左より)柳家福多楼、林家あんこ 撮影:橘蓮二
「幸せを運ぶ落語家」──柳家福多楼
本日、新真打ち柳家さん光改メ柳家福多楼師匠が誕生した。
「これからは言い訳ができない。覚悟を持って臨む」と真摯に語る表情には真っ直ぐで優しい人柄が隅々まで溶け込んでいる。誰よりも師匠の側で過ごし貪欲に吸収し培ってきた高い技術に支えられた高座に接する度に強く感じるのは技術を越えた聴き手の感情を噺の入り口にソッと誘導するような掴みの巧みさである。その表現力の根底には福多楼師匠の揺るがない落語愛と他者へ向けた温かな想いが凝縮されている。
地元九州の大学を卒業後、長らく福祉関係の仕事に従事していた。当時仕事の疲れと孤独感を癒してくれたのが落語だった。当初は落語を聴く楽しみに加えカルチャーセンターの落語教室に通うなどあくまで趣味として楽しんでいただけの落語熱は次第に大きく膨らんでゆき三十路を過ぎたある日“一度の人生、本当にやりたいことをやって生きていきたい”と一大決心し、プロの落語家を目指し上京する。数多の名人上手の高座に触れながら「後にも先にもあれほど手を叩いて心の底から笑ったことはない」と衝撃を受けた柳家権太楼師匠に弟子入りすることを決意。もちろんそう簡単に弟子入りできる筈もなく、何度か撥ね付けられるも粘りに粘って2009年1月に見習いとして念願の入門を許される。同年7月前座名「おじさん」で厳しい前座修業をスタート、2013年二ツ目に昇進「さん光」に改名、才能溢れる若手落語家がひしめく中で着実にステップアップを続け、この度真打ち昇進を果たした。
今回お話を伺った際に印象的だったのは福多楼師匠の本質的な誠実さが滲み出た場面が幾つもあったこと。権太楼師匠から言われた
「落語が上手い人、面白い人が落語家じゃない。食って行ける人が落語家」
の言葉にプロとして生きていく為の心構えを学んだと答え、これだけは守っていることは?の問いには
「下の子(後輩)に威張らない、みんな自分より上手いから」
と笑い、お客様に対しては「自分を落語家として観てもらえること、受け入れてもらえることに感謝している」と謙虚に話す。言葉の端々から感じられる自身が観客だった頃の純粋な気持ちと演者としての矜持を双方向から見詰めるフラットな視点を獲得していることは落語表現に於いて大きな力になっている。落語家として生きることの喜びが溢れる高座はお客様の心に多幸感をもたらす。まさに名実一体、これからも柳家福多楼師匠は沢山の幸せを運び続ける。
「感情の機微との対話」──林家あんこ
初めて手掛けた作品が生涯を通じて磨き続ける代表作になる予感がする。6月に初演された新作『北斎の娘』には、林家あんこさんの落語家として生きることへの気概と自負が込められている。2021年11月「第21代すみだ親善大使」に着任、そこで墨田区に縁の深い江戸時代の天才浮世絵師・葛飾北斎の娘、葛飾応為の存在にインスパイアされ“これは自分にしか出来ない”との想いから作り上げた大作である。
葛飾応為は「江戸のレンブラント」と称されるほど美術の世界では知られた存在だが、少数の作品しか残されておらず資料も少ない為に謎が多い。ドラマや小説のモデルにもなったが検証できない箇所はもちろん創作であり、同じくあんこさんも描くにあたっては語られなかった時間を如何に登場人物の気持ちに無理が出ないように仕立てるかに腐心したという。取って付けたような台詞廻しを回避する為に役立ったのは師匠である林家しん平師匠のディレクション術だった。映画監督としても活動するしん平師匠は常に配役を決めてから脚本を書くやり方をとる。2013年3月に入門し四年半の内弟子生活の中で様々な創作活動に触れていったあんこさんも先ずはキャラクターが喋ることで物語を動かすことを重要視している。加えて視野が広く物事を深く掘り下げる研究熱心さも優れているが、この作品に於いて特筆すべきところは主人公・葛飾応為とあんこさん自身の置かれた状況が運命的とも言える同業二世で娘という類似性を持っていることだ。父親は二代林家時蔵師匠。落語家になって暫くは親娘の気持ち以上に尊敬する先輩としての感情が勝り心理的に距離があったが『北斎の娘』を創作してからは心情が変化したという。家族だから理解出来ることは時に家族である故に理解不能になる。同じ現場で切磋琢磨し、反発と承認を繰り返すプロフェッショナル同士にしか分からない皮膚感覚が綯い交ぜ(ないまぜ)になることで見える景色は変わっていった。
フィクションこそリアリティーが必要。史実を土台にした噺であれば尚更。だからと言って説明を重ねるのではなく心の動きを描写しなければ受け手には届かない。訴求力を持つ落語家は人間の感情の機微と常に対話している。どう表現するのか、どう生きるのか、痛切な問い掛けを続ける葛飾応為の秘めた想いに耳を澄ます落語には気持ちに寄り添おうとする優しさが溢れている。何故、相手のことを知りたいのか?愛したいからに決まっている。林家あんこさんが生み出す作品はとても温かい。
文・撮影=橘蓮二
柳家福多楼 公演予定
■真打昇進襲名披露興行
2023年9月21日(木)~30日(土) 東京・鈴本演芸場
2023年10月1日(日)~10日(火) 東京・末広亭
2023年10月11日(水)~20日(金) 東京・浅草演芸ホール
2023年10月21日(土)~30日(月) 東京・池袋演芸場
■合同披露落語会〜歌舞伎町でガチ落語〜
2023年10月31日(火) 東京・歌舞伎町劇場
開場 14:30 / 開演 15:00
前売 2500円 / 当日 3000円
■柳家権太楼独演会
2023年11月11日(土) 神奈川・横浜にぎわい座
開場 13:30 / 開演 14:00
詳細:https://nigiwaiza.yafjp.org/perform/archives/26679
■第119回板橋落語会 柳家さん光改メ柳家福多楼真打昇進披露興行
2023年11月24日(金) 東京・板橋区立文化会館 小ホール
開場 17:30 / 開演 18:00
■長崎寄席「柳家権太楼・柳家福多楼 親子会(真打披露)」
2023年11月25日(土) 東京・ひびきホール
開場 17:00 / 開演 18:00
出演:柳家権太楼、柳家福多楼、花島けい子(マジック)
林家あんこ 公演予定
公式サイト:
https://anko-hayashiya.jimdo.com
■第29回 あしがら寄席
2023年9月21日(木) 神奈川・南足柄市文化会館 小ホール
開場 13:00 / 開演 13:30
■浅草演芸ホール 9月下席夜の部
2023年9月21日(木)~30日(土) 東京・浅草演芸ホール
■第14回 あんこ椿は一の花
2023年10月5日(木) 東京・神田連雀亭
開場 18:00 / 開演 18:30
■寄席演芸家似顔絵展4
2023年10月18日(木) 東京・深川東京モダン館 2階
開演 15:00
プロフィール
橘蓮二(たちばな・れんじ)
1961年生まれ。95年より演芸写真家として活動を始める。人物、落語・演芸を中心に雑誌などで活動中。著書は『橘蓮二写真集 噺家 柳家小三治』『喬太郎のいる風景』など多数。作品を中心にした「Pen+」MOOK『蓮二のレンズ』(Pen+)も出版されている。落語公演のプロデュースも多く手がける。近著は『演芸場で会いましょう 本日の高座 その弐』(講談社)。