左より)古今亭志ん松、できたくん 撮影:橘蓮二
「七代目誕生へ!」──古今亭志ん松
時を忘れページを捲る手が止まらない小説のように古今亭志ん松さんの落語は瞬時に聴き手の心を掴んで離さない秀逸な表現力がある。柔らかでメリハリのあるリズミカルな語り口と細密精緻な所作で描く高座は登場人物の情景が噺の中に絶妙に配置され物語の推進力が非常に高い。
これまで数多くの落語家さんの経歴を伺うと大きく分けて二通りのタイプがある。以前からの落語マニアか逆にそれまで全く落語に触れたことがなかったかのどちらか。志ん松さんは後者どころか他者と競争するのが嫌いで人付き合いが大の苦手。将来の夢は“孤島の図書館”に勤めることであった。孤島ではなかったが念願叶い大学卒業後、図書館司書となった。日々希望の職種での業務に励んでいたある時、ひょんな事から落語と出会った。勤めていた図書館でいつも落語のCDが貸し出されていたことが気になり落語とはどんなものなのかと初めて耳にしたのが古今亭志ん生、金原亭馬生、二人の名人親子がリレーで演じた『妾馬』だった。そこから次々と落語CDを聴きまくり気付けば都内の寄席の全てに通うほどのめり込んでいた。そして2009年4月、志ん松さん曰く“この人以外は考えられなかった”と直感した六代目・古今亭志ん橋師匠に入門。同年11月楽屋入り、前座名「きょう介」。厳しい前座修業の後、2014年6月「志ん松」で二ツ目に昇進。2024年1月志ん橋師匠死去により三代目 古今亭志ん丸師匠門下に移籍、そして今秋9月下席より真打ち昇進と共に「七代目 古今亭志ん橋」を襲名する。
噺の聴き処が然り気無く配慮された高座は志ん松さんの落語に対しての高い分析力に支えられている。殊に自分の噺を聞くことを重要視し客観的な視点と相対化する思考でキチンと役になっているか、物語に於ける間取りや距離感を確りと掌握できているかを的確に図る。さらに演じる時には予め登場人物同士が分かって喋らないように心掛けることで噺の鮮度を保つことに腐心する。そういった一見気付きづらい細部に凝らされた工夫により物語の厚みは増し深く聴き手の心に浸透していく。
「最終目標を持たないことが目標」とぶれる事なく足元を見つめ、お客さまに楽しんでもらうことを最優先に直向きに目の前の高座に最善を尽くす姿勢を見る度に敬愛する師匠から受け継いだ落語家としての矜持を纏いながら必ずや次世代の落語ファンを魅了するであろう新たなる「古今亭志ん橋」の誕生が待ち遠しくなる。「古今亭志ん松」改メ「七代目 古今亭志ん橋」いよいよこの秋、見参!
「いつか“革命”が“できた”なら」──できたくん
「革命を起こしたいんです」。発泡スチロールのメガネをかけ、ステップを踏みながら手にした同じく発泡スチロール板と高温のワイヤーでお客さまの注文を下書き無しに瞬く間に切り上げる圧倒的なパフォーマンス力と独自性は演芸界に於いて既に革命的である。
「工作エンターテイナー できたくん」の唯一無二のオリジナルな芸が生まれたきっかけはコンビでお笑い活動をしていた当時に芸人仲間がネタに使用する小道具を製作したことに遡る。元々美術の教員免許を持つほどのスキルはあったが評判を聞き付けた多くの芸人さんから次々と依頼を受け様々な小道具や美術製作に関わった。その後も製作・提供を続けながら自身も自作の発明品をネタに語るピン芸人として舞台に立っていたが次第に芸人としての在り方に行き詰まっていく。何をどう表現し生きていくのか、その葛藤は表現者としてだけではなくひとりの人間としても容易く譲ることができない矜持であった。
新ネタを毎月複数用意・設計する重圧もさることながらクオリティーに拘る故に膨らむ材料費の問題、さらに2011年に製作した高評価の作品が多量の乾電池を使用していたことに震災という非常時に於ける自身の生き方にも苦悩した。そんな時に頭を過ったのが以前から馴染んでいた発泡スチロールを使った作品作り。そして向かったのが代々木公園の路上。喋る事なく只ひたすら作品を作り道行く人に見てもらうことで己を見つめ直した。そこで表現者にとって最も嬉しく得難い先入観無しに受け入れてくれる観客のダイレクトで無垢な反応に触れることができた。
その後、縁ある師匠からの誘いで落語会への出演を重ね2019年2月より「発泡スチロール芸人 できたくん」として落語芸術協会所属となり現在では注目の番組には必ずと言っていいほど顔付けされる人気ぶりだ。普段から気になることは絵に描いてストックすることを怠らないことは元より驚くのは実際に切り抜くのではなく常に脳内で形を描き全てを記憶していること。さらに寄席出演ではゼロベースのお客さまにどういった芸かをいち速く伝えるために頭の中から最適な図案を取り出し最速で1つ目の作品を切り抜く技術と対応力は素晴らしい。将来は「発泡スチロール芸」を受け継ぎ活躍する後輩が現れて欲しいと語る。作品を切り抜いたあとにコールする「何ができたかな?イェーイ」。いつか演芸のひとつのジャンルとして発泡スチロール芸が寄席で当たり前に観られる日。そんな日常こそ“革命”が“できた”日に違いない。
文・撮影=橘蓮二
古今亭志ん松 公演予定
■第四回 志ん松・小はぜ二人会
2024年5月7日(火) 東京・新宿無何有
開場 18:30 / 開演 19:00
■志ん松真打ちまで~古今亭六席~
2024年5月11日(土) 東京・らくごカフェ
開場 18:30 / 開演 19:00
■第9回 古今亭文菊の会
2024年5月23日(木) 東京・日本橋公会堂
開場 18:00 / 開演 18:30
■志ん松真打ちまで~古今亭六席~
2024年6月8日(土) 東京・らくごカフェ
開場 18:30 / 開演 19:00
できたくん 公演予定
■三遊亭好楽プレゼンツお笑いライブ
2024年5月3日(金・祝)・4日(土・祝) 東京・池之端しのぶ亭
開場 13:30 / 開演 14:00
■できたくんの工作ショー!
2024年5月5日(日・祝)・6日(月・振休) 東京・虹の下水道館
開場 13:15 / 開演 13:30
プロフィール
橘蓮二(たちばな・れんじ)
1961年生まれ。95年より演芸写真家として活動を始める。人物、落語・演芸を中心に雑誌などで活動中。著書は『橘蓮二写真集 噺家 柳家小三治』『喬太郎のいる風景』など多数。作品を中心にした「Pen+」MOOK『蓮二のレンズ』(Pen+)も出版されている。落語公演のプロデュースも多く手がける。近著は『演芸場で会いましょう 本日の高座 その弐』(講談社)。