Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

演芸写真家 橘蓮二のごひいき願います! 〜落語・演芸 期待の新星たち〜

柳亭市寿さん、春風亭昇りんさん ごひいき願います!

毎月21日連載

第31回

左より)柳亭市寿、春風亭昇りん 撮影:橘蓮二

続きを読む

「歌は語るように台詞は歌うように」──柳亭市寿

「現在、二ツ目の香盤でいうと上からも下からもちょうど真ん中の32番目です」新たにスタートした独演会『真打ちへ一途(いちじゅ)』の冒頭で語った言葉の内に真打ち昇進まで厳しく自らを追い込んでいこうとする強い決意が見て取れた。個人差は有るものの二ツ目から真打ち昇進まではおよそ十年ほどの時間を要する。“十年もある”のか“たった十年しかない”のか。長いようで短い二ツ目活動期間の中でどう落語に向き合い実践を重ねていくかで晴れの真打ち昇進も見える景色が変わってくる。

2014年10月柳家三寿師匠に入門、2015年10月「寿伴」で前座修業を開始、2019年5月中席二ツ目に昇進、2020年6月三寿師匠が死去したため7月柳亭市馬門下に移籍「市寿」に改名した。年齢制限(30歳)ギリギリの29歳10カ月での遅い入門には訳がある。大学在学中から音楽の道を志し、20代のほぼ10年間はミュージシャンになる夢を追い様々な仕事をしながらバンド活動と曲作りに情熱を傾ける毎日だった。しかしなかなか思うような結果が出ずに悩んでいた頃、当時従事していた仕事先のホールで見た落語会が初めての演芸体験となった。その後、作詞や語りの勉強になるのではと落語教室(講師は後の師匠 柳家三寿師匠)に通うことに。そこで音楽とは違った形で観客を巻き込む表現方法に魅了され方向転換、遅まきながら落語の世界に飛び込んでいった。

稽古量に裏付けされた所作の安定感や柔らかな語り口と共にそれまで培ってきた音感や多くのライブ経験から得た状況判断力も相俟って市寿さんの高座は程よい距離感で心地よく観客の気持ちに届く。さらにプレーヤーとしての能力だけではなく自身を俯瞰できるセルフプロデュース能力も非常に高い。音が鳴ったと同時に言葉が重なり瞬時に場の空気を掴める音楽と会話を進めながらゆっくりと空間を構築してゆく落語では当然見せ方や聴かせ方に大きな違いがあることを自覚しながら意識的に同じ演目を短いスパンで高座にかけて改善点の発見に繋げたり、独演会では噺の完成度を追及しつつもドキュメントとして二ツ目の真っ只中にいる試行錯誤する姿も見せてゆきたいと様々な落語表現の引き出しを増やしている。

どんな表現ジャンルも作品に作者や演者の感情を乗せ思考の軌跡を伝えることが肝要なのは何ら変わりがない。しかし、やりたい事と出来る事には差違がある。届けたい想いを無理なくそして嘘なく出力できる表現方法を手にすることが出来た者は幸甚である。リズムを刻むような流麗な間と語りで形創る高座は小気味良い。“歌は語るように台詞は歌うように”先人が残した名言が市寿さんの落語世界によく似合う。

「物語性と創作の動機」──春風亭昇りん

数多くの若手新作落語家が各々のカラーを打ち出しながら活躍の場を拡げている現在の状況は本当に喜ばしい。自分が演芸写真を撮り始めた30年ほど前は、新作落語というだけで色眼鏡で見られることも間々有ることだった。時を経て、古典、新作にかかわらずエンターテインメントとしての落語の豊かさを存分に楽しめる幸せな時代になった。しかし同時に新作落語に対しての偏見がなくなったことで、今後は作品の質を問われ本物しか残ることができない厳しくも表現者としてはある意味真っ当な世界が到来した。お客さまを魅了し、他の演者にも影響を与え、後世に残る作品を生み出すには落語表現の本質にどう肉薄できるかにかかっている。

毎月ネタおろしの勉強会を開催しながら人気演芸ユニット√9に参加するなど精力的に活動する春風亭昇りんさんは表現の芯になる感性が非常に鋭い。他の新作落語家の作品を細部まで観察し、自分にハマる噺は何であるかを常に模索している。その上で最も大事にしていることは「この物語は落語で表現する必要があるのか」だと言う。落語は視覚的要素を省略して伝えられるため言葉による跳躍力が大きい。つまりワンシーンを深く描くこともできるが台詞ひとつで瞬時に場面転換もできる。昇りんさんはカット割りが増えることで噺が立体的に拡がることを熟知し巧みに笑いに誘導していく高い編集能力があり、さらに新作落語家であっても土台となる古典落語の技術を磨くことの大切さも深く理解している。

大学卒業後、お笑いの世界に憧れあらゆるジャンルの笑いを体感した。落語の面白さに目覚め寄席通いを続ける中で“笑って感動”というそれまで経験したことがないほど“心をハッピー”にしてくれた春風亭昇太師匠に弟子入りすることを決意する。容易に入門許可が出ない中、約半年間粘り強く出待ちを繰り返し2016年2月8番弟子として漸く入門を許された。後に落語家を目指すに辺り度々相談をしていた落研の先輩にあたる師匠のアシストがあったことを知るが、それも昇りんさんの一途さを応援していた証左である。2020年6月中席二ツ目昇進、期待の若手新作落語家のひとりに名を連ねる。

昇りんさんの師匠、春風亭昇太師匠は先述の新作落語に対しての風当たりが強かった時代に最前線に立ち切り開いてきた開拓者だった。高い技術を持ちながら敢えて強調しないシャイな心根とお客さまへの献身は師弟共に共通しているプロフェッショナルの矜持。昇りんさんの新作落語から優れた物語性を感じるのは創作の動機が自分だけに向かわず聴き手との共感を溶け込ませる優しさが隠れているからだ。この先幾つもの名作を世に送り出す注目の新作落語家である。

文・撮影=橘蓮二

柳亭市寿 公演予定

公式サイト:
https://y-310.com/

■渋谷らくご はやおきらくご
2024年8月11日(日) 東京・ユーロライブ渋谷
開演 11:00

■柳亭市馬独演会
2024年8月15日(水) 神奈川・横浜にぎわい座
開演 14:00

■味のれん
2024年8月27日(火) 東京・赤坂会館
開演 18:45

■真打へ一途 柳亭市寿独演会 その二
2024年9月11日(水) 東京・赤坂会館
開場 18:00 / 開演 18:30

春風亭昇りん 公演予定

公式サイト:
https://shorin-go.com/

■春風亭昇りん-もぎたての会-
2024年7月29日(月) 東京・アートスペース兜座
開場 18:30 / 開演 19:00

■連雀亭ワンコイン寄席
2024年7月31日(水) 東京・神田連雀亭
開場 11:00 / 開演 11:30

■メガネちーむin新橋
2024年7月31日(水) 東京・espace 天
開場 18:30 / 開演 19:00

■千葉劇場落語会
2024年8月3日(土) 千葉・千葉劇場
開場 13:00 / 開演 13:30

■ほくとぴあ亭1000円落語
2024年8月15日(木) 東京・ほくとぴあペガサスホール
開場 12:30 / 開演 13:00

プロフィール

橘蓮二(たちばな・れんじ)
1961年生まれ。95年より演芸写真家として活動を始める。人物、落語・演芸を中心に雑誌などで活動中。著書は『橘蓮二写真集 噺家 柳家小三治』『喬太郎のいる風景』など多数。作品を中心にした「Pen+」MOOK『蓮二のレンズ』(Pen+)も出版されている。落語公演のプロデュースも多く手がける。近著は『演芸場で会いましょう 本日の高座 その弐』(講談社)。