演芸写真家 橘蓮二のごひいき願います! 〜落語・演芸 期待の新星たち〜
桃月庵黒酒さん ごひいき願います!
毎月21日連載
第49回
桃月庵黒酒 撮影:橘蓮二
「第十四回 黒酒ひとり」
二ツ目昇進から四年目とは思えぬ想像を遥かに凌駕する高座を目の当たりにし、新年早々濃密な古典落語の奥行きを心行くまで堪能させてもらった。

一席目は三保の松原の「羽衣伝説」をベースにした古今亭志ん生師匠の持ち根多のひとつ『羽衣の松』。

天女と漁師とのワンシュチエーションを描く他ではあまり聴いたことがない珍しい噺。笑いが少ない起伏もないストーリーゆえに、語り手の実力が試される演目。

スッと脱力した軽やかで滑らかな表現力を巧みに操り、聴き手の気持ちを然り気無く包み込むように落語の世界に引き込んでいく手腕は素晴らしかった。

軽妙な導入から続いて二席目は、以前この根多をかけた時には思うような高座にならなず今回がリベンジとなった『岸柳島』。

言葉のひとつひとつと指先に至るまでの動きに齟齬がなく、目線の置き方も含め各々が綺麗に連動していることで語り口と所作がより際立ち、登場人物の身分(生業)や年齢が纏う性格の違いを明瞭に演じ分ける力量は実に見事だった。


中入りを挟みこの日最後を飾るのはお馴染み『芝浜』。季節に合わせ年末に高座にかかることが多い噺を敢えて年始にじっくり聴かせる試み。

一言で言えば、ここ数年聴いた『芝浜』の中で最も気持ちを鷲掴みにされた。落語ファンであれば御存じ、元は落語中興の祖・三遊亭圓朝が生み出した三題噺。そこから引き継がれ様々な形に進化していった。したがって物語の起点をどこに置き、如何に描くかは演者の思考や心情が強く反映される。

大師匠である五街道雲助師匠の型を踏襲しているだけと謙遜するが差にあらず。黒酒さんが描く『芝浜』は途中、出禁になった勝五郎が持ってきた魚を元の贔屓客が食し絶賛する場面をより丁寧に見せることで、夢と錯覚していたことを後悔して改心する一面だけではなく、酒で一度は身を持ち崩しても、以前は周囲から信頼されていたプロとしての確かな腕を持っていたことが自身を立て直す重要な要素だったのだと得心でき、勝五郎の情緒に寄り過ぎない主人公(主観)と物語(客観)との絶妙な距離感が噺全体に厚みを与えていた。


そして除夜の鐘が遠く響く中で、革財布を拾っていた真実を告白するクライマックス。他ではあまり聴いたことはないが、最後に女房が子を宿したことを伝える場面がある。一門の皆さんはカットする方が多いとのことだが、黒酒さんはその台詞も省かない。好き嫌いは別れるが、しっかり者の女房の支えで立ち直った幸せとこれからやって来る新たな慶び事が二つ重なることで、“目の前にある幸福を失いたくない、夢にしたくない”という切実な想いがより強くサゲの一言に凝縮され心に響く。

これまで再三書いて来たが、黒酒さんも前座時代に行く末が見えなかったコロナ禍の真っ只中に身を置き、数多の苦労を経験しながらも落語を手離さず、直向きに実践を積み重ねてきた世代。この世代は協会を問わず将来が楽しみな逸材が非常に多い。
高座に於けるスケール感、緩急自在の語りの巧みさ、艶のある声音の濃淡。年期を忘れるほどの若手実力者がここにいる。桃月庵黒酒さん、何処をとっても間違いなく未来の名人候補のひとり。
文・撮影=橘蓮二
<公演情報>
「第十四回 黒酒ひとり」
2026年1月4日(日) 東京・なかの芸能小劇場
開場 13:30 開演 14:00

桃月庵黒酒 今後の公演予定
■市川寄席
2026年1月31日(土) 千葉・市川市文化会館 大会議室
開場 13:30 開演 14:00
■第十二回 黒酒松麻呂二人会
2026年2月1日(日) 東京・ばばん場
開場 10:30 開演 11:00
■銀座の仕立屋落語会 ~黒酒クロークルーム~
2026年2月8日(日) 東京・ザ・クロークルーム
開場 12:45 開演 13:00
■第十五回 黒酒ひとり
2026年2月11日(水・祝) 東京・なかの芸能小劇場
開場 13:30 開演 14:00
■今夜は落語ナイト Vol.15
2026年2月20日(金) 東京・カフェ イトゥール
開場 18:30 開演 19:00
プロフィール
橘蓮二(たちばな・れんじ)
1961年生まれ。95年より演芸写真家として活動を始める。人物、落語・演芸を中心に雑誌などで活動中。著書は『橘蓮二写真集 噺家 柳家小三治』『喬太郎のいる風景』など多数。作品を中心にした「Pen+」MOOK『蓮二のレンズ』(Pen+)も出版されている。落語公演のプロデュースも多く手がける。近著は『演芸場で会いましょう 本日の高座 その弐』(講談社)、『演芸写真家』(小学館)。
