LiLiCoのこの映画、埋もらせちゃダメ!
デンマーク映画だから落ち着いた芝居のマッツ・ミケルセンを楽しめます『愛を耕すひと』
月2回連載
第156回
生きるため、そして将来のために女性たちがどういった気持ちで動くかが見どころです
2月からはアカデミー賞関連作をはじめとする注目の洋画が毎週のように公開されるので、マジで埋もれてしまう作品もたくさんあるんです。なので、今回ご紹介する作品のタイトルをお近くの劇場で見つけたら、即鑑賞! ということで、まずは『愛を耕すひと』。マッツ・ミケルセン主演の実話ベースの歴史ドラマです。
18世紀、開拓時代のデンマーク。貧しい退役軍人のケーレン大尉は、貴族の称号をかけて荒野の開拓に名乗りを上げます。ところがそれを知った地元の有力者シンケルは、自分が持つ権力を揺るがすのではないかと不安になって、ケーレンを妨害し続け、なんとか彼を追い払おうと画策。

一方、シンケルの下から逃げ出した使用人のアンや家族に見捨てられた少女と出会ったケーレンは、シンケルのひどい仕打ちと自然の脅威に耐えながら、彼らとともに地道に開拓を続けようとするのですが……。
日本でも大人気のマッツが、『ロイヤル・アフェア 愛と欲望の王宮』(12)以来となる、ニコライ・アーセル監督とタッグを組んだ家族愛に溢れた作品です。デンマークを舞台にしたデンマーク映画だから、ハリウッド作品では観ることがあまりない、落ち着いた芝居のマッツを楽しめるんですよ。やっぱり母国制作、母国語の芝居だとリラックスするんでしょうね。コミコンや取材でお会いしたときに見せる、いつもの優しいマッツがいる感じ。

ちなみにこの映画ではデンマーク語とスウェーデン語が混在しています。大半がデンマーク語ですが、どのキャラのどのセリフがスウェーデン語か、聞き取ってみてくださいね(マッツのセリフと違うアクセントがあったらそれがスウェーデン語ですよ)。
そんな彼が演じるケーレン大尉を徹底的にイジメぬくのがシンケルなんですが、ここまでひどいことする?っていうくらいにひどい。ほぼドS。でも、こういうキャラがいるからこそ物語が面白くなるんですよね。映画にとって最強のスパイスだと思って観てください。

また、このお話で注目してほしいのは女性。使用人のアンをはじめ、当時のジェンダーロールで彼女たちが描かれますが、それでもものすごく強い。生きるため、そして将来のために彼女たちがどういった気持ちで動くかが見どころです。彼女たちを見ていると、今ある女性観が分かるんですよね。こういった時代があって、こういった女性たちが不平等や差別に立ち向かったからこそ、当時よりは女性が生きやすい世の中になっている。昔話だけど、今につながるポイントを見出すことができると思いますよ。

脳裏から離れない傑作! ラストは感動と感謝で泣いてしまいました
さてもうひとつは『ドライブ・イン・マンハッタン』。私の大好きなドン・ジョンソンの娘ダコタ・ジョンソンがプロデュースと主演を務めた、ワンシチュエーションのふたり芝居です。試写の他に、数カ月前に飛行機でも観たんですが、ほんっと脳裏から離れない傑作。
真夜中のNYのジョン・F・ケネディ空港。ひとりの女性がタクシーに乗り、マンハッタンのミッドタウンに向かいます。タクシーの運転手と彼女はちょっとしたきっかけから話がはずみ、お互いのプライベートの話をするように。途中、事故渋滞にハマったとき、彼女のスマホに恋人からのメッセージが届きます。そんな彼女を見た運転手は、恋人は既婚者で不倫関係にあることを見抜いてしまいますが、そこから彼らの話はどんどんと深くなり……。

ダコタ・ジョンソンとショーン・ペンが100分間出ずっぱりのふたり芝居。これぞ演技合戦、というぶつかりあいです。冒頭とラスト以外はずっとタクシーの中、ふたりとも身体の動きによる芝居がほとんどない顔のアップで繰り広げられる異色作です。

どうってことない会話から、ちょっとしたきっかけでぐんぐんと深いところまで話が掘り下げられていくこの脚本。舞台演出を手掛けている監督が初めて映画にした作品です。だから舞台の脚本っぽいのか!と思うはず。会話劇なので、テンポと間合いが勝負となりますが、本当にそれも完璧なんです。

また、話している内容についても共感できることばかり。運転手のプライベートもなかなかの重さですが、それを聞いて自分のことを吐露しはじめる女性のプライベートはもっと重く、人生と恋愛観について考えさせられますね。しかもタクシーの密室空間での会話が、こんなにもミステリアスでエロチックに見えるのか、と驚きました。ラストは当然目的地での降車になりますが……いいオチなんですよ。書けないけど、感動と感謝で泣いてしまいました。

ショーン・ペンの声はあまり気にしたことがなかったけど、この作品での彼のトーンはすごく心地良いんですよ。この人だったら、私が客でも思わず自分の抱えていることをお話しちゃうかも。1日で5回ほどタクシーに乗る生活なので、ショーン・ペンみたいな運転手がいることを期待しながら、今日も5回タクシーに手を挙げます!!
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取材・文:よしひろまさみち 撮影:源賀津己
プロフィール
LiLiCo
1970年11月16日、スウェーデン・ストックホルム生まれ。18歳で来日し、芸能界へ。01年からTBS『王様のブランチ』に映画コメンテーターとして出演するほか、女優、ナレーター、エッセイの執筆など幅広く活躍。
夫である純烈の小田井涼平との夫婦生活から、スウェーデンで挙げた結婚式の模様、式のために2カ月で9kgに成功したダイエット術、スウェーデン育ちならではのライフスタイルまで、LiLiCoのすべてを詰め込んだ最新著書『遅咲きも晩婚もHappyに変えて 北欧マインドの暮らし』が講談社より発売中。
