演芸写真家 橘蓮二のごひいき願います! 〜落語・演芸 期待の新星たち〜

『神田梅之丞 二ツ目昇進記念講談会』より神田梅之丞さん ごひいき願います!

毎月21日連載

第54回

(左より)神田伯山先生、神田梅之丞さん、神田松鯉先生 撮影:橘蓮二

どの一門にとっても総領弟子(一番弟子)は非常に大事な存在である。芸はもちろんのこと、師匠と後輩に挟まれた重圧がかかるポジションで、人間関係も過不足なく繋いでゆく状況判断力ときめ細かな包容力が求められる。演芸界のスーパースター神田伯山先生の一番弟子であり、今春二ツ目昇進(日本講談協会2月・落語芸術協会3月)を果たした神田梅之丞さんが『二ツ目昇進記念講談会』で体現した高座には、未来の講談界を支えるであろう才気と観客の心を瞬時に温める天性の人柄が滲み出ていた。

神田青之丞さん

開口一番は、二番弟子の神田青之丞さんがお祝いの会に相応しい『寛永三馬術 出世の春駒』を熱演、会場の空気が程よく温まったところでお待ちかね、神田梅之丞さんが高座へ向かう。

開演前からしきりに袖で「入門してから今日が一番緊張している」と何度も深呼吸を繰り返していた姿から一転、流れてくる出囃子に身を委ね釈台に向かってゆく足どりは、意外なほど柔らかな空気を纏っていた。

一席目は『寛政力士伝 谷風の情け相撲』。安定感のある丁寧な読み口と畳み掛けるような歯切れの良さが絶妙に織り混ぜられた台詞の緩急は見事で、瞬く間に物語の輪郭が立ち上がっていった。

さすが伯山先生が厳しくも愛情を注ぎ育ててきた逸材だと証明するが如き胆の据わった落ち着きぶり、と思いきや内心は緊張感でいっぱいだったという。それでも浮き足立つことなく自身に暗示をかけると同時に、観客にも緊張を伝播させないよう、軽やかな立ち居振る舞いを印象付けてから講談に没入させる緻密な高座捌きを見せた。

続いて師匠、神田伯山先生が登場。一番弟子の重要性を鑑み吟味を重ねる中で、入門の決め手となった梅之丞さんの人間性を讃えた後、“歌聖”と称された平安時代末期の歌人西行法師を主人公にした『鼓ヶ滝』を披露。果てなき芸道を歩んでゆく上で、どんな名人にも起こり得る慢心への戒めと初心を忘れないことの大切さを解く話は、大いなる期待を込めた愛弟子に向けたエールであった。

仲入り前の高座を飾るのは、人間国宝にして大師匠にあたる神田松鯉先生。演目はまさに“これぞ講談の真髄”と息を呑む『天保六花撰 松江侯玄関先の場』。染み入る声音、所作の微細な動きのニュアンス、そしてひとつひとつの台詞から立ち上がってくる気配に聴き手は次第に心を絡め取られ、気付けば眼前に物語が立体的に現れている。芸を極めるとはこう言うことだと思い知らされた別次元の世界に暫し酔いしれた。

後半は滅多に聴くことが出来ない三人勢揃いの鼎談からスタート。師匠と大師匠の狭間で緊張する梅之丞さんに「梅ちゃんは100点満点」と可愛い孫を愛でるように終始優しい眼差しの松鯉先生、たどたどしい弟子をフォローしながら会話を廻す伯山先生、何とか盛り上げようと奮闘する梅之丞さん。家族団欒を見ているような笑顔が絶えない温かな時間だった。

そしてトリはこの日の主役、神田梅之丞さん『天保水滸伝 ボロ忠売り出し』。この演目は伯山先生の十八番であり、絶妙なタイミングで放たれる笑いと切れ味鋭い啖呵でグイグイ引き込むダイナミックな高座は、これ迄の講談の概念を打ち破ったと言っても過言ではないほど圧倒的である。翻って梅之丞さん描くところの「ボロ忠」は、軽妙なキャラクター設定が、後年大親分となる侠客のお調子者で向こう見ずな青年期の性格を巧みに捉え、他の登場人物との対比がより鮮明になり、物語の構成が非常に際立っていた。

前座修業時代、師匠からは「俺の逆を行け」の言葉を授かった。それは真の表現者ならば、成功例の模倣ではなく、己の特性を活かしてこそ新たなる景色が見えるということを示唆している。梅之丞さんもその真意は十二分に汲み取り、自身のカラーを打ち出しながら講談の力を付けてゆくことを芯に置きつつ、他ジャンルとの交流などにも積極的に挑戦し、若い世代に講談の魅力を訴求してゆきたいと意欲的である。

講談の歴史に名を刻む神田伯山先生の総領弟子であるということは、否が応でも常に注目されるのは最早宿命。その定めを背負って立つ覚悟が見えた威風堂々の高座だった。

文・撮影=橘蓮二

神田梅之丞 公演予定

■こと馬・梅之丞 二ツ目勉強会
2026年6月25日(木) 東京・スタジオフォー
開場 18:30 開演 19:00

■講談新宿亭
2026年6月26日(金) 東京・新宿永谷ホール
開場 12:30 開演 13:00

■講談 若葉会
2026年6月29日(月) 東京・新宿永谷ホール
開場 11:30 開演 12:00

■講談広小路亭
2026年6月30日(火) 東京・お江戸上野広小路亭
開場 11:30 開演 12:00

■第一回 神田梅之丞・桂歌近 勉強会
2026年7月12日(日) 東京・ばばん場
開場 14:00 開演 14:30

■三遊亭遊雀「遊雀ふたり」
2026年7月15日(水) 東京・シン・道楽亭
開場 18:30 開演 19:00

■梅之丞のアサカツ!
2026年7月25日(土) 東京・なかの芸能小劇場
開場 9:45 開演 10:00

プロフィール

橘蓮二(たちばな・れんじ)
1961年生まれ。95年より演芸写真家として活動を始める。人物、落語・演芸を中心に雑誌などで活動中。著書は『橘蓮二写真集 噺家 柳家小三治』『喬太郎のいる風景』など多数。作品を中心にした「Pen+」MOOK『蓮二のレンズ』(Pen+)も出版されている。落語公演のプロデュースも多く手がける。近著は『演芸場で会いましょう 本日の高座 その弐』(講談社)、『演芸写真家』(小学館)。