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演芸写真家 橘蓮二のごひいき願います! 〜落語・演芸 期待の新星たち〜

三遊亭わん丈さん、一龍斎貞鏡さん(講談) ごひいき願います!

毎月21日連載

第14回

左から)三遊亭わん丈、一龍斎貞鏡 撮影:橘蓮二

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「正しい負けず嫌いと正しい嫉妬」──三遊亭わん丈

絶対に負けたくないという気持ちを他者ではなく自分自身に向けることができる正しい負けず嫌いは表現力が高い。前座時代から評判が良く二つ目昇進後も古典、新作共に存在感を見せる気鋭の若手三遊亭わん丈さん。新たな試みを打ち出し積極的に会を重ねずっと順調に進んできたと周囲からは思われていたが実際はささやかな人との縁を大切に日々の葛藤の中に見い出した少ないチャンスを丁寧に積み重ねてきた。福岡では名を馳せたミュージシャンとして活動し生活できる収入もあったがひとつの環境に慣れることを良しとせず生涯をかける表現として選んだのが落語だった。

上京後、東京中の寄席を回り数多の師匠を見ていた時に最も魅了されたのが新作落語の重鎮であり鬼才三遊亭圓丈師匠であった。初めて観たときの印象は、一番笑わせてもらったことはもちろん狭い池袋演芸場の最前列で見ていたにも関わらず唾が全く飛ばないことと声の乗せかたの上手さに驚いたというところは元ボーカリストならではの感覚だ。圓丈師匠は実験落語をはじめ新作落語の可能性を切り開いていった先駆者であり直弟子の三遊亭白鳥師匠や春風亭昇太師匠、柳家喬太郎師匠と言ったいわゆる“圓丈チルドレン”と呼ばれる現在の落語界を牽引する多くの人気落語家に多大な影響を与えた。2011年4月に入門(2021年11月圓丈師匠死去に伴い2022年2月より三遊亭天どん門下)2016年5月二つ目に昇進した。

圓丈師匠がある日突然、3000カ所の神社仏閣を回ってこいと言い放ったエピソードが興味深い。そこには圓丈師匠の人間臭さと芸人として生きていく上での覚悟が隠されていた。師匠の真意は知らぬまま、わん丈さんは生来の負けん気で何と一年足らずでこの無理難題をやり遂げた。達成した後、圓丈師匠は愛弟子にこう告げた。

「妬まれていることに気付け」

圓丈師匠もまた正しく嫉妬できる人なのだ。取り繕うことなく弟子や後輩にも嫉妬し良いところは吸収しようとする。正しい嫉妬とは相手を認め自分を見詰めることだ。わん丈さんは二つ目昇進以来、高座の評価や若手落語家が参加するコンペでも好成績を残すなど注目を集めてきた。外からの見方と内面は同一でなくとも高評価と嫉妬は二人連れである。わん丈さんの最も評価されるところは要領の良さなど埒外、家人に外でも落語、家でも落語と言われるほどの落語に対する強い想いとそれを裏付ける稽古量だ。表現者が闘うべき相手は常に自分である。

「愛情に支えられた講釈師」──一龍斎貞鏡

「高座前はいつも震えるほど緊張するんです」

その一言を聞いた瞬間、一龍斎貞鏡さんが自在に躍動する未来像が垣間見えた。芸道に向かうにはアガることなく緊張することが大事になる。アガってしまっては自分をコントロールできなくなるが良い緊張感を持ち続ければ集中力を高めることに繋がる。さらに貞鏡さんは周囲から細かい事を気にし過ぎと言われるほど些末なことが気になる質というところも表現者にとっては大きなアドバンテージだ。次々と目の前に立ち塞がる表現の壁はそう易々と越えることはできない、前に進むには細部に心を配ることが重要であり恐怖心があるのも当たり前、それでも諦めることなく何度でも壁にぶつかっていく試行錯誤の繰り返しの先にしか光明は見出だせない。

2008年1月父である八代目 一龍斎貞山先生に入門、2012年2月二つ目に昇進し、今秋の真打ち昇進も決まった。家では“おやじ”と呼ぶ愛娘であり、一歩外に出れば弟子として師匠の背中を追うべく厳しい前座修業に励む日々であった。そんな敬愛していた父であり師であった貞山先生が一昨年の5月他界した。容易には埋まらない大きな喪失感の中、講釈師としての有り方を問うため芸術祭に挑む決意をする。選んだ演目は『源平盛衰記 青葉の笛』と『三方ヶ原軍記の内 土屋三つ石畳の由来』の二席。二つの話は講談に於いて声を鍛えながら基本的な発声、調子を習得する所謂「修羅場」と呼ばれるもので、入門してからの一年間、貞山先生に唯一稽古をつけてもらっていたのが「修羅場」であった。

二つ目に昇進した後は師匠の美学に背くような笑いを意識的に入れていた時期もあったが、真打ち昇進決定後に貞山先生が急逝し、取り巻く状況が一変した状況下、自問自答する中で改めて確信したのは入門を志した時に惚れ抜いていた貞山先生が愛した美しい講談をやりたい強い気持ちだった。そんな熱い感情を込めた高座は見事に結実し芸術祭新人賞を受賞した。回り道をしたがこれからは八代目の型は崩さずに自分の色を加えたお客さまに媚びない、然れど置き去りにしない老いても凛とした語りができる講釈師になりたいと前を向く姿にはしなやかな力強さが漲っていた。その強さをもたらしたのは天国から見守り続けている“師匠”もとい、大好きだった“おやじ”の尽きることのない娘を想う心に他ならない。愛情に支えられた者は最強である。待望の真打ち昇進へ恐れるものは何もない。

文・撮影=橘蓮二

三遊亭わん丈 公演予定

公式サイト:
https://www.sanyutei-wanjo.com/

■圓朝に挑む!
2023年2月25日(土) 東京・国立演芸場
開演 13:00

■第7回コマドらくごwith落語協会
2023年2月28日(火) 東京・cafeCOMADO
開場 18:45 / 開演 19:00

■こしがや若手精選落語会“其の十四”
2023年3月6日(月) 埼玉・サンシティ越谷市民ホール 小ホール
開場 18:00 / 開演 18:30

■第15回三遊亭わん丈の会 博多つながり寄席番外編
2023年3月7日(火) 福岡・ぽんプラザホール
開場 18:00 / 開演 18:30

■第6回RAKU-GO-三道楽「昼下がりのわん丈3」(昼公演)
2023年3月8日(水) 広島・LeReve八丁堀
開場 12:45 / 開演 13:00

■第7回RAKU-GO-三道楽「わん丈の夜会3」(夜公演)
2023年3月8日(水) 広島・LeReve八丁堀
開場 18:15 / 開演 18:30

■第24回東大島亭 三遊亭わん丈独演会
2023年3月12日(水) 東京・東大島文化センター 4階レクホール
開場 13:30 / 開演 14:00

■両国寄席
2023年3月15日(水) 東京・お江戸両国亭
開演 18:00

■三遊亭わん丈独演会
2023年3月19日(日) 京都・ちおん舎
開場 13:30 / 開演 14:00

■ガチンコ‼︎
2023年3月20日(月) 兵庫・神戸新開地喜楽館
開場 18:30 / 開演 19:00

■らくごカフェに火曜会 ※自作初演ほか
2023年3月28日(火) 東京・らくごカフェ
開場 18:30 / 開演 19:00

■わん丈ストリートVol.38 ※初演『ねずみ』ほか
2023年4月5日(水) 東京・日本橋劇場
開場 18:30 / 開演 19:00

■落語わん丈〜牡丹灯籠通し〜
2023年4月27日(木) 東京・池袋演芸場
開場 17:30 / 開演 18:00

一龍斎貞鏡 公演予定

公式サイト:
https://www.teikyo-ichiryusai.jp/

■講談二つ目時代
2023年2月22日(水) 東京・お江戸両国亭
開演 18:00

■浅草演芸ホール3月上席・夜の部
2023年3月2日(木)、9日(木)、10日(金) 東京・浅草演芸ホール
開演 16:40

■一龍斎貞鏡 文化庁芸術祭新人賞受賞記念講談会
2023年3月15日(水) 東京・千代田区立内幸町ホール
開場 12:30 / 開演 13:00

■上原寄席
2023年3月19日(日) 東京・地域交流センター上原4階
開演 14:00

■文化の森 いざ・なう 伝統芸能の世界『講談』
2023年3月26日(日) 徳島・徳島県立二十一世紀館
開演 14:00

プロフィール

橘蓮二(たちばな・れんじ)
1961年生まれ。95年より演芸写真家として活動を始める。人物、落語・演芸を中心に雑誌などで活動中。著書は『橘蓮二写真集 噺家 柳家小三治』『喬太郎のいる風景』など多数。作品を中心にした「Pen+」MOOK『蓮二のレンズ』(Pen+)も出版されている。落語公演のプロデュースも多く手がける。近著は『落語の凄さ』(PHP新書)。

■橘蓮二著『落語の凄さ』PHP新書

人気落語家5人が演芸写真の第一人者橘蓮二さんに、落語ならではの魅力を語り、さらに自身の落語との向き合い方を本音で語る。登場するのは春風亭昇太、桂宮治、笑福亭鶴瓶、春風亭一之輔、立川志の輔。何ともすごい顔ぶれ。観客と演者の狭間に身を置く橘さんだからこそ引き出せる、奥行きのある話が満載。