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演芸写真家 橘蓮二のごひいき願います! 〜落語・演芸 期待の新星たち〜

立川志の彦さん、柳亭市童さん ごひいき願います!

毎月21日連載

第30回

左より)立川志の彦、柳亭市童 撮影:橘蓮二

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「心地よくほどける」──立川志の彦

実直な人柄が滲み出た落語には優しい笑顔がよく似合う。入門当時から現在に至るまで懸命に高座に励む姿と周囲への細やかな心配り、そして決して他者を謗らない真っ直ぐな心根は表現者としての度量の大きさを感じる。入門前はライフガードの経歴を持つ変わり種。一般的には緊急時に救助する仕事と思いがちだが、実際は危険が及ぶ可能性は予め排除し何も起きないよう未然に防ぐことが肝要だという。今思えばそれは前座修業に於いて常に先回りして対応するのに似ている。その後、大学卒業を控え将来の目標を模索している時に出会った立川志の輔師匠の高座が運命を変える。元々お笑い好きではあったが落語というジャンルを超越するほど隅々まで行き渡った面白さに度肝を抜かれた。「落語家というより、この人の弟子になりたい」と即座に弟子入りを決意、本気度を示すためにわざわざ名古屋で開催されていた志の輔師匠の落語会を目指し何とヒッチハイクで向かった。

それにしても世の中には親切な人はいたもので次々と4台の車を乗り継ぎ無事目的地に辿り着いた。しかも同乗したとある家族連れのお父さんからは励ましの言葉と共にお小遣いをいただくという人情噺のような経験もした。後年、志の輔師匠はこの出来事を引き合いに出し「お客さまに喜んでもらいお金を頂戴するのが芸人の技量、志の彦は既に素質がある」と評価していた。2007年に五番弟子として入門、2014年二ツ目に昇進した。現在は真打ち昇進に向けて自身の落語を今一度見つめ直し謙虚に足元を見つめレベルアップをはかっている。それまでの独演会中心の活動のみに留まらず2年前の夏からは他協会の人気若手真打ちをゲストに迎え胸を借りつつ研鑽する会を積極的に開催している。そこで感じた自分に不足している弱点と逆に勝負できている強みを確りと把握し稽古を積み重ねながら日々の高座に反映させている。

落語は演者の心ばえが不思議なくらい見えてしまうもの。今後、落語表現の密度を高めてゆくためにも身近にいる最も大切な家族、師匠、先輩や後輩、仲間、に先ずは笑ってもらうことが起点であり最も重要だと言い切る志の彦さんの高座にはじんわりと心の奥に浸透する温かな情感が宿っている。初々しかった精一杯の初高座『つる』も二ツ目昇進披露落語会の高座中、激しく着崩れた中で必死に演じ切った『宿屋の仇討ち』も袖から撮影していた。出会った頃から何ひとつ変わらない直向きで明朗さを失わない落語はいつ聴いても心地いい。志の彦さんの高座を前にすると気持ちがゆるりとほどけてゆく。

「虚飾を排した落語家」──柳亭市童

才能の質量や向かう方向は千差万別、各々が思考と実践の果てに生み出す落語世界をどう観客に届けるかを日々問い続ける姿勢がやがては落語家自身の個性を形作っていく。表現に於いては暗中模索が当たり前、評価を得るためのテンプレートなど何処にも存在しない。しかし常にファンや関係者から必要とされるかけがえの無い存在になれるヒントは身の回りの事象を深く洞察すれば幾らでも見つけることができる。2025年3月下席より待望の真打ち昇進が決まった若手指折りの実力者、柳亭市童さんが見せる虚飾を排した高座は普段の準備が如何に重要であるかを如実に表している。

ラジオ好き、お笑い好きの高校時代に贔屓のお笑いタレントから幾度も飛び出した「落語」というワードに興味を持ったのがきっかけだった。元々和ものが好きだったこともありその後は一気に落語に傾倒していった。音源やネットの映像などで次から次へと落語の見聞を拡げていく中で、これぞ“落語そのものが持つ面白さの真髄”と感激した柳亭市馬師匠に弟子入りすることを目指し北海道から上京、浅草演芸ホール前で弟子入りを願い出た。中々弟子入りを許されずに苦労したという話は良く耳にするが何と即日入門を許可された。もちろん市童さんの中に弟子入りを即決させる素養があったのは言うまでもないことだ。そのひとつが一度でも聴いたことがあるお客さまなら皆が口を揃えるほど印象に残る耳に心地いい声質である。実際、落語界随一の歌い手(というかプロの歌手)である市馬師匠演じる『三十石』の船頭が美声で聴かせる舟歌に呼応する合いの手を市童さんが担うほどの天性の声音である。さらに師匠の教えである“嘘をつかない”“人が気付かないところに気配りをする”を守りながら連日稽古に励む。

現在は50席を超えるネタ数を有し、噺によっては熟成させるが如く覚えた後に一旦時間を置き物語を浚い直してから高座にかけるなどの創意工夫も忘れない。様々な情報が乱れ飛ぶ現代では奇抜なアピールで他者との差別化を図ることが必ずしも有効とは限らない。どんな風雨に曝されても倒れない確りと基礎を築いた建物のように外からは見えない芯を鍛え続けることが先決だ。真打ち昇進に向けても「今まで通り変えることはないが、少しずつハンドルを切りながら噺の持っている風情をお客さまと共有出来たらいい」と落語家としての生き方は揺るがない。個性は無理に加えるのではなくいつの間にか自然と備わっているもの。余計な混ぜ物がない市童さんの高座には落語の愉しさがいっぱいに詰まっている。

文・撮影=橘蓮二

立川志の彦 公演予定

公式サイト:
http://shinohiko.com/

■立川志の彦 カフェで楽しむ落語会
2024年6月28日(金) 東京・カフェレストランわれもこう光が丘公園店
開演 15:30

■立川志の彦落語会 in 高崎
2024年7月6日(土) 群馬・高崎市総合福祉センター
午前の部 開演 11:00 午後の部 開演 14:30

■第五回 立川志の彦落語会 in 旧小澤家住宅
2024年7月13日(土) 新潟・旧小澤家住宅
開場 13:00 / 開演 13:30

■立川志の彦落語会 in TOKYO 〜夏休みこども落語編〜
2024年7月21日(日) 東京・千本桜ホール
開場 10:30 / 開演 11:00

■立川志の彦落語会 in TOKYO
2024年7月21日(日) 東京・千本桜ホール
開場 13:30 / 開演 14:00

柳亭市童 公演予定

■市童のらくご(毎月開催)
2024年7月19日(金) 東京・門前仲町 陽岳寺
開演 19:30
予約 1500円 当日 1800円

■B3
2024年7月23日(火) 東京・落語協会2階
開演 18:30

プロフィール

橘蓮二(たちばな・れんじ)
1961年生まれ。95年より演芸写真家として活動を始める。人物、落語・演芸を中心に雑誌などで活動中。著書は『橘蓮二写真集 噺家 柳家小三治』『喬太郎のいる風景』など多数。作品を中心にした「Pen+」MOOK『蓮二のレンズ』(Pen+)も出版されている。落語公演のプロデュースも多く手がける。近著は『演芸場で会いましょう 本日の高座 その弐』(講談社)。