演芸写真家 橘蓮二のごひいき願います! 〜落語・演芸 期待の新星たち〜

入船亭小辰さん、桂小すみさん ごひいき願います!

毎月21日連載

第6回

左から)入船亭小辰、桂小すみ 撮影:橘蓮二

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『十代目、未来の名人へ』──入船亭小辰

小辰さんの落語には深い奥行きを感じる。豊かな語彙から抽出した台詞による語り口と洗練された所作で物語と客席を美しく接続させる。

落語家として心掛けていることは“噺が下品にならないこと”。

表現が下品にならないとは乙を気取ってことさら上品に振る舞うことではない。日々体感する様々な出会いの中で感じた清濁併せた心の有り様を見つめ続け生まれる懐の深さから自然と滲む品格のこと。先日同行させてもらった横浜、日本橋と昼夜場所を移動して行われた独演会で演じた六席(全て違う演目)の登場人物を活写する力量は素晴らしく特に昼公演の『三井の大黒』、夜公演の『ねずみ』共に登場する左甚五郎が見せる各々の世界観に溶け込んだ演じ分けは鋭角でありながら優しさが随所に垣間見える落語に心が満たされた。そこには日頃から積み上げ続ける質量共に充実した稽古と細部まで行き届いた観察力が見て取れる。

小辰さん自身は稽古や噺を浚うことは当たり前であって、より大切なことは人と接し話を聞くことであり、師匠である入船亭扇辰師匠はじめ落語界を牽引する名だたる師匠に稽古を付けてもらいながら吸収してきた言葉が核になっていると言う。小辰さんの高座は噺の守備範囲が広く状況判断力と緩急の出し入れが的確である。

表現に於いて先ずインプットを経てからのアウトプットはよく言われることだが重要なのは取り込んだことをどう出力するかだ。持っているもの全てを全力で出し切れば届く訳ではなく寧ろ受け手に解釈の余地を残すことで想像力は拡がる。技術プラス思考を重ねた豊富な表現のストックを持ちながら必要以上に大きな言葉を使わずどの局面でどう台詞を置き噺を展開していくかのストーリーラインがとても鮮明だ。

普段は謙虚な姿勢で精進を続け多くを語らないが理想とする落語の問い掛けに「古典も新作のようにいつも新鮮でありたい」と明確に語る眼差しからは落語に対しての深い愛情と感度の高さが伺えた。9月下席より真打ち昇進そして十代目入船亭扇橋を襲名する。小辰さんの大師匠の先代は落語界屈指の名手であり風流人であった。負けず劣らず十代目、未来の名人の予感がする。

「おスミのお墨付き」 ── 桂小すみ

少なくとも表現に於いては“隠れた天才”など存在しない。秘めた天賦の才を発揮できる表現者は思考と実践を息を吸うが如く当たり前にできる“努力する才能”を持っている。

音曲師 桂小すみさん。2019年4月お囃子さんから音曲師に転身し僅か三年で国立演芸場主催の花形演芸大賞を参加初年に銀賞、翌年金賞、そして今年音曲師としては初の大賞受賞という快挙を成し遂げた。大学在学中にオペレッタ、ミュージカルを学ぶ為にウィーン国立音楽大学に留学。卒業時にはミュージカル専攻学生の中で特別賞を授与される逸材ぶり。帰国後、中学の音楽教員を経て長唄の杵屋佐之忠師匠に師事、そこで触れた現代邦楽の魅力に目覚め2001年に寄席囃子研修生となり2003年より落語芸術協会のお囃子さんを15年勤めた。2018年より桂小文治門下となり前座修行に入り2019年に初高座、現在に至る。

何故御簾内にいた小すみさんが表方に回ることになったのか。そのきっかけは千回は聴き込んだというほどの大ファンであり尊敬して止まない女流俗曲師の玉川スミ師匠(1920~2012)との出会いだった。

玉川スミ師匠は三歳で浪曲の舞台を踏んで以来、都々逸、女道楽、民謡、等々あらゆる芸を身に付け“天才中の天才”と称された。人一倍芸には厳しいが普段は気っ風が良く皆に愛された演芸界のレジェンドだった。お囃子時代、二人が楽屋で隣り合わせになったことが縁で稽古に通うようになり、スミ師匠から技術と共に芸人としての心得を日々貪欲に吸収していった。

“天才は天才を知る”。スミ師匠は稽古を通じ小すみさんの中に自身の芸を託せる才能を見出だしたのだと想像する。絶対音感を持ち三味線漫談のみに留まらず尺八や琴など数多くの和楽器を駆使したクラシック演奏や童謡を津軽三味線でアレンジするなど多彩なレパートリーで形作る高座は圧巻である。

そして生前弱気になった小すみさんを叱咤しながら送ったスミ師匠のエールはどんな大きな賞にも勝る勲章となり今も支えになっている。

「あんたはね、おスミのおスミつき(お墨付き)なんだよ」

“努力する天才”桂小すみさんの高座はこれまでに知る音曲の概念を遥かに越える無限の拡がりがある。

文・撮影=橘蓮二

入船亭小辰 公演予定

■なかのらくご長屋 ~小辰ひとり会~
2022年6月25日(土) 東京・なかの芸能小劇場
開場 9:45 / 開演 10:00

■第16回 築地魚よし落語二人会
2022年6月25日(土) 東京・神谷町 築地魚よし
開場 13:30 / 開演 14:00

■第173回 金剛院友引寄席
2022年6月26日(日) 群馬・沼田市 金剛院
開場 13:30 / 開演 14:00

■スペース・ゼロB1寄席
2022年6月27日(月) 東京・全労済ホール B1展示室
開場 18:00 / 開演 18:30

■第360回 二ツ目勉強会
2022年6月28日(火) 東京・池袋演芸場
開場 17:30 / 開演 18:00

■小辰の寸法 第33回
2022年7月4日(月) 東京・日本橋社会教育会館
開場 18:15 / 開演 18:30

■辰辰辰 Vol.3
2022年7月7日(木) 東京・高田馬場 ばばん場
開場 18:30 / 開演 19:00

■入船亭扇遊・扇好・扇辰 兄弟盃の会
2022年7月8日(金) 東京・国立演芸場
開場 18:00 / 開演 18:30

■宮信明セレクション vol.13
2022年7月9日(土) 新潟・新井ふれあい会館 ふれあいホール
開場 13:30 / 開演 14:00

■第5回 入船亭扇辰独演会 九代目入船亭扇橋十八番
2022年7月10日(日) 東京・月島社会教育会館
開場 18:30 / 開演 19:00

■第206回 233落語ナイト
2022月7月13日(水) 東京・ギャラリー世田谷233
開場 20:00 / 開演 20:30

■丁々発止 最終回
2022年7月14日(木) 東京・道楽亭
開場 18:30 / 開演 19:00

■第20回 東大島亭
2022年7月16日(土) 東京・東大島文化センター
開場 13:30 / 開演 14:00

■第79回 白井街かど落語会
2022年7月17日(日) 千葉・お食事処 むらさき
開場 14:00 / 開演 14:30

■和室カフェ 其の27
2022年7月18日(月・祝) 東京・らくごカフェ
開場 17:30 / 開演 18:00

■小辰さん真打ちだよTOKYOダブルス
2022年7月21日(木) 大阪・道頓堀ZAZA POCKET'S
開場 18:20 / 開演 18:45

■新版三人集が関西にやってきた
2022年7月23日(土) 兵庫・神戸三宮シアターエートー
開場 13:40 / 開演 14:00

■巣立ちの会
2022月7月27日(水) 東京・スタジオフォー
開場 18:30 / 開演 19:00

■第47回 中野新橋寄席
2022年7月28日(木) 東京・八津御嶽神社 宝生ホール
開場 18:00 / 開演 18:30

■夏のコタツ ~入船亭小辰の会 其の四十六~
2022年7月31日(日) 東京・食堂ピッコロ
開場 14:40 / 開演 15:00

■小辰の寸法~さよなら感謝祭~
2022年9月7日(水) 東京・日本橋劇場
開演 18:30

桂小すみ 公演予定

■おたる運河寄席「古今亭文菊独演会」
2022年6月25日(土) 開場14:00 / 開演 14:30
26日(日) 開場12:00 / 開演 12:30
小樽運河プラザ三番庫ギャラリー

■由仁福北寄席 小痴楽・宮治・遊子三人会
2022年6月28日(火) 北海道・由仁町文化交流館ふれーる
開場 17:30 / 開演 18:30

■北芸亭 春風亭昇太の落語会
2022年6月29日(水) 北海道・北海道立道民活動センターかでる2・7 かでるホール
開場 18:30 / 開演 19:00

■「桂小すみの三味線ワンダーランドでbeatを刻もう」
2022年7月16日(土) 東京・中野ナカノバ食堂
開演 18:30 食事あり

■甲山落語会(三遊亭遊雀、桂小すみ、柳亭楽ぼう)
2022年7月18日(月・祝) 愛知・岡崎市民会館あおいホール
開場12:15 / 開演 13:00

■上方若手シュープリーム落語会
7月23日(土)・24日(日) 兵庫・神戸新開地喜楽館
朝席開演 10:00 / 夜席開演 18:30

■柳家三三独演会
8月2日(火) 神奈川・横浜にぎわい座
開演 19:00

■怪談の世界 神田松鯉・神田阿久鯉親子会
2022年8月9日(火) 東京・国立演芸場
開場 18:30 / 開演 19:00

プロフィール

橘蓮二(たちばな・れんじ)
1961年生まれ。95年から演芸写真家として活動を始める。人物、落語・演芸を中心に雑誌などで活動中。著書は『橘蓮二写真集 噺家 柳家小三治』『喬太郎のいる風景』など多数。作品を中心にした「Pen+」MOOK『蓮二のレンズ』(Pen+)も出版されている。落語公演のプロデュースも多く手がける。