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演芸写真家 橘蓮二のごひいき願います! 〜落語・演芸 期待の新星たち〜

立川談洲さん、桃月庵黒酒さん ごひいき願います!

毎月21日連載

第18回

左より)立川談洲、桃月庵黒酒 撮影:橘蓮二

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「身体と思考」──立川談洲

協会や流派を問わず才能豊かな二つ目さんが群雄割拠する落語界で立川談洲さんの表現力は群を抜いている。登場人物のキャラクターを際立たせる明瞭且つ心地よい口跡と豊かな表情を含めた全身の隅々にまで気持ちが入った美しい所作によって生み出される落語には聴き手の気持ちを逸らさない吸引力がある。

大手お笑い事務所の養成所を経てピン芸人として活動後に落語家の道を目指す。きっかけは本人曰く「ビッとキタ!」立川談笑師匠の『薄型テレビ算』に出会ったこと。単に設定を置き換えただけではない現代人にも得心がいく人間が織り成す普遍的な物語に心を奪われた。談笑師匠の作品は古典、改作にかかわらずストーリー上の所々に散見される違和感を曖昧なままやり過ごすことなく解体し再構成する中で聴き手に馴染むように噺が調えられている。同じく談洲さんの落語も既に噺を知っている前提で喋らないよう心を配り、出てくる人物名や単位といった細部に渡り必然性を常に精査する。さらに弟子入りに関しても談笑一門は師匠の深慮が集約した1カ月間は“客人”として現場を見てから自分で判断する“インターン制度”を導入している。時間を無為に使うことなくよりベターな入門を模索するロジカルな思考は伝統を重んじる古典芸能には一見そぐわない印象を受けるが、中途半端な関わりで互いが後悔することを回避できるメリット以上に一門というひとつの家族になることの意味を教えてくれる。2017年1月入門、個性豊かな兄弟子と共に愛情深い師匠に育み鍛えられ2019年12月に二つ目に昇進、グングンと成長曲線を伸ばし立川談志孫弟子世代を牽引する期待の新鋭のひとりに名を連ねる。

談洲さんの高座に於ける描写が非常に優れていると感じるのは先述の台詞の簡略化や変換を含めた落語を読み解く力、お客さまの心の動きを察知する洞察力、声の質感、と幾つもあるが加えて抜群の安定感を誇る所作も素晴らしい。ヒップホップダンス基本技能指導士の資格を持つ強靭な体幹から生み出される流麗な動きは指先に至るまで神経が行き届いている。基本は話芸である落語も長時間に渡り心地良い空間を獲得するには安定した所作の積み重ねが重要な要素である。その視認性が高い高座は動作と音声が同時に脳内に再生され物語の核心がダイレクトに観客に届く。どう見えるのか、どう見せるのか。切れのある身体と深い思考がひとつになった落語は表現の感度がとても高い。

「優しい包容力」──桃月庵黒酒

表現を長く続けていく上で技術以上に問われる資質は目の前に現れる事象や他者に対してどう向き合えるか、つまり気持ちを如何に維持コントロールできるかにかかっている。存在感のある高座で注目を集める桃月庵黒酒(とうげつあん・くろき)さんは前座時代より落語の上手さに加え落ち着いた高座捌きが注目されていた。遅い入門ではあったがそれまでに得た様々な経験をふまえながら確りと自身を見定める信念は揺るぎない。

落語家以前はお笑い事務所の養成所を経て2015年11月まで漫才師として活動していた。解散後は生涯をかけて生きる場所と決めた生の舞台を求め音楽、演劇、古典芸能、等々あらゆるジャンルのエンターテインメントに触れていった。その時に出会ったのが桃月庵白酒師匠の落語だった。10カ月間に渡る粘り強い弟子入り志願の甲斐あって2017年8月に年齢制限ギリギリ30歳で念願の入門を果たした。前座名「桃月庵あられ」として前座修業をスタートし、2022年11月二つ目に昇進した。

将来を嘱望される黒酒さんだが、彼の世代は過去に例がないほど長い前座修業を経験した。言うまでもなくコロナ禍による相次ぐ公演中止によるエンタメ業界の危機である。もちろん演芸も例外ではなく会は元より演芸関係者の精神的な拠り所であった寄席も休業になった。全ての活動が止まり先が見えない状況の中で、さぞや焦りや苛立ちが募る不安の日々だったのではと尋ねたら黒酒さん本人は「至って冷静でいられた」と明るく返事が返ってきた。むしろ対面しての稽古が出来ない当時の状況下で師匠が然り気無く言ってくれた「自由に噺を覚えていいよ」の一言がワクワクするほど黒酒さんの気持ちを震い立たせた。そして敬愛する師匠に誉めて貰いたいという思いも重なり徹底的に音源を浚い、何と短期間に13席もの演目をものにした。数多の落語家の中で白酒師匠に心引かれたのは自分と体型や声質が似ていたからだと照れ隠しを口にするが実際は然にあらず、入門を決意した時に落語の知識は皆無だったが白酒師匠の落語のことはメチャメチャ詳しかったと話す声は何とも幸せそうだった。さらにこれまでは楽しい噺をそのまま楽しく演じることを優先していたが今後は自分のことだけではなく、あまり演じられない演目であっても一門らしい噺を残していくことも意識したいと将来を見据える。

師匠を想い、落語を想い、お客さまを想う。懐の深さを感じる黒酒さんの高座には他者を思いやる優しさと大きな包容力がある。

文・撮影=橘蓮二

立川談洲 公演予定

公式サイト:
https://tatekawadance.com/

■日比谷らくご倶楽部
2023年6月22日(木) 東京・東京新聞本社
開場 18:30 / 開演 19:00

■立川談笑一門会
2023年6月24日(土) 東京・武蔵野公会堂
開場 18:30 / 開演 19:00

■第36回 立川談洲独演会
2023年6月29日(木) 東京・上野広小路亭
開場 18:30 / 開演 19:00

■一席二つ目三〇分
2023年6月30日(金) 東京・新宿永谷フリースタジオFu-+
開場 18:40 / 開演 19:00

■立川流マゴデシ寄席
2023年7月17日(月・祝) 東京・上野広小路亭
開場 17:30 / 開演 18:00

■イリミテ落語会
2023年7月22日(土) 大阪・ツギハギ荘
開演 14:00

■立川談笑一門会
2023年7月27日(木) 東京・武蔵野公会堂
開場 18:30 / 開演 19:00

桃月庵黒酒 公演予定

公式サイト:
https://note.com/tga_kuroki/

■桃月庵白酒独演会
2023年7月2日(日) 東京・亀戸文化センター
開場 16:30 / 開演 17:00

■J亭スピンオフ企画28 三三・一之輔 大手町二人会
2023年7月13日(木) 東京・日経ホール
開場 18:20 / 開演 19:00

■桃月庵黒酒落語会
2023年7月29日(土) 東京・スタジオフォー
開場 18:30 / 開演 19:00

プロフィール

橘蓮二(たちばな・れんじ)
1961年生まれ。95年より演芸写真家として活動を始める。人物、落語・演芸を中心に雑誌などで活動中。著書は『橘蓮二写真集 噺家 柳家小三治』『喬太郎のいる風景』など多数。作品を中心にした「Pen+」MOOK『蓮二のレンズ』(Pen+)も出版されている。落語公演のプロデュースも多く手がける。近著は『落語の凄さ』(PHP新書)。

■橘蓮二著『落語の凄さ』PHP新書

人気落語家5人が演芸写真の第一人者橘蓮二さんに、落語ならではの魅力を語り、さらに自身の落語との向き合い方を本音で語る。登場するのは春風亭昇太、桂宮治、笑福亭鶴瓶、春風亭一之輔、立川志の輔。何ともすごい顔ぶれ。観客と演者の狭間に身を置く橘さんだからこそ引き出せる、奥行きのある話が満載。