
左より)春風亭弁橋、古今亭菊正 撮影:橘蓮二
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人気演芸ユニット√9のメンバーとしても活躍、小気味良い語り口と指先まで気持ちの入った所作で評価の高い春風亭弁橋さんの高座からは初恋の人をずっと想い続けるような落語への一途な愛情がほとばしっている。初めて落語に触れたのがピカピカの小学一年生の時という超早熟。幼児番組で観た演芸がきっかけとなりそれまでに経験したことがない(その時、人生経験はまだ6年)落語の愉しさを知る。その後絵本の『寿限無』に夢中になりボロボロになるまで熟読、もちろんあっという間に暗記、さらに小学校三年生の時にはラジオで聴いた立川談志師匠に衝撃を受ける。喋っている内容は理解できなくとも得体の知れない圧倒的なカリスマ性に度胆を抜かれ学校の文集に“将来の夢は立川談志の弟子”と書くほど落語の虜になっていた。その後2000年代始め第一次落語ブームを牽引した「六人の会」(春風亭小朝・笑福亭鶴瓶・立川志の輔・春風亭昇太・柳家花緑・林家正蔵)の高座を初めて生で観て落語熱はいよいよ本格化、中学入学から高校二年までの五年間はプロの落語家を講師に迎えたワークショップに参加するという“セルフ落語家 虎の穴”。自然にプロへの道を目指していく。

2015年3月春風亭柳橋師匠に入門。2019年8月中席より前座名「べん橋」から「弁橋」に改め二つ目昇進、定評ある古典落語のみに留まらず新作も手がけるなど活動の場を広げている。現在は様々なジャンルに積極的にトライしながら同時に経験したことを如何に高座にフィードバックできるかに心を砕く毎日だ。落語愛の塊なのは疑う余地もないが、物事は好きであればあるほど時に視野が狭まってしまうことがある。弁橋さんも落語が好き過ぎて“自分の落語はこう在るべき”といった見えない縛りが以前はあったというが、仲間との会で受けた助言や新作を作ることでこれまでに気づかなかった新たな視点を得て現在は余分な強張りはキレイに取り去ることができたという。
「来たお客さまにはいつも明るい気持ちで帰って欲しいんです」
と語る弁橋さんの表情はいつも輝いている。人生は儘ならない。誰しも昔見た夢はいつの間にか日常生活に埋没し、遥か彼方に霧散してしまう。だからこそ子供の頃に描いた夢に向かい必死に手を伸ばし奮闘する者の姿には心からエールを送りたくなる。夢を実現する為に落語に全てを捧げる春風亭弁橋さんが今日も眩しい。
「未来の若手落語家へ」──古今亭菊正

「高座前はいつも震えるほど緊張するんです」
ひと際光る逸材、古今亭菊正さんの確かな技術に裏打ちされた繊細な語り口と丁寧な所作で描き出すスケールの大きな高座は前座時代から注目されていた。高校時代に桂米朝師匠の落語に触れ演芸の魅力に目覚める。自ら落語研究会を立ち上げるほどのめり込み、大学の落研でも活躍、その後プロの道を目指すことを決意する。数多くの落語を体感した中で、丁寧且つシンプルな訴求力で知られる古今亭菊太楼師匠の高座に惚れ込み2017年10月に入門。古今亭菊一として前座修業をスタートさせ、今年2月中席より古今亭菊正に名前を改め二つ目に昇進ばかりだが早くも頭角を現し始めている。

菊正さんの凄さはお客さまの反応を先ずはしっかりと受け止めることができるところだ。一見誰でもやれているように感じるが実はかなり難しい。経験値が高い師匠は自ずと状況に則しての対応力は持ち合わせているが、そこまで場数を踏んでいないと恐怖心がある故に、少しでも早くウケて安心したいが為に自分から仕掛けてしまう。攻撃は最大の防御と言われるがそれは先に動くことではなく、相手を見切ってからどう対処できるかが肝要なのである。高座に於いても日によって異なる客席の空気を取り込んでから噺に入れる語り手には安心して気持ちを委ねることができる。前座さんの頃から満席のお客さまを前にした開口一番を任されても雰囲気に呑まれることなく高座をやりきる手腕は見事だった。
さらに菊正さんの緻密な感性には、まくらから噺への入り方にも確りとした視座がある。噺の起点は自分自身であることは理解しつつも、最初から自分のキャラクターで押してしまうと噺との間に距離ができてしまい落語本来の面白さに繋がらなくなる。まくらはあくまで導入部、緩やかな助走で物語に入ることを意識し主体(演者)と客体(観客)を絶妙なバランスで保ちながら物語を展開する表現力は素晴らしい。今はまだまだやらなければならないことが在りすぎて将来の落語家像は浮かばない、ただ何事も謙虚で在り続けたいと語る菊正さんに、それでも目指す落語家はと執拗に尋ねた際、ちょっと遠く見ながら伝えてくれた一言はとても素敵だった。
「ずっと先、古今亭菊正を見て落語家になったという人がひとりでも現れたら嬉しい」
間違いなく未来の若手落語家の多くが目標にする存在になるであろう新たなる才能の今後の活躍に期待が高まる。
文・撮影=橘蓮二
春風亭弁橋 公演予定
■弁橋の言いたい放題、やりたい放題!
2023年3月29日(水) 東京・茶崙
開場 18:30 / 開演 19:00
■ルート9定期公演 3rd Season
2023年4月2日(日) 東京・EDOCCO 神田明神文化交流館4階
開場 13:30 / 開演 14:00
■弁橋、二ツ目に挑戦!
2023年4月15日(土) 山梨・蔵前院
開場 14:00 / 開演 14:30
■ゆるりふわりと@ひらい圓藏亭
2023年4月29日(土) 東京・ひらい円蔵亭
開場 18:00 / 開演 18:30
古今亭菊正 公演予定
■どんちゃん賑やかに?落語と説経節の会vol.2
2023年4月9日(日) 東京・さくら鍋 中江別館 金村
会場 13:30 / 開演 14:00
プロフィール
橘蓮二(たちばな・れんじ)
1961年生まれ。95年より演芸写真家として活動を始める。人物、落語・演芸を中心に雑誌などで活動中。著書は『橘蓮二写真集 噺家 柳家小三治』『喬太郎のいる風景』など多数。作品を中心にした「Pen+」MOOK『蓮二のレンズ』(Pen+)も出版されている。落語公演のプロデュースも多く手がける。近著は『落語の凄さ』(PHP新書)。
■橘蓮二著『落語の凄さ』PHP新書
人気落語家5人が演芸写真の第一人者橘蓮二さんに、落語ならではの魅力を語り、さらに自身の落語との向き合い方を本音で語る。登場するのは春風亭昇太、桂宮治、笑福亭鶴瓶、春風亭一之輔、立川志の輔。何ともすごい顔ぶれ。観客と演者の狭間に身を置く橘さんだからこそ引き出せる、奥行きのある話が満載。