演芸写真家 橘蓮二のごひいき願います! 〜落語・演芸 期待の新星たち〜

天中軒すみれさん ごひいき願います!

毎月21日連載

第43回

左より)天中軒すみれ、広沢美舟(曲師) 撮影:橘蓮二

「夢枕獏・原作 /浪曲 陰陽師 琵琶玄象」

どんなジャンルに於いても第一線に立てる者の条件のひとつに、注目された中で如何にパフォーマンス力を上げることができるか、つまりここ一番での勝負強さ。7月12日、神奈川・小田原三の丸ホールで開催された「夢枕獏・原作 /浪曲 陰陽師 琵琶玄象」で期待の若手浪曲師、天中軒すみれさんが見せた優美且つ力強い高座は、将来の浪曲界を牽引する存在になることを予感させる見事な表現力であった。

作家・夢枕獏氏の人気シリーズ小説『陰陽師』を原作に作家・書評家の杉江松恋氏の企画と脚本により生み出された安倍晴明の物語を曲師・広沢美舟さんが奏でる流麗な三味線の音色と相俟った、たおやかで力強い節回しと啖呵、そして今公演ならではの照明を駆使した演出で観客を時空を超えた物語世界に誘った。

豊かな声量、五感に響きわたる声質、繊細且つスケールの大きい所作で描く浪曲は2023年の年明け(ねんあけ)から3年に満たないキャリアとは思えぬほどの安定感がある。天性のポテンシャルはもとより、浪曲に対する鋭角で緻密な思考と、改善点をいち速く実践できる高い技術は若手屈指の存在である。

今作品でも登場人物お馴染みのフレーズや会話は確り取り込み、さらに外題付け(歌い出し)も劇中重要なキーワードとなる琵琶の音色を連想させるなど、細部にわたり原作の世界観を壊さぬよう工夫を凝らしつつも、単調なストーリー描写に偏らぬよう独自の節付けを施し、物語全体に流れるようなリズムを持たせるなど“浪曲表現”の強みを最大限に活かした力量は素晴らしかった。得てして初めての試みは自身が表現することに一杯で、聴き手と気持ちが解離しがちだが、すみれさんの場合は「物語に浸っている時間は幸せを感じた」と言うように、自身を過不足なくコントロールし、浪曲と原作が絶妙に融合したオリジナリティ溢れる“浪曲世界”を観客の脳内に出現させていた。

高座後は原作者である夢枕獏氏が登壇。

「10年後、20年後、どのように物語が成長していくか楽しみ」

とお墨付きの言葉も得て、今後さらなる飛躍が期待される。

直向きに活動を続けていれば必ずチャンスは訪れる。しかし一度逃してしまえば、そう何度も幸運は廻って来ない。この公演で、すみれさんは存分に勝負強さを見せた。この先、さらにプレッシャーがかかる局面が多々あることは想像に難くないが、重圧を背負っても尚やり遂げられると信じられる逸材である。

『浪曲 陰陽師』をライフワークにするべく、そして伝統を受け継ぎながら新たな浪曲の可能性を切り開くために天中軒すみれさんの挑戦は続く。

左より)杉江松恋氏(企画・脚本)、夢枕獏氏(原作)、天中軒すみれ、広沢美舟(曲師)

文・撮影=橘蓮二

<公演情報>
「夢枕獏 原作 浪曲 陰陽師 -琵琶玄象-」

2025年7月12日(土) 神奈川・小田原三の丸ホール 小ホール
開場 13:30 開演14:00

天中軒すみれ 今後の公演予定

■赤坂で浪曲番外地【12】「三可子とすみれ二人会」
2025年7月27日(日)東京・浅草 木馬亭
開場 12:30 開演 13:00

■夢枕獏 原作 浪曲 陰陽師 -琵琶玄象-
2025年8月9日(土)東京・北とぴあ ペガサスホール
開場 13:00 開演 14:00

■浪曲音楽部Reborn!
2025年8月30日(土)東京・新橋espace天
開場 18:30 開演 19:00

■ばばんば★ばんばんうなろうかい 第13回
2025年9月29日(月)東京・高田馬場ばばん場
開場 18:30 開演 19:00

■亀の子寄席 玉川奈々福 気合いっぽん浪花節 vol.7 〜若手といっしょ
2025年10月26日(日)神奈川・茅ヶ崎 亀の子道場
開場 13:30 開演 14:00

プロフィール

橘蓮二(たちばな・れんじ)
1961年生まれ。95年より演芸写真家として活動を始める。人物、落語・演芸を中心に雑誌などで活動中。著書は『橘蓮二写真集 噺家 柳家小三治』『喬太郎のいる風景』など多数。作品を中心にした「Pen+」MOOK『蓮二のレンズ』(Pen+)も出版されている。落語公演のプロデュースも多く手がける。近著は『演芸場で会いましょう 本日の高座 その弐』(講談社)、『演芸写真家』(小学館)。