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演芸写真家 橘蓮二のごひいき願います! 〜落語・演芸 期待の新星たち〜

東家千春さん、東家志乃ぶさん ごひいき願います!

毎月21日連載

第25回

左より)東家千春、東家志乃ぶ 撮影:橘蓮二

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「自由な風に乗って」──東家千春

その端正な立ち姿から滑らかにスッと語り出す快活で親しみ易い浪曲は力任せではない馴染むように観客の想いと溶け合う自然で温かな一体感がある。近年、次々と現れる新鋭の台頭と大看板の至芸。そして人気師匠の充実した舞台で活況を呈する浪曲界に於いて昨秋に待望の年季明けを果たした注目の若手浪曲師・東家千春さん。高座に臨むためのモットーはズバリ“楽しむ気持ち”。そこには演者はもちろん、お客さまや曲師の師匠、さらにスタッフも含めそこに集い関わる全ての人たちが共有できる幸せな空間を作りたいと願う強い気持ちが込められている。

大学在学中から劇団に所属し数多くの舞台を踏み長く俳優として生きてきた。約10年の役者生活の後はナンセンスな笑いが生み出す不条理な世界を描くコントユニットを結成し活動していた。しかし4年ほどで解散、その後暫くは未体験だった様々な表現の見聞を広げていく中で後に師匠となる五代目東家三楽先生が主宰していたカルチャー教室で浪曲と出会った。

2018年8月入門。元々は自由に笑いを作ることを信条に歩んできたゆえに細部まで決め事に溢れる前座期間中は心身共にハードな毎日だったと振り返るが、同時にその厳しい修業があったからこそ土台となる基礎が固められたことも実感している。どんなジャンルもセンスだけではどうにもならない。自身の感性を活かすヒントは飽くことのない反復の中に存在している。千春さんは、修業を経てそれまで感じていた芝居に於ける身体表現と浪曲表現の違いがより明確になったという。それは演劇では五感のうちでも真っ先に届く視覚的要素が強いこと。役柄と演者の実年齢との差や小説など元は文章表現の実写化で感じるイメージの違い、所謂“身体が乗る”ことからは逃れられない。しかし落語・講談・浪曲といった話芸では動きを表現する所作は上半身のみと限定されている。つまり省略されているからこそ聴き手の想像力でキャラクターを自在に描くことができる。役者時代は憑依型ではなく何役も演じ分ける“自分を残す”タイプであったことが浪曲の地の喋りと語り分けに役立ち、さらにコンビで作る世界が好きだったところも曲師とのセッションで作る浪曲は相性が抜群である。緊張よりも毎日高座に上がることが楽しくて仕方がないと目を輝かせる東家千春さんの浪曲にはいつも自由な風が吹いている。今日も風に乗って千春さんの笑顔が客席一杯に広がっていく。

「正しく迷う」──東家志乃ぶ

身体全体を振り絞るようにして放射する密度の濃い浪曲からは東家志乃ぶさんの一途な心根が見て取れる。言葉の手触りを追いかけるように視線の先に手を伸ばし懸命に声を響かせる高座姿は清廉な美しさがある。

浪曲師になる前は10年以上に渡りミュージシャンとして活動を続けていた。ギタリストを皮切りにバンド活動を経て、その後ユニットを組み落語の世界観をイメージした曲を発表するなど様々な形態で言葉と物語をどう伝えるかの模索を続けてきた。“声のパワーの謎”を追求するべく朗読劇、ミュージカル、落語など声を操る表現を聴いて回っていた時に心揺さぶる浪曲にめぐり合った。その瞬間、志乃ぶさんにとって生涯をかけて挑むに値する新たな表現の道筋が目の前に現れた。

2019年2月、人生観を変える衝撃を受けた当人、五代目東家三楽先生に入門。厳しい前座修業期間を勤め上げ、昨年11月に年季明けした。他所での経験を積んでからの比較的遅い入門だったので、さぞや辛い修業が明けた解放感があったのかと想像していたら本人は「特に何も変わらないです」と笑顔。子供の頃から独立心が強く小学生の時には炊事洗濯など身の回りのことは全てひとりでこなすことができたという。

いろいろと話を伺っていて強く感じたのは作詞活動などを通じて培ってきたであろう豊かな語彙力と常に自身の気持ちとの距離感を見詰め続けることができる冷静な分析力の高さ。故に緩急の付け方、間の取り方、そしてトーンといった言葉の可能性に対してのアプローチの仕方が非常に多才だ。しかしその客観的視点以上に志乃ぶさんが将来の浪曲界を担うひとりと期待されるのは日々“正しく迷っている”からなのである。言葉は発しなければ意味を持たない、また意味だけでは感情は届かない。浪曲に限らず実体を持たない表現は形のないものを駆使して形作るいわば無限の方法論が存在すると同時に正解がないことである。表現に答えなどないのは当たり前、直ぐに出る答えに価値はない。表現に関わる以上は百も承知だが、それでも“言葉”が秘めた力を信じ、持ち得る感覚をフル回転させながら高座に向かい熱い想いを解き放つ。曲師が奏でる音に導かれ言葉の一粒一粒が際立つように響き合う志乃ぶさんの浪曲は“クールな熱量”がせめぎ合い現実世界に情感を伴い物語を浮かび上がらせる。今日の正解が明日を保証しないことを志乃ぶさんは知っている。だからこそ表現者として信頼できる。

文・撮影=橘蓮二

東家千春 公演予定

公式サイト:
https://azumayachiharu.hp.peraichi.com/

■橋の演芸
2024年1月27日(土) 東京・BRUCKE
開場 17:00 / 開演 17:30

■おしゃらか寄席
2024年2月2日(金) 東京・渋谷WWW
開場 19:00 / 開演 19:30

■浪曲定席木馬亭
2024年2月4日(日) 東京・浅草木馬亭
開演 16:00

■本の長屋浪曲会Vol.1
2024年2月11日(日) 東京・本の長屋
開場 17:45 / 開演 18:00

■浪曲広小路亭
2024年2月25日(日) 東京・上野広小路亭
開場 12:30 / 開演 13:00

東家志乃ぶ 公演予定

■新鋭女流花便り寄席
2024年1月26日(金) 東京・お江戸上野広小路亭
開演 12:00

■浪曲定席木馬亭
2024年2月1日(木) 東京・浅草木馬亭
開演 12:15

■浪曲定席木馬亭
2024年2月3日(土) 東京・浅草木馬亭
開演 12:15

■梶原いろは亭週末SP寄席 一太郎・志乃ぶ二人会
2024年2月10日(土) 東京・梶原いろは亭
開演 13:00

■しのばず寄席
2024年2月19日(月) 東京・お江戸上野広小路亭
開演 12:00

■玉川奈みほの闘魂
2024年2月21日(水) 東京・梶原いろは亭
開演 19:00

■浪曲広小路亭
2024年2月25日(日) 東京・お江戸上野広小路亭
開演 13:00

プロフィール

橘蓮二(たちばな・れんじ)
1961年生まれ。95年より演芸写真家として活動を始める。人物、落語・演芸を中心に雑誌などで活動中。著書は『橘蓮二写真集 噺家 柳家小三治』『喬太郎のいる風景』など多数。作品を中心にした「Pen+」MOOK『蓮二のレンズ』(Pen+)も出版されている。落語公演のプロデュースも多く手がける。近著は『演芸場で会いましょう 本日の高座 その弐』(講談社)。