LiLiCoのこの映画、埋もらせちゃダメ!
新しい環境に苦悩する新社会人の人にはぴったりの作品じゃないかな『JOIKA 美と狂気のバレリーナ』
月2回連載
第163回
誰かに対して黙っているのではなく、ちゃんと自分の言葉で何かを伝えることが重要なんだということを教えてくれます
ミュージカル『ウェイトレス』の東京公演が終わりまして、5月はさまざまな都市と東京の往復になるLiLiCoです。みんな観てくれたかな~? 舞台に来てほしいのはもちろんですが、そんな中でも埋もれちゃいけない映画たちは次々上映されているので、欲張って映画館にも足を運んでくださいね。
ということで、まず紹介するのは『JOIKA 美と狂気のバレリーナ』。東京ではすでに公開されていますが、地方のミニシアターではこれからのところも多い、バレエ界を舞台にしたサイコサスペンスです。
アメリカ人のバレエダンサー、ジョイの夢はボリショイ・バレエ団のプリマになること。15歳の彼女は単身ロシアに渡り、アカデミーの練習生となります。ところが、そこでは完璧主義の講師ヴォルコワの恐怖のレッスンが待っていました。ほぼ脅迫、ほぼスクールカースト、という環境の上に、過酷なダイエットも求められる毎日ですが、弱音を吐かずにこらえていくジョイ。ところが、彼女に芽生えた心の闇は次第に膨れ上がり……。

このテーマと舞台設定だと『ブラック・スワン』なんて名作もありますが、あれとはひと味もふた味も違うサスペンスです。キャリアのためなのか、子どもの頃の夢なのか、ジョイの上昇志向に共感できることはたくさんあります。どんなに困難でも、元の自分を捨てて厳しい世界に対応できる新しいバージョンの自分として生きることを選ぶ……それは私も実践していることなので、一番共感できるんですよね。

でも、ジョイの場合、サポートするべきはずの家族が受け入れないんですよ。なのに、ジョイは必死。このアンバランスが、彼女の心を蝕んでいきます。ジョイが選択することや、怪我しても命懸けで頑張り続けるガッツ、ライバルからイジワルされたときどう行動するか、などなど。新しい環境に苦悩する新社会人の人にはぴったりの作品じゃないかな、と思っています。

この作品ではバレエが軸となっていますが、どんな世界にも置き換えられるルールがたくさんありますし、その一方でパワハラなど問題視されていることもたっぷり描かれているので、自分の環境に置き換えて見つめ直すにも良い材料。
いずれにしても、誰かに対して黙っているのではなく、ちゃんと自分の言葉で何かを伝えることが重要なんだということを教えてくれます。そしてこんな過酷なバレエの世界と比べれば今は自分が楽かも……と思えるかもしれませんね(笑)。

『JOIKA 美と狂気のバレリーナ』
上映中
ぜひともこの作品で前に進む勇気をもらってください!
もうひとつも、地方ではこれから。『リー・ミラー 彼女の瞳が映す世界』という実在した戦場ジャーナリストの伝記映画です。
第二次大戦前夜。リー・ミラーは、創刊されたばかりの「VOGUE」誌をはじめ、トップモデルとして活躍していました。ですが、戦争の脅威が迫り、彼女の生活も一変。そこで彼女は持ち前のアートの才能を活かし、写真家としての仕事を得ます。

そこで出会ったベテランのフォトジャーナリストなどに影響を受けた彼女は、終戦間近に戦争の最前線の報道に乗り出し、解放されたばかりのナチスの強制収容所やヒトラー自殺直後に彼のアパートを独占撮影するなどして、世界的な反響をゲット。ところが、その光景は彼女の脳裏に焼き付いてしまい、戦後も長い間、彼女を苦しめることに……。
実は東京で公開される直前、戦場カメラマンの渡部陽一さんと一緒にイベントを行った作品です(その模様はこちらでチェック)。渡部陽一さんとお話して、この映画の時代とは違い、今は戦場カメラマンの現場には女性がたくさんいらっしゃることなど、リアルなお話をいろいろうかがえました。

モデルから戦場カメラマンへの転身もドラマチックですが、どちらも“伝える”のが仕事。でも、伝えたいことがある、という気持ちだけではとてもできないのが戦場カメラマンですよね。ポートレートを撮られていたリーのセンスは、戦場で撮影した写真にも出てるんですよ。絵的センスがすごいことがひと目で分かりますし、彼女の写真は“伝わる”んですね。
また、硬軟織り交ぜた描き方でバランスがいいのもこの作品の特徴。序盤はガーデンパーティーのシーンや、恋をしたらすぐアタックする様子など、恋も仕事も全力で挑む彼女が描かれています。このロマンスがあったからこそ、その後の悲惨な彼女の人生が更に胸に刺さるんですよ。

先の映画でも新社会人に向けておすすめしましたが、これもそう。ちょうど今頃、社会人としての責任感や人間関係に疲れているころだと思いますが、命懸けで働くとはこういうこと、というのがこの作品を観ることで分かるんじゃないでしょうか。
また、ケイト・ウィンスレットのリサーチ力はさすが!と思わされることも多々。ケイト、アレキサンダー・スカルスガルドをはじめ、キャスティングされた彼らはみな、実在の人物によく似ているんです。それだけに、説得力がすごい。たとえば編集者のオードリー。当時の女性としての葛藤など描かれていて、あの時代に女性としてどれだけ頑張らなければいけなかったのかを描いているところも素晴らしいと思います。

あの過酷な時代に強く生きたリー・ミラーを、ケイト・ウィンスレットが長年かけてリサーチして丁寧に描いた伝記映画。ケイトがリーの人生を描きたい気持ちはよく分かります。だって、ケイトもはっきりと自分の声を持っている俳優ですから。ぜひともこの作品で前に進む勇気をもらってください。
『リー・ミラー 彼女の瞳が映す世界』
5月9(金)公開
(C)Joika NZ Limited / Madants Sp. z o.o. 2023 ALL RIGHTS RESERVED.
(C)BROUHAHA LEE LIMITED 2023
取材・文:よしひろまさみち 撮影:源賀津己
プロフィール
LiLiCo
1970年11月16日、スウェーデン・ストックホルム生まれ。18歳で来日し、芸能界へ。01年からTBS『王様のブランチ』に映画コメンテーターとして出演するほか、女優、ナレーター、エッセイの執筆など幅広く活躍。
夫である純烈の小田井涼平との夫婦生活から、スウェーデンで挙げた結婚式の模様、式のために2カ月で9kgに成功したダイエット術、スウェーデン育ちならではのライフスタイルまで、LiLiCoのすべてを詰め込んだ最新著書『遅咲きも晩婚もHappyに変えて 北欧マインドの暮らし』が講談社より発売中。
