
左より)林家つる子、三遊亭好二郎 撮影:橘蓮二
続きを読む「つる子さんの誠」──林家つる子

2024年3月中席より抜擢での真打ち昇進のニュースが伝えられ落語ファンの期待が一層高まりを見せる中、林家つる子さん自身は何ら浮き足立つこともなく確りと地に足を付けて将来を見据えている。常に笑顔を絶やさず周囲への心配りを忘れない謙虚な姿勢は入門当時から変わることがない。その明るく繊細な立ち居振舞いの根源にはつる子さんの落語にも通じる他者への深い共感力を感じる。
ここ数年、つる子さんは独演会で古典落語の大ネタを主人公とは異なる人物から描くアナザーサイドの落語を発表している。2019年の『子別れ』を皮切りに『芝浜』そして『紺屋高尾』と各々おかみさんや花魁の視点で描く奥行きと色彩が加わった新たな世界観はとても新鮮だ。噺の構成に細心の注意を払いながらより立体感を与えるために、ただ別角度からの差異を語るだけではなく登場人物が置かれた時代の状況や環境での思考形態や行動形態の考察はもちろん、複雑に絡み合った関係性のひとつひとつを丁寧に解きほぐしてゆく人物造形により空気やざわめき、そして匂いまで聴き手の心奥に染み込ませる。さらに役になりきるために、自分に取っての当たり前を疑い、淀みなく変化する情動の変化を察知し感情をリアルに追体験しようと試みる。前述の『紺屋高尾』でも高尾太夫の視点で語る情景では、久蔵との馴れ初めに至るまでの心の動きは決して恋愛感情のみに突き動かされた直線的なものではない。寧ろストーリーの中心に据えられているのは高尾太夫を取り巻く吉原という隔絶された過酷な世界に身を置き、抗うことができない運命に翻弄されて生きる者達の哀しさである。然ればこそ、不器用で一途な久蔵の姿に希望を見出した高尾太夫が、その誠意に応えるシーンは観客の心にカタルシスをもたらす。

人の営為は何とも複雑怪奇。信じているから嘘をつき、愛しているから憎しみが宿る。一筋縄ではいかない人生を物語に落とし込み昇華させる落語という表現は演者の思考や想いが強く反映される。つる子さんには表現者にとっては欠くことのできない視野の広さと弱き者に心を寄せる温かい眼差しを持っている。それは現実と非現実にかかわらず、ここではない何処かで自分ではない誰かがこの瞬間も息づいていることを常に意識できる生きることへの誠実さである。愛する落語に生涯をかけると想い定めた初心を胸に、林家つる子さんの誠が今日も優しく高座を照らす。
「笑顔と共に」──三遊亭好二郎

五代目圓楽一門会期待の若手・三遊亭好二郎さんが見せる明瞭な高座にはお客さまと落語へ向けた真摯な想いが込められている。好二郎さんの師匠は一門を代表するエースである人気落語家・三遊亭兼好師匠。2016年2月に入門、三遊亭じゃんけんとして前座修業を重ね2020年2月二ツ目昇進と同時に「好二郎」に改名した。と経歴を記すだけだとここまで順風満帆に歩んできたかと思いきや、実際は入門を果たすまでには七転び八起きのストーリー(好二郎さん側に立てば一途な、兼好師匠からするとちょっと怖い)が展開されていた。
落語との出会いは大学時代、入学までは警察官になることを夢に描き剣道に勤しみ学内では法学部に通っていたが、落研に足を踏み入れたことで目指す方向が変わった。とは言え落語家への憧れはあれど具体的なビジョンは持ち得ていなかったことや何をするにも社会経験は必要と考え就職、4年間に渡り地元九州で会社員生活を送っていた。そんなある日兼好師匠の高座を観たことで転機が訪れる。弾むような独自のリズムとテンポで描写する表現力に心を鷲掴みにされプロへの想いが一気に目覚めた。在職中に最初の弟子入り志願。ダメとは言われなかったが「良く考えなさい」の言葉を受けワンアウト。次は本気を見せるため会社を辞して臨んだが瞬く間にツーアウト。更に三度目の正直も成就せずにスリーアウトチェンジ。しかし諦めるどころかここからの粘りが凄い。それまでは兼好師匠が九州に公演に訪れる度に出待ちしていたがそれでは不十分と考えいきなり上京、師匠宅の近所に住んで弟子入りを願い出た。個人情報が厳しいご時世にプロフィールとインタビュー映像に写る風景から特定したと言うのだから恐れ入る。さすがの兼好師匠も「何でここにいるの?」と言ったとか。

好二郎さんの魅力は何と言っても空間が安らぐ柔らかな明るさにある。以前ある落語会で「太鼓持ちにもなりたかった」と言ったのがとても印象に残っている。一流の幇間はただご機嫌を伺っているだけではなく先を行く注意深さや観察眼、そして相手の気持ちを察しタイミング良くサービスを提供する引き出しを幾つも持っている。好二郎さんも同じく常にその日出会ったお客さまと共演者に楽しい気持ちで過ごして欲しいと願いながら高座を務めている。古典落語の魅力を最大限に活かしながら軽妙洒脱な妙味を持つ三遊亭好二郎さんの高座はいつもたくさんの笑顔と共にある。
文・撮影=橘蓮二
林家つる子 公演予定
公式サイト:
https://tsuruko.jp/
■第13回 林家つる子独演会〜日本橋のつる子、たっぷり三席〜
2023年5月27日(土) 東京・日本橋社会教育会館ホール
開場 18:15 / 開演 18:30

■銀座檸檬落語会 Vol.22
2023年5月28日(日) 東京・アナログ八重洲
開場 18:30 / 開演 19:00
■こまむ亭寄席「鳥獣魚画の会」(第33回)
2023年5月30日(火) 神奈川・こまむ亭
開演 19:00
■梶原いろは亭 水曜若手の会
2023年5月31日(水) 東京・梶原いろは亭
開場 11:30 / 開演 12:00
■林家つる子 女子会 ※女性のお客様限定の落語会です
2023年6月6日(火) 東京・日暮里サニーホール コンサートサロン
開場 18:30 / 開演 19:00

■つる子ひとり会
2023年6月10日(土) 東京・なかの芸能小劇場
開演 10:00

■raku-bangがSLOW TIME cafeにやって来た!ヤァ!ヤァ!ヤァ!
2023年6月11日(日) 群馬・SLOW TIME cafe
開場 14:30 / 開演 15:00

■第二回 上の湯寄席~鶴の湯~
2023年6月13日(火) 群馬・上の湯
開場 17:30 / 開演 18:00
■つる子の赤坂の夜は更けて
2023年6月21日(水) 東京・赤坂会館 6階稽古場
開演 18:45

■落語模様 「つる子ひとりぼっち」
2023年6月28日(水) 東京・小さな喫茶店homeri
開場 19:00 / 開演 19:30
■第10回「つるの恩返し」
2023年7月2日(日) 神奈川・横浜にぎわい座B2のげシャーレ
開場 13:00 / 開演 13:30

三遊亭好二郎 公演予定
公式サイト:
https://sanyutei-kojiro.com/
■カメイドクロック落語会
2023年5月24日(水) 東京・カメイドクロック
開演 11:00 / 13:00
■好二郎ネタ下ろしひとり会
2023年5月27日(土) 東京・中野芸能小劇場
開場 9:45 / 開演 10:00

■両国寄席
2023年6月2日(金)、9日(金) 東京・お江戸両国亭
開演 18:30
■水戸みやぎん寄席 市寿・好二郎おめでたい会
2023年6月3日(土) 茨城・水戸みやぎん寄席
開演 13:00 / 16:00
■水戸みやぎん寄席 市寿・好二郎おめでたい会
2023年6月4日(日) 茨城・水戸みやぎん寄席
開演 13:00
■三遊亭好二郎独演会「よろうち、きちょくれ」
2023年6月4日(日) 東京・新宿道楽亭
開場 18:00 / 開演 18:30

■カメイドクロック落語会
2023年6月7日(水) 東京・カメイドクロック
開演 11:00 / 13:00
■渋谷らくご
2023年6月10日(土) 東京・ユーロライブ
開演 14:00
■亀戸梅屋敷寄席
2023年6月15日(木) 東京・亀戸梅屋敷
開演 13:30
■しのばず寄席 夜席
2023年6月20日(木) 東京・お江戸上野広小路亭
開演 16:20
■五代目円楽一門会若手落語会@ひらい圓蔵亭
2023年6月23日(金) 東京・ひらい圓蔵亭
開演 19:00
■好二郎・好志朗二人会
2023年6月24日(土) 東京・芭蕉記念館分館
開演 14:00
■小はだ・好志朗二人会
2023年6月29日(木) 東京・koenjiHACO
開演 19:00
プロフィール
橘蓮二(たちばな・れんじ)
1961年生まれ。95年より演芸写真家として活動を始める。人物、落語・演芸を中心に雑誌などで活動中。著書は『橘蓮二写真集 噺家 柳家小三治』『喬太郎のいる風景』など多数。作品を中心にした「Pen+」MOOK『蓮二のレンズ』(Pen+)も出版されている。落語公演のプロデュースも多く手がける。近著は『落語の凄さ』(PHP新書)。
■橘蓮二著『落語の凄さ』PHP新書
人気落語家5人が演芸写真の第一人者橘蓮二さんに、落語ならではの魅力を語り、さらに自身の落語との向き合い方を本音で語る。登場するのは春風亭昇太、桂宮治、笑福亭鶴瓶、春風亭一之輔、立川志の輔。何ともすごい顔ぶれ。観客と演者の狭間に身を置く橘さんだからこそ引き出せる、奥行きのある話が満載。