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演芸写真家 橘蓮二のごひいき願います! 〜落語・演芸 期待の新星たち〜

古今亭雛菊さん、立川志の大さん ごひいき願います!

毎月21日連載

第20回

左より)古今亭雛菊、立川志の大 撮影:橘蓮二

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「カッコいい不器用な人」──古今亭雛菊

猛暑が続く7月の東京、滴り落ちる汗をものともせず持てる力を全て出し切って演じた『片棒』には古今亭雛菊さんの嘘のない真っ直ぐな想いが集約されていた。ひとつひとつ丁寧に配置された台詞と指先に至るまで神経の行き届いた所作で描いた落語はどんな時も決して手を抜かず懸命に前を向こうとする雛菊さんの生き方そのものに思えた。

元気いっぱい明るい高座で評判の雛菊さんだが上京するまでは落語には全く馴染みの無い生活だった。落語に初めて触れたのは大学の落語研究会。入部の動機が「ポケモンクリアファイルが貰えたから」はご愛敬としても、続けて語った「キラキラしていないが何だかとても落ち着いた」の言葉の内に表現者にとって肝要な深い洞察力が既に内包されていたと感じた。大学では仏教学部に在籍しブゥードゥー教の研究をするなど精神世界を学んでいた。在学中の三年時に初めて生で観た落語会のトリで登場したのが古典落語の名手・古今亭菊之丞師匠だった。その時に聴いた『お見立て』が強く印象に残り、次に初めて訪れた寄席でも偶然トリを飾ったのが菊之丞師匠。「この師匠はきっと自分を人間として成長させてくれる」と直感。その足で楽屋口に向かい入門を申し出た。そして念願叶い2017年4月入門、前座名「まめ菊」として前座修業をスタートさせ、2022年5月二ツ目に昇進した。

表現に於いては押し付けること無く相手に想いを届けるためには起点となる自分の心と受け手の気持ちの距離感の掴み方と手放し方が重要になる。踏み込み過ぎず逸らさない雛菊さんの人に対してのコミュニケーション感度はとても高い。どんな状況下でも愉しく優しい空間を生み出そうと常に心を配り最善を尽くそうとする。もちろん日常生活だけではなく「登場人物の心情を知ることは誰にも負けたくない」と言い切るほどに落語にもその想いは十二分に反映されている。内向と外向のバランスが非常に優れている高座は観客をグッと惹き付ける引力がある。さらに自分を決して大きく見せようとせずいつも謙虚で等身大であるところも雛菊さんの大きな魅力のひとつ。供給過多の情報に晒されているとコスパやタイパを優先しがちだが、表現に生きるとは非効率の世界に身を置くこと。コツコツと“生真面目”に取り組むことが最強である。

もう要領よく振る舞う表現者の時代は終焉した。これからは“カッコいい不器用な人”の時代である。それは古今亭雛菊さんが活躍する時代。

「伝統と革新の融合」──立川志の大

立川志の大さんの生まれ持ったポテンシャルの高さには目を見張るものがある。まず真っ先に浮かぶのはスッと耳に馴染む落ち着いた声の良さ。落語は言うまでもなく話芸なので演者が噺に入る前段階として長時間聴いても疲れない声質は聴き手にとっては重要な要素である。出力の大小で届くというよりは抑揚で響く感じの声はとても心地よい。もうひとつは本人は意識していなかったと言うが、天性のものなのか驚くべき言語感覚を持っている。志の大さんが生まれも育ちも大阪だとは多分出会った人の殆どは気づかないほど言葉のアクセントの違いを全く感じない。矯正せずとも東京に出てきたら支障なく自然と会話が出来たと言うことはリスニング能力と再現性が優れていると想像する。それは登場人物の身分、性別、年齢、時代背景の差違を台詞と声のトーンで表現する落語に於いての重要な条件を備えていると言ってもよい。地元で会社勤めをしていた時に観た立川志の輔師匠が演じた『徂徠豆腐』に心を射貫かれたことが落語に傾倒していくきっかけとなった。その後の三年間は追いかけるように様々な寄席や落語会に通うようになった。もちろん上方落語も片っ端から聴いて回ったが落語家を目指すにあたり言葉の壁を越えてでも尚、志の輔師匠に入門したかった最大の理由は現代的なマクラから普遍的な物語に昇華させる圧倒的な落語のエンターテインメント力に心酔したからであった。

2016年3月に八番弟子として入門、7年の厳しい前座修業を経て2023年4月二ツ目に昇進した。

色々話を聞かせてもらった印象では、志の大さんは環境に流されること無く自分の置かれた状況を冷静に分析できる明晰さが光る。“落語界のスーパースター立川志の輔の弟子”であることは常に数百人から千人規模の客席を前に開口一番に上がることや各界のエキスパートと身近に接するなど他では滅多に経験できない毎日が日常である。そんな一見華やかで恵まれた世界の中にいても浮かれることなく地に足を着け、生真面目に前座仕事を務めながら表現に関わるヒントを見逃さずに吸収していった。二ツ目昇進後、会場の大小によるお客さまの反応やコミュニケーションの取り方の違いを実感しながらも如何に自身の想いを落語に反映させられるか、そして高座のクオリティを向上させられるかに日々心を砕いている。

伝統と革新が融合した“志の輔らくご”の精神を受け継いだ新鋭のこれからの奮闘に注目が集まる。

文・撮影=橘蓮二

古今亭雛菊 公演予定

公式サイト:
http://hinagiku-k.com/

■古今亭雛菊・古今亭菊正 二人会
2023年8月23日(水) 東京・落語 小料理やきもち
開演 19:30 

■柳家小はだ・古今亭雛菊 二人会「負けてたまるか!?」
2023年8月24日(木) 東京・道楽亭
開場 18:30 / 開演 19:00

■弁財亭和泉10カ月連続公演 「落語の仮面」第8回
2023年8月25日(金) 東京・アートスペース兜座
開演 19:00

■第二十四回「ザ・菊之丞」親子会スペシャル
2023年8月26日(土) 東京・お江戸日本橋亭
開場 18:00 / 開演 18:30

■アトリエそら豆9周年記念落語会 柳亭小燕枝古今亭雛菊二人会
2023年8月27日(日) 東京・祖師谷みなみ商店街振興会館3F
開場 13:30 / 開演 14:00

■第1回コマドMCU落語会
2023年8月29日(火) 東京・cafeCOMADO
開場 19:15 / 開演 19:30

■水曜若手の会
2023年8月30日(水) 東京・梶原いろは亭
開演 12:00

■謝楽祭
2023年9月3日(日) 東京・湯島天満宮
開演 10:00

■雛菊勉強会 vol.8
2023年9月12日(火) 東京・koenjiHACO
開場 18:30 / 開演 19:00

立川志の大 公演予定

■大ちゃんの稽古風景 シリーズ2
2023年8月22日(火)
2023年9月12日(火)
2023年9月26日(火)
会場:東京・駒込落語会
開演 18:30

■立川志の大勉強会その一
2023年8月23日(水) 東京・せたがや がやがや館3階交流室
開場 18:30 / 開演 19:00

■立川志の大勉強会そのニ
2023年9月16日(土) 東京・せたがや がやがや館3階交流室
開場 14:00 / 開演 14:30

■立川志の大独演会 DAI’s TURN
2023年9月28日(木) 東京・赤坂チャンスシアター
開場 18:30 / 開演 19:00

プロフィール

橘蓮二(たちばな・れんじ)
1961年生まれ。95年より演芸写真家として活動を始める。人物、落語・演芸を中心に雑誌などで活動中。著書は『橘蓮二写真集 噺家 柳家小三治』『喬太郎のいる風景』など多数。作品を中心にした「Pen+」MOOK『蓮二のレンズ』(Pen+)も出版されている。落語公演のプロデュースも多く手がける。近著は『演芸場で会いましょう 本日の高座 その弐』(講談社)。