和田彩花のパリ・アートダイアリー
ミリアム・カーンの展覧会で考えたこと
毎月5日連載
第12回
日本でミリアム・カーンの作品を見る機会は2回ほどありました。初めて衝撃を受けたのは、「あいちトリエンナーレ」で展示されていた水彩画だったと思います。偶然できる色合いを頼りに制作された抽象画のようにも見える色の層に魅了されたのを覚えています。抽象画のように見える表現に加えて、主題となるテーマに強いメッセージが受け取れそうなこともミリアム・カーンの作品が好きになった理由の一つでした。
そんなミリアム・カーンの展覧会『Miriam Cahn Ma pensée sérielle』がパレ・ド・トーキョーで開催されています。初めて作品をまとめて見る機会になったので、今日はミリアム・カーンの作品を通して考えたことをお話ししたいと思います。

油彩作品では、軽やかな筆遣いでところどころ縁取られたモチーフの輪郭線といくつもの色彩が重なり、ときにグラデーションを作っていくような色の変遷は、常に霧のかかったような風景のように見えました。そんな霧のかかったような画面で、はっきりと輝く色彩が見えてくる瞬間は、とくにグッと作品に引き込まれました。
画面全体としてはたくさんの色を重ねているけれど、人を引き込もうとする色彩表現は、限られた箇所にのみ使われていて、そんな色彩表現のバランスがとても魅力的です。

その後、とくにセンシティブな主題を扱った作品が集められた展示スペースに入ったのですが、ついさっきまで作家の表現する色彩に惚れ惚れしていた自分の感覚がスーっと引いていきました。
さまざまな暴力をテーマに描いていることはもちろん知っていたのですが、膨大な数のスケッチを見たときに、描き方を試行錯誤しているというよりも、暴力が何であるかの作家の思考がイメージになっていると感じます。
絵画の中で描かれない世界があるとはっきり認識させられました。
また、絵の中の人物たちの顔は、丸と棒線で表現されていることが興味深いです。
記号化された絵画の人物たちが属性で何かを判断しようとすることの無意味さを私たちに突き返してくるようでもありました。
今まで、ミリアム・カーンの作品に登場する人物はエイリアンのようだと思ったことがあったのですが、やっとその意味についてここで考える機会を持てた気がします。

展示2周目を回っているときに強く感じたのは、絵を見る側が持つかもしれない暴力性についてでした。社会に強いメッセージを発する絵画でありながら、色彩の美しさと魅力はどうしたって絵画上で見えてくるものでしたし、とても素敵な表現だと思いました。さまざまな暴力を主題に日々取り組む作家の眼差しを知ったあとでは、画面上の色の戯れだけを見て綺麗だと素直に楽しむことが難しかったのですが、物事のさまざまな側面を考えさせられる素敵な展示だと思いました。

プロフィール
和田 彩花
1994年生まれ。群馬県出身。2004年「ハロプロエッグオーディション2004」に合格し、ハロプロエッグのメンバーに。2010年、スマイレージのメンバーとしてメジャーデビュー。2015年よりグループ名をアンジュルムと改める。グループ及びハロー!プロジェクト全体のリーダーを務めたのち、2019年にアンジュルム及びハロー!プロジェクトを卒業。ソロアイドルとして音楽活動や執筆活動、コメンテーターなど、卒業後ますます活動の幅を広げている。アートへの関心が高く、さまざまなメディアでアートに関する情報を発信している。現在、フランス滞在中。