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演芸写真家 橘蓮二のごひいき願います! 〜落語・演芸 期待の新星たち〜

東家三可子さん、天中軒すみれさん ごひいき願います!

毎月21日連載

第19回

左より)東家三可子、天中軒すみれ 撮影:橘蓮二

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「心の有り様」──東家三可子

美しい立ち姿から放たれる台詞の切れ味と豊かな感情表現、衒いのない東家三可子さんの浪曲は聴き手の心にストレートに響く心地よい清涼感がある。役者を目指し上京、養成所を経て端役ながら俳優業を続けていた頃、知人に誘われた浪曲会で初めて観た人気浪曲師・玉川奈々福先生と名曲師・沢村豊子師匠の至芸に度肝を抜かれたことが浪曲との出会いだった。浪花節独特の声音と節回しが三味線の音色とひとつになって繰り広げられる物語に“まるで目の前に映画のスクリーンがあるよう”だったと当時を振り返る。その後、奈々福先生の浪曲教室に通った後、さらに別の教室でも勉強を重ねてゆくうちにプロになることを決意し2018年1月五代目東家三楽先生に入門、2022年11月に年季明けを果たし早くも注目を集める新進気鋭の浪曲師である。

何故生涯を賭ける表現が浪曲だったのか?の質問に「物語の中では自由になれる」と即答したことがとても印象深く、同時に演じている三可子さんが空間に描く幸福感の姿が垣間見えた気がした。そして最も高座から感じるのは登場人物の人物造形がとても温かいことである。はっきりと言語化するだけでは伝わらない感情の機微をどう台詞に込めるかが語り芸に於いては最も難しい。元は役者さんだったことから演技の素養は充分にあったと想像できるがお芝居の技術以上に三可子さんが非常に優れていると感じるのは他者に対して偏見のない優しい観察眼を持っているところだ。日常生活で行き交う様々な人間関係に起因した出来事にも容易く線引きをせずに相手の気持ちに寄り添い理解を試みようとする眼差しは自身の表現に存分に生かされている。イチ声、ニ節、サン啖呵、と言われるほど物語の状況・背景や登場人物の心情をリズムに乗せて語る節回しは浪曲に於ける重要な要素だが、人が生きることも即ち日々浮かんでは消える小さな節目の連続と言える。その細やかな感情の流れと動きをしっかりと捉え、何処でもいそうで何処にもいない物語の住人の想いに然り気無く転換させることができる三可子さんの浪曲は脳内にスッと映像が浮かび心情がするりと懐に収まる。さらに本番前にはイライラしない、睡眠は充分に取るなどプロフェッショナルとして身体と精神のバランスを調えることにも細心の注意を払っている。その邪心のない美しい浪曲は三可子さんの心の有り様が鮮明に映し出されている。

「信頼できる表現者」──天中軒すみれ

浪曲は目指す定型がない故に演者の生きざまをダイレクトに感じることができる人間度が濃い芸能である。声の作り方や節回しといった演じる上で身に付けなければならない基本的な技術は多々あるが浪曲への向き合い方は人それぞれ、フリースタイルの要素が大きい表現だからこそ日々飽くなき思考と実践を絶え間なく連動させて高座に活かしていかなければ聴き手の心を震わせることはできない。

天中軒すみれさん。今年一月に年季明けしたばかりとは思えぬスケールの大きさと抜群のリズム感に支えられた流麗な節回し、そして感情豊かで奥行きのある声音。必ずや次世代を代表する浪曲師のひとりに名を連ねると予感する何拍子も揃った逸材。曲師との絶妙なセッションで競り上がっていくグルーヴ感で空間ごと物語の射程に入れてしまう力は日頃から培ってきた探究心の賜物だ。人の声に強く興味を持ったきっかけは家族旅行で訪れた長野県諏訪の御柱祭で初めて耳にした木遣り歌。生身の人間が生み出す声音の深さと得も言われぬ陶酔感に衝撃を受け、後に東京芸術大学音楽学部の音楽を学問として研究する楽理科に入学、クラシック、オペラ、歌舞伎、邦楽から民族音楽に至る様々な音楽を学んでいった。学者肌であると同時に表現者気質でもあったすみれさんは自らが民族芸能の従事者となり身体を使って声を出したいという潜在的な衝動が浪花節に出会ったことで沸き上がり、己がパッションを全身をフル稼働させて表現する浪曲の道へ進むことを決意、2018年4月浪曲界の重鎮、五代目天中軒雲月先生に入門した。

とにかく全てに於いて研究熱心。役を演じると言ってもお芝居ではない語り芸である浪曲は声音の色彩、高低、緩急、で老若男女を語り分ける。借り物ではない実体験に基づく日常に顕れる喜怒哀楽の感情を独自の角度と深度から見つめ直し物語へフィードバックさせる力は見事である。さらに客観的視点を持って自身を客体化できるため身体から気持ち、逆に感情から身体を調える心身両面のコンディション作りが巧みで高座に包み込むような安定感をもたらしている。すみれさん曰く、浪曲という表現は「総合格闘技や十種競技みたいなもの」とはまさに言い得て妙である。あらゆる要素を取り込み取捨選択を繰り返し生涯をかけて自身への問いかけをやめない表現者は信頼できる。大いなる期待と共に天中軒すみれさんの信頼はまさに絶大である。

文・撮影=橘蓮二

東家三可子 公演予定

■浪フェス2023!! In 木馬亭
2023年7月22日(土) 東京・浅草木馬亭
開場 12:30 / 開演 13:00

■春野恵子独演会「開口一番」
2023年7月23日(日) 東京・お江戸日本橋亭
開場 12:30 / 開演 13:00

■梶原いろは亭7月公演 火曜若手の会SP
2023年7月25日(火) 東京・梶原いろは亭
開場 10:30 / 開演 11:00

■第368回 新鋭女流花便り寄席
2023年7月28日(金) 東京・お江戸上野広小路亭
開場 11:30 / 開演 12:00

■浪路寄席 vol.70 イン両国亭
2023年7月30日(日) 東京・お江戸両国亭
開場 12:30 / 開演 13:00

■浪曲定席木馬亭 8月公演
2023年8月1日(火)、8月5日(土) 東京・浅草木馬亭
開場 11:15 / 開演 12:15

■神田連雀亭お盆特別興行 NEXT連雀亭
2023年8月12日(土) 東京・神田連雀亭
開場 12:00 / 開演 12:30

■毎週通うは浪曲火曜亭! 2023
2023年8月22日(火) 東京・日本浪曲協会 広間
開場 18:30 / 開演 19:00

■第2回 ばばんば★ばんばんうなろうかい
2023年8月25日(金) 東京・ばばん場
開場 18:00 / 開演 18:30

天中軒すみれ 公演予定

■浪フェス2023!! In 木馬亭
2023年7月22日(土) 東京・浅草木馬亭
開場 12:30 / 開演 13:00

■浪曲×茅ヶ崎×映画 ──茅ヶ崎市出身者の映画・浪曲の会
2023年8月30日(水) 神奈川・茅ヶ崎市民文化会館 小ホール
〈第一部〉13:00~16:00
〈第二部〉17:00~21:00

■天中軒すみれ独演会 〜ひとりでできるかな
2023年8月24日(木) 東京・道楽亭
開場 13:30 / 開演 14:00

■第2回 ばばんば★ばんばんうなろうかい
2023年8月25日(金) 東京・ばばん場
開場 18:00 / 開演 18:30

■自興院浪曲会
2023年9月10日(日) 神奈川・自興院本堂
開場 13:30 / 開演 14:00

■玉川奈々福 気合いっぽん浪花節
2023年9月23日(日・祝) 神奈川・茅ヶ崎 亀の子道場
開場 13:30 / 開演 14:00

プロフィール

橘蓮二(たちばな・れんじ)
1961年生まれ。95年より演芸写真家として活動を始める。人物、落語・演芸を中心に雑誌などで活動中。著書は『橘蓮二写真集 噺家 柳家小三治』『喬太郎のいる風景』など多数。作品を中心にした「Pen+」MOOK『蓮二のレンズ』(Pen+)も出版されている。落語公演のプロデュースも多く手がける。近著は『演芸場で会いましょう 本日の高座 その弐』(講談社)。