
左)古今亭志ん雀、右)昔昔亭昇 撮影:橘蓮二
「表現の感度」──古今亭志ん雀

丁寧なお辞儀から、スッと目線を定め噺に入っていく。軽妙さと力強さを兼ね備え、緩急の効いた言葉の連なりと指先まで神経が行き届いた所作が美しい。昨年9月、真打ちに昇進した古今亭志ん雀師匠の高座に俄然惹き付けられている。
6月末、満席の池袋演芸場で行われた独演会で演じた『親子酒』『身投げ屋』『ねずみ穴』そのいづれも、視点の置き方が的確で人物の配置や情景が瞬く間にイメージでき、言葉で埋めつくさずに程よく編集された人物造形は明瞭、特に台詞によるカットイン、カットバックの切り替えに無駄がなく、ひとつひとつの場面がクリアに頭に浮かぶ見事な高座だった。そこには才能ひしめく同世代の若手落語家の中で揉まれ、前座修行から二つ目時代、そして真打ち昇進に至る15年をかけ、徹底的に基本を鍛え上げた裏付けがある。
本人は「二つ目時代にもっとちゃんとやっておけば良かった」と謙遜するが実際は笛や踊りといった落語家にとって必要と思われる芸事は貪欲に吸収し高座に反映させている。先述の『親子酒』の終盤、酔いが回った親子のやり取りの場面も、踊りで鍛えたバランス感覚が活かされ、全く形が崩れない所作の立体感は素晴らしかった。そして、後にネタおろしと聞いて驚愕した『ねずみ穴』は登場人物の想いを丹念に描き、感情の質感まで感じさせるほどだった。

過去、多くの人気真打ちを輩出し、将来を嘱望される気鋭の若手が切磋琢磨する『日本演芸若手研精会』のメンバーにも選抜され、滑稽噺も人情噺もクオリティの高さには定評のある志ん雀師匠だが、演じる上で最も重要視するのは、善悪を超えて登場人物の置かれた状況に自分を置き換えた時、果たして気持ちが理解できるかなのだと言う。例え落語ファンに広く知られた人気の演目であっても辻褄合わせの展開や表層をなぞった噺だと感じたら再構成を試みる。物語を動かすには、先ずは演者の心が動かなくては始まらないのだ。
「意識としては二つ目になったばかり」と謙虚な姿勢を崩さないと同時に「今、変わっている最中かも」とちょっぴり自信も覗かせる。強固な芸の土台に知性と感性で落語を読み解く高座は表現の感度がとても高い。然れば、志ん雀師匠が織り成す物語は鮮やかで深い。
「心優しきファンタジー野郎」 ── 昔昔亭昇

心優しきファンタジー野郎なのである。長年に渡る筋金入りの超ディズニー好き、最近はジャニーズにもハマっているという。どちらにも共通しているのは、お客さまに提供されるハイレベルなエンタテインメントと徹底したファンサービス。落語もお客さまと共に時間と空間を共有し物語を作り上げていくもの。
明るく描く質の高い落語で高座を沸かせる落語界で指折りのサービス精神の塊、それが昔昔亭昇さん。前座名 全太郎時代からまさに全力投球、手を抜くことなく開口一番の短い時間で演じるいわゆる前座噺であってもお客さまに一笑いでもしてもらえればと自分なりの工夫をしている姿は当時から印象的だった。現在は、個人の活動だけに留まらず人気二つ目ユニット√9のリーダーとしてもメンバーを取り纏め様々なアイデアを打ち出し落語ファンの注目を集めている。
先月行われた「第三回 ぴあ寄席」にも登場。古典、新作共に言葉の躍動感、劇性、疾走感が素晴らしく、特に初見の新作『七夕ロケット』はSF仕立てのストーリーの中に思い合う恋人同士の切ない想いを溶け込ませた余韻の残る作品だった。

常に顔を紅潮させ、汗を飛び散らせながら次から次へと笑いが押し寄せる落語は先ずそのパワフル且つダイナミックな高座に目が行くが、昇さんが見せる世界観の本質は、お客さまに対する並外れた思い遣りだと思っている。「映画でも小説でも悲しいラストだと、数日その思いを引き摺っちゃうんです」と言っていたことがとても印象に残っている。それは昇さん自身が繊細であることも間違いないが、それ以上に目の前のお客さまに幸せな時間を過ごして欲しいという優しい心配りを感じる。
昇さんは、落語家になる以前は会社員として営業の仕事を経験している。社会に出れば日常は儘ならないことの連続。小さな絶望は至るところで顔を見せ、嫌でも夢の中に生きられないことを知る。だからこそ、せめて物語の中では登場人物と共に自在に夢の世界に浸っていたいと願う。出番前、プレッシャーに耐えながら何度も深呼吸を繰り返し、やがて意を決して高座に向かう昇さんの視線の先には誰もが優しくなれるファンタジックな落語世界が広がっているのかもしれない。
文・撮影=橘蓮二
古今亭志ん雀 公演予定
■三つ巴
2022年9月29日(木) 池袋演芸場
開場18:00 / 開演18:30

■オドラク~若手住吉踊りの会~
2022年10月8日(土) 大田文化の森 大ホール
開場 12:30 / 開演 13:00

■四合わせ落語会
2022年10月27日(木) お江戸日本橋亭
開場 12:30 / 開演 13:00
■ススメ志ん雀
2022年11月1日(火)
■水戸みやぎん寄席
2022年11月19日(土)・20日(日) 水戸みやぎん寄席
昔昔亭昇 公演予定
■濃い顔落語会
2022年8月27日(土) ARK BOX(下北沢)
開場 13:30 / 開演 14:00
■root9 season2 第3回 3(three)
2022年8月31日(水) 神田明神文化交流館
開場 18:30 / 開演 19:00
■root9 season2 中間発表(全員集合)
2022年9月11日(日) 神田明神文化交流館
開場 18:30 / 開演 19:00
■第1回 昔昔亭昇独演会
2022年9月24日(土) 中野芸能小劇場
開場 18:30 / 開演 19:00

■桃太郎一門会
2022年10月6日(木) 上野広小路亭
開場 18:30 / 開演 19:00
プロフィール
橘蓮二(たちばな・れんじ)
1961年生まれ。95年から演芸写真家として活動を始める。人物、落語・演芸を中心に雑誌などで活動中。著書は『橘蓮二写真集 噺家 柳家小三治』『喬太郎のいる風景』など多数。作品を中心にした「Pen+」MOOK『蓮二のレンズ』(Pen+)も出版されている。落語公演のプロデュースも多く手がける。