)との区別や、両者の関わりを描いたSF小説の金字塔だ。小説以上に有名になったのが、この小説を原作として制作された1982年公開のアメリカ映画『ブレードランナー』だろう。
作品の舞台は第三次世界大戦後の未来だ。ここにおいては、自然が壊滅的な打撃を受けているために、生物は昆虫一匹といえども厳重な保護化に置かれている。一方、科学技術の発達によって、本物そっくりの機械仕掛けの生物(アンドロイド)も存在している。その中に於いて、人間同様の感情や記憶を持ったアンドロイドは、自分が機械であることすら認識できないほどの発達を遂げているという設定がとても興味深い。作品の主題は、逃亡したアンドロイドの処理を仕事とする主人公が、あまりにも人間的なアンドロイドと出会ったことによって、「人間とはなにか」「人間とアンドロイドの違いはなにか」といった謎掛けに引きずり込まれることだ。
気鋭の作曲家、渋谷慶一郎(1973-)が手掛けたアンドロイド・オペラ『MIRROR』を前にして思うことは、やはり人間とアンドロイドとの関わりだ。
2022年のドバイ万博を皮切りに、2023年のパリ・シャトレ座公演、そして2025年11月の東京・サントリーホール公演を経て大いなる進化を遂げたアンドロイド・オペラ『MIRROR』は、瞬く間に世界を魅了。人間とテクノロジー、東洋と西洋、伝統と革新、生と死といった境界や対立を溶かして、新たな希望と調和のモデルを提示していると讃えられる話題作だ。
作品のプリマドンナ(歌姫)とでも言うべき主人公アンドロイド・マリアは、渋谷慶一郎が、数多くの研究者やエンジニアと共に構想・制作を手掛け、2025年11月の東京・サントリーホール公演でデビューを果たしたばかりの最新のアンドロイドだ。AI技術をベースに、より自由な身体性と幅広い表現力を備えた“世界一美しいアンドロイド”たるマリアは、滑らかで有機的な動きができる他、内蔵カメラとマイクによって常に人間の存在を認識し、多言語でのコミュニケーションが可能。さらには、その場の音に応じて、即興で歌うこともできるという新時代のプリマドンナに相応しい存在だ。その容姿(顔)は、亡くなった渋谷慶一郎の妻をモデルとし、身体の造形は、古今の女神像などを学習したAIによって制作されたというこだわりようだ。大地とのつながりや生命感、存在感を想起させることを意図したという、地下茎のようなチューブで覆われた下半身ともども、その姿はまさに一見の価値がある。
このアンドロイド・マリアが歌い、オーケストラ、ピアノ、電子音、映像のほか、1200年の歴史を持つ仏教音楽・声明が融合する革新的な作品、アンドロイド・オペラ『MIRROR』が、第64回大阪国際フェスティバル2026(2026年5月16日:フェスティバルホール)で披露されるとなれば、これは気になる。果たして、アンドロイドはオペラハウスの夢を見るのだろうか?
Deconstrucution and Rebirth―解体と再生―、“人間と機械はどこまで交われるのか”、をテーマに、生と死の境界を描く世界で唯一のアンドロイド・オペラを見逃すことなかれ。
渋谷慶一郎 アンドロイド・オペラ「MIRROR」 | フェスティバルホール
https://www.festivalhall.jp/events/5778/
「J-waveモーニングクラシック」
https://www.j-wave.co.jp/original/tmr/classic/
プロフィール
田中泰
1957年生まれ。1988年ぴあ入社以来、一貫してクラシックジャンルを担当し、2008年スプートニクを設立して独立。J-WAVE『モーニングクラシック』『JAL機内クラシックチャンネル』などの構成を通じてクラシックの普及に努める毎日を送っている。スプートニク代表取締役プロデューサー。