左から)立川こはる、春風亭一花 撮影:橘蓮二
「令和5年5月5日、新たなるステージへ」 ──立川こはる
こはるさんの落語は感情に響く音楽性を感じる。それは大師匠である立川談志師匠が語り芸について度々口にしていた「歌は語るように語りは歌うように」を高座で見事に実践している。言葉を操る表現だからこそ台詞のひとつひとつに宿る音をリズムに乗せて伝えることで聴き手は噺の中に立っているような臨場感を味わえる。更にもうひとつ、落語全体の流れを意識しつつ勘所での息継ぎにも留意している。例えば言い立てなどの場面ではスピードよりも息継ぎの回数がより重要である。回数は少なければ少ないほど観客も引き摺られるように息を飲み情景の只中に放たれることになる。こはるさんの落語は台詞と声音、そして切れのある所作が一体となった伝達力が非常に高い。その表現力を生み出すものは自身を俯瞰する冷静な分析力と果敢な行動力だ。
入門当初からチャートを付けて可視化することで自分に何が足りないかを徹底的に洗い出し、必須課題を丹念にひとつずつ潰していった。その中で身体感覚の重要性に気付いたこはるさんは落語修業と並行して日本舞踊、居合いの稽古にも通いつめ着物を着ての身のこなしや足捌きを身体に取り込み高座に於ける所作に然り気無く反映させている。その研ぎ澄ました精神と肉体は楽譜でありまた楽器となり深くリズムを刻みながらお客さまの共感覚を呼び覚ます。登場人物を骨太に活写しながら風の肌触りや土や雨の匂いまで感じられるダイレクトに感動できる落語を目指し精進を続ける。
2006年に入門してから16年が経った。2012年二ツ目昇進直後から積極的に勉強会や独演会を重ね着実にステップアップしていく姿を見て真打ち昇進の吉報をファンは今か今かと心待ちにしていた。
「目の前のことを必死にやっていて長いとか短いとかは感じなかった、でも自分が入門した時の師匠の歳を気づいたら越えてました」
と凛とした笑顔を見せるが他者には思い知る術もない焦燥感や空転する想いがあったと想像できる。それでもこはるさんは未来に想いを馳せ力強く言い切る。
「真打ちになってからが本当の勝負です」
“長すぎた春”が終わりを告げ、待望久しい新真打ちが誕生する。令和5年5月5日 立川こはる改め立川小春志、新たなるステージにいよいよ参戦。
「一花さんの差し色」──春風亭一花
落語に対する姿勢、楽屋での気働きが際立つ前座さんのことを“スーパー前座”という呼び名で演芸関係者が口にするのを初めて聞いたのは春風亭一花さんが最初だった。2013年落語界の看板であり、人格も超一流として知られる春風亭一朝師匠に入門。落語人気を牽引する超人気落語家、春風亭一之輔師匠をはじめ多才な兄弟子達の愛情に包まれながら前座修業に励んでいた前座時代から落語の実力は折り紙つき、その上周囲の人に対する接し方や状況判断力はズバ抜けていた。いつしか一花さんがいる現場は名前の如く可憐な花が咲いたような柔らかな心安らぐ空間になっていた。
2018年に二ツ目に昇進してからは更に注目を集め様々な落語会に引っ張りだこの人気二ツ目筆頭と言っても過言ではない活躍を続けている。しかし傍目から見れば順風満帆に思える状況の中にも、その繊細さ故に生まれる悩みはずっと付きまとっていたという。長所は時として弱点にもなり得る。場の空気を察知する感度が人一倍高いということは自分の事よりも先ず相手の気持ちに過剰反応して自身の想いが不在になることがある。一花さんの場合は観客の気持ちに寄せ過ぎた時に、果たして自分の落語が聴き手に届いているか不安になることがあった。そんな迷いを汲み取り前進するために背中を押してくれたのが温かい眼差しでずっと見守り続けていた一朝師匠の一言だった。 「一花、自分はどうしたいの?」
想いはどちらか一方の感情では儘ならない。他者と喜びを分かち合いたければ相手を信じて自分も楽しむことだ。誰しも心から楽しんでいる者の前では自然と笑顔になるもの。その幸福感は演者と聴き手双方に循環し次第に大きく広がっていく。揺れていた気持ちが吹っ切れた後の一花さんの高座は以前にもまして登場人物の心象が瑞々しく描かれ懸命に生きる人間への愛情が溢れた世界になっている。そして落語に対してはずっと片想いのままがいいと語る一花さんは理屈を超越した存在の大切さを知っている。何故なら表現するということは答えが出ない“永遠の片想い”に他ならないからだ。一花さんの落語にはそっと忍ばせた聡明な優しさに彩られた差し色を感じる。その美しい色彩には落語とお客さまへの誠実でひたむきな想いが込められている。
文・撮影=橘蓮二
立川こはる 公演予定
公式サイト:
https://tatekawakoharu.com/
■立川流が好きっ!!2022 ~「これまで」と「これから」の話~
2022年12月24日(土) 浅草木馬亭
13:30 開演
■立川こはる 桂二葉 二人会
2023年1月7日(土) 高知県立県民文化ホールグリーン
13:00 開演
■第17回あきつ落語会 立川こはる独演会 その2」
2023年1月21日(土) 名古屋大須演芸場
18:30 開演
■立川こはる独演会
2023年1月27日(金) 新宿文化センター・小ホール
19:00 開演
■第7回ZAZIE寄席
2023年2月4日(土) 中野 BAR ZAZIE
19:00 開演
■桃花・こはる未来の二人
2023年2月10日(金) 横浜にぎわい座
19:00 開演
■阿佐ヶ谷にもく落語顔見世公演
2023年2月13日(月) 座・高円寺2
19:00 開演
■昭和57年会~五派勢揃い~
2023年2月15日(水) 座・高円寺2
19:00 開演
■こはる・吉笑立川流新鋭若手二人会
2023年2月18日(土) ふるさと新座館ホール
14:00 開演
■立川こはる独演会~第三幕~~よこはま落語会~
2023年2月25日(土) 神奈川県吉野町市民プラザホール
18:00 開演
■立川こはる独演会
2023年2月28日(火) 新宿文化センター・小ホール
19:00 開演
春風亭一花 公演予定
公式サイト:
http://s-ichihana.com/
■まつぶん落語まつり 春風亭一蔵 真打披露興行 リクエスト落語会 in まつぶん寄席
2022年12月24日(土) 長野県キッセイ文化ホール 中ホール
開演 14:00
出演者:春風亭一朝/春風亭一之輔/春風亭一蔵/春風亭一花/鏡味美千代
■ シモキタで女子会?! ~クリスマスだよ!全員集合!~
2022年12月25日(日) 下北沢サンガイノリバティ
開演 13:00 ※完売
■末広亭恒例年忘れ 第21回扇遊・正朝二人会
2022年12月29日(木) 新宿末廣亭
開演 13:00
■笑福亭希光独演会
2022年12月29日(木) アトリエ第Q藝術(小田急線成城学園前駅)
開演 18:00
■ばばん場初席 卯の巻
2023年1月1日(日) 高田馬場ばばん場
開演 13:00
■花いち花へい
2023年1月11日(水) 自主盤倶楽部(西新宿)
開演 19:00
■遊かり 一花の『すききらい』スペシャル
2023年1月24日(火) 月島社会教育会館
開演 19:00
■阿佐ヶ谷にもく落語顔見世公演
2023年2月13日(月) 座・高円寺2
19:00開演
プロフィール
橘蓮二(たちばな・れんじ)
1961年生まれ。95年より演芸写真家として活動を始める。人物、落語・演芸を中心に雑誌などで活動中。著書は『橘蓮二写真集 噺家 柳家小三治』『喬太郎のいる風景』など多数。作品を中心にした「Pen+」MOOK『蓮二のレンズ』(Pen+)も出版されている。落語公演のプロデュースも多く手がける。近著は『落語の凄さ』(PHP新書)。
■橘蓮二著『落語の凄さ』PHP新書
人気落語家5人が演芸写真の第一人者橘蓮二さんに、落語ならではの魅力を語り、さらに自身の落語との向き合い方を本音で語る。登場するのは春風亭昇太、桂宮治、笑福亭鶴瓶、春風亭一之輔、立川志の輔。何ともすごい顔ぶれ。観客と演者の狭間に身を置く橘さんだからこそ引き出せる、奥行きのある話が満載。