LiLiCoのこの映画、埋もらせちゃダメ!
ほぼ密室の会話というシチュエーションですが、一瞬たりと見逃せない緊張感があります『入国審査』
月2回連載
第167回
撮影:源賀津己
ラストは最強のオチがついていますので、観た人同士で共有してくださいね
夏だ! 休みだ! リゾートだ! という方も多いでしょう。けど、そんなときに私はスウェーデンでお仕事……。私と同じようにお休みは後回しで通常運転の方、もしくは暑すぎる夏に辟易している方は、どうぞ涼しい映画館で埋もれちゃいけない作品群をお楽しみください
今回は上映中の2作品。まずは『入国審査』。スペインの新鋭監督アレハンドロ・ロハス&フアン・セバスティアン・バスケスが自身の経験に基づいて描いたシチュエーションスリラーです。
移住するためにスペインからNYにやってきたディエゴとエレナは事実婚のカップル。期待に胸を膨らませて降り立った空港で、入国審査の際に別室送りに。エレナは米国永住権=グリーンカードを持っているため、何も問題はないはずなのに、予想外の質問が次々と彼らを追い詰めていきます。しかも審査官は流暢なスペイン語を操り、彼らが密談することも許されない状況。果たして彼らは無事にアメリカの地を踏めるのか? という物語。

外国に一度でも旅行したことがある人だったら緊張する瞬間が入国審査。あれ、何もうしろめたいことがなくても、外国語で矢継ぎ早に質問されて緊張しますよね。それが、まさかのカウンターではなく別室となると、その緊張も高まるもの。私もアメリカに入国するときはいつも緊張してるんですよ。審査官によっては当たり外れもありますし……(笑)。

そんな入国審査のシーンだけの77分。めちゃくちゃ面白いんですよ。登場キャラは主人公カップルと審査官だけ、ほぼ密室の会話、というシチュエーションですが、一瞬たりとも見逃せない緊張感があります。
彼らの入国審査の問題は、エレナではなくディエゴ。嘘をついていたわけではないものの、エレナが知らないことが続々と出てくるんです。審査官がそこまで調べ上げてるの!?と思ってしまうかもしれませんが、すべてを正直につまびらかにしないといけないのが入国審査の目的。

特にアメリカは移民国家ですから、移住を決めている彼らに対して、厳しくなるのも分かるんですが……それにしても強烈に厳しい。アメリカという国のあり方や、何でも知っていると思っていた最愛の人の過去など、考えさせられることが山のよう。この物語をこんなにコンパクトによくまとめた!と思うはずです。ラストは最強のオチがついていますので、観た人同士で共有してくださいね。ネタバレ絶対厳禁!

『入国審査』
8月1日(金)公開
(C)2022 ZABRISKIE FILMS SL, BASQUE FILM SERVICES SL, SYGNATIA SL, UPON ENTRY AIE
幅広い視野を持つため、この作品は絶対この夏に観るべき

もう一作は『満天の星』。1944年に起きた実際の事件を検証するドキュメンタリーです。
1944年8月22日、沖縄から九州に向かっていた学徒疎開船・対馬丸は、米軍によって撃沈され、784人の子どもたちが命を落としました。戦時下最大の学童死亡事件となった対馬丸事件は、長い間秘匿されていて事件を知らない人が多いのも当たり前。
実は、この対馬丸の甲板員が奇跡的に助かり、7人を救助して生還したのですが、事件後長い間苦悩し続けていました。そんな彼の孫である俳優・寿大聡さんが、祖父の他界をきっかけに事件の真相をたどる、というのがこの作品。沖縄で先行上映されていましたが、ついに全国上映となります。

そもそも事件自体が闇の中でしたし、生存者がいたことも知られていないお話。その孫が俳優になって、事件を探る映画を作るというのは運命じみたものを感じます。
私も葛飾の祖母がいたときにいくつかの戦争や津波の話は聞いたことがありましたが、もっと聞いておけばよかったと後悔することがあります。寿大さんがそれをやり遂げたことには、驚きと尊敬の念を抱きますね。
そもそもこの船はどういう目的だったのか、どうして沈められたのかということはもちろんですが、わずかながら生き残っている元学童からのコメント、それに寿大さんの祖父が生前に残していたフッテージも明かされます。

しかも、この話は日本とアメリカだけにとどまらず、寿大さんはウクライナにも足を運ぶんですよ。政治による戦争は一般市民、特に子どもにとっては全く関係のないことなのに、生活が脅かされている。そこにいる子どもたちの生の声には説得力しかありません。

今年は終戦80周年という節目ですが、世界のどこかでまだ戦争が起きています。悲惨な歴史を知ることはしんどいことではありますが、今知っておかないとダメ。あのときのことを知る人たちが元気なうちにと考えると最後のチャンスでもあります。外国人に対して排他的な動きが見え隠れしている今の日本だからこそ、幅広い視野を持つため、この作品は絶対この夏に観るべきだと思っています。
『満天の星』
8月1日(金)全国順次公開/7月4日(金)沖縄先行公開
(C)2024 映画「満天の星」製作委員会
取材・文:よしひろまさみち 撮影:源賀津己
プロフィール
LiLiCo
1970年11月16日、スウェーデン・ストックホルム生まれ。18歳で来日し、芸能界へ。01年からTBS『王様のブランチ』に映画コメンテーターとして出演するほか、女優、ナレーター、エッセイの執筆など幅広く活躍。
夫である純烈の小田井涼平との夫婦生活から、スウェーデンで挙げた結婚式の模様、式のために2カ月で9kgに成功したダイエット術、スウェーデン育ちならではのライフスタイルまで、LiLiCoのすべてを詰め込んだ最新著書『遅咲きも晩婚もHappyに変えて 北欧マインドの暮らし』が講談社より発売中。
