LiLiCoのこの映画、埋もらせちゃダメ!

人に更に優しくしたい気持ちが湧きます『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』

月2回連載

第176回

撮影:源賀津己

彼の自伝を読んだことがある人でも、映像になったら驚くことでしょう

11月も半ば過ぎ。文化の秋もそろそろ終わりに近づき、埋もれちゃいけない作品が増えてきましたよー。なんせここからは年末年始の大作が目白押しですからね。それらが始まる前にチェックしておくべき作品を紹介します。

まずは『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』。アメリカン・ロックのボス、ブルース・スプリングスティーンのある一時代を切り取った音楽伝記映画です。

1975年にリリースしたサード・アルバム『明日なき暴走 BORN TO RUN』が大ヒットを記録したスプリングスティーン。それから7年が経ち、次回作を待ち望まれていた彼は、前作の成功のプレッシャーと自分の過去のトラウマに苦しめられていました。

『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』

そんな中、彼は元クラスメイトの妹との淡い恋愛を心の糧に、さまざまな社会的事件などに目を向け、曲作りを始めます。手に入れた4トラックのレコーダーを使い、自宅でデモテープを作り始めた彼。それは前作とは全く違う、フォーク的な作品として仕上がり、『ネブラスカ』としてレコード会社に提出。一方でレコード会社は彼のイメージどおりの楽曲ではないことを危惧し、別のアルバムの提案を持ちかけ……。

『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』

予告編からだと彼の代表曲「ボーン・イン・ザ・USA」の誕生秘話のように見えますが、それはほんの一部分。メインは、その曲よりも前から着手していたのに、リリースはそれよりももっと後となった『ネブラスカ』の制作裏話です。個人的には、彼のアルバムジャケットはデニムで尻!というイメージだったんですが(失礼)、その理由もちゃんとあるんですよねー。びっくり。そういう裏話は楽しかったです。

スプリングスティーンを演じたジェレミー・アレン・ホワイトって、彼には全く似ていないんですよ……なのに! どんどんブルースに見えてくるの。これはすごい。口の動かし方が独特で、とてもセクシーだったなー。また、そんなフェロモンむんむんのブルースが、こんなことを思って苦しんでたなんて知らなかった。彼の自伝を読んだことがある人でも、映像になったら驚くことでしょう。

『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』

ひとつ腑に落ちなかったのが、彼女になるフェイの扱い。彼女が彼に言うことはど正論なのに、その気持ちを受け取れないんですよ。アーティストとしての産みの苦しみの最中だから、とはいえ、見ていてショックでした。でも、最後の最後で明かされることが一番のショックかな。歌がとても力強いから、今でもまだ彼は苦しんでるのがなかなか信じられないけど、応援しながら見守りたいですね。

『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』

表向きに元気に見える方でももしかしたらトラウマで苦しみながら生きてる方も多いのでは、と気づきがあるはず。人に更に優しくしたい気持ちが湧きますよ。

『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』
上映中

(C)2025 20th Century Studios

強烈……、本当に強烈な印象の作品です

『消滅世界』

もうひとつは『消滅世界』。芥川賞受賞作家、村田沙耶香さんの同名小説を実写映画化した近未来スリラーです。

近い将来の日本。人工授精で子どもを授かることが定着し、男性でも子どもを妊娠できるようにする技術が開発中で、夫婦間の性行為はタブー化。むしろ、性行為によって生まれた子どもは、近親相姦の産物として差別を受けるほど。そんな世界だから、性欲は家庭外の恋人、もしくは2次元のキャラクターに向けられていました。

雨音はそんな世界では珍しく、両親が愛し合った末に生まれた子ども。学校でさんざんいじめられたこともあり、母親を憎んでいました。そんな彼女も成長し、結婚。周囲の人々と同じく、恋愛の対象は夫以外の人、もしくは2次元キャラで、家庭には性愛を持ち込まないようにしていました。が、彼ら夫婦は実験都市エデンに移住したことによって、それまでの常識が覆され……。

『消滅世界』

強烈……、本当に強烈な印象の作品です。我々から見ると異様にしか見えないこの世界観は、常に第三者視点のように描かれていて超冷たい。それがリアルに響いてくるんですよね。この世界では性の欲望を捨て去った人間社会が舞台になりますが、欲を消すことでさまざまな価値観が変動しています。

恋愛、結婚、家族のあり方もろもろ、みんなが正しいと思う考え方で戦うからこそ面白い。雨音は私たちの常識では当たり前の生まれ方だけど、この世界では特別。あんな風に生まれたら、それはそんな考え方にもなるよね……と思ってしまいます。

『消滅世界』

今の日本人の考え方だと、絶対に起きないとは限らないと思わせる世界観でもあるな、と思いました。子どもづくりや家族観に限らず、こういう熱のない冷めきったシチュエーションだと、興味がなくなってしまったことをまるで“お仕事”や“ルーティーン”のようにこなすしかないですもん。

『消滅世界』

主人公の母親、いわば私たちが生きる世界では当たり前の恋愛~出産をこなした彼女に共感する人も多いでしょうけど、何百年後にこんな世界になってたら……と思うとヒヤヒヤします。いや、何十年後とかで起こるかも?

『消滅世界』
11月28日(金)

(C)2025「消滅世界」製作委員会

取材・文:よしひろまさみち 撮影:源賀津己

プロフィール

LiLiCo
1970年11月16日、スウェーデン・ストックホルム生まれ。18歳で来日し、芸能界へ。01年からTBS『王様のブランチ』に映画コメンテーターとして出演するほか、女優、ナレーター、エッセイの執筆など幅広く活躍。

夫である純烈の小田井涼平との夫婦生活から、スウェーデンで挙げた結婚式の模様、式のために2カ月で9kgに成功したダイエット術、スウェーデン育ちならではのライフスタイルまで、LiLiCoのすべてを詰め込んだ最新著書『遅咲きも晩婚もHappyに変えて 北欧マインドの暮らし』が講談社より発売中。