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大槻ケンヂ「今のことしか書かないで」

おーんざまゆげじょーとー

隔週連載

第1回

illustration:せきやよい

パパ活、というものをしたことがない。パパ活というのが具体的にどのような行為を指すのかよくわからないのだが、聞くところによると、若い娘とご飯に行ってご馳走をしたらもうアウトであるらしい。

飯どころか一緒に散歩をするだけでもそれに金銭が発生したらダメなのだそうだ。僕は特に若い娘と散歩やご飯をしたいとも思わないので、まぁいいんだけど、もし、仮に若い娘と散歩やご飯に行くことになったなら、どう段取ればいいのだろう?などと時々ふと夢想することがあるので、あるいは本当は若い娘と散歩やご飯に行きたいのかもしれない。夢とうつつは入り混じるのかもしれない。

「散歩って、ご飯って、どこ行く?」
若い娘の希望などもうまるでわからないから、そう、いっそこちらから尋ねるのではないか。

「う~んそうね、今日は髪を切りに行くから、そのあとトリキに連れてってほしいかな」
「トリ? トリアッテ? あ~イタメシ的な」
「違う。ト・リ・キ。『鳥貴族』」
「『鳥貴族』でいいのか? え? おごるんだぞ」
「『鳥貴族』が食べたいの。トリキの“もも貴族焼”が人生で一番おいしい! で、塩!」

たれ味も嫌いじゃないけど「やっぱ塩!」と宣言した若い娘と六本木の寄席坂の隣りの名も無い急な坂を登っていくのだ。そして、右手に墓地を見ながら彼女に弱音を吐くのだろう。

「この坂はキツいな。ライブを思い出す。『今夜あと何曲力をふりしぼるのだろう』と時々弱気になる。すぐそこに、坂のてっぺんが見えているのにな。短く見えても坂は長い」
「そう? こんな坂全然楽だよ。おじさん、パパ? ちがうか、アナタをなんて呼んだらいい?」
「……うん?あ、オ、オーケン、かな」
「何それ? もしかしてそれアダ名? ウケる」
「名前が大槻……い、いや、あ、そう大江健三郎っていうんだ! 略して、オーケン。変だが、おじさんと呼ばれるよりはマシだよなって。」
「ふーんデリケートだ。オーケンさんは何歳?」
「あと3年で還暦だよ。」
「西暦? 韓流? 何? いいけど、何してる人?」
「仕事? ん~……音楽関係かな。あと文章も書いている。今度ネットで新連載を始めることになってね。今ネタを探している。身の回りの事だ。若い頃にこんなバカ話しがあったとか、こんなものが好きだったとか、書くんじゃないかな、それと……」
「今のことしか書かないで」
「え」
「今のことしか書かないで。大人はすぐ昔の話をする。昔はよかったとか大変だったとか。知らんから。わたしら今のことしか知らんし、大人にも今のことってあるんでしょ? 知らんけど。でも今のことだったら、同じ時代のことだから、ちょっとはわたしも共感できるかもしれない。だから、今のことだけ書いてよね」
「そ、そうか、そうだな。それは大切かもしれないな。これまで信じられないくらい沢山のエッセイを書いてきたけど、どうしても昔のことを書いてしまう。昔のことは、思い出は、時が経つと完結して、あらかたもうひとつの物語になっている。だから文字におこすのはそれほど難しいことではない。それで、多作になると、ついついそのサルベージ作業に頼ってしまう。でも、そうだな、あともう3年で60歳だ、還暦だ。ここから、今から、新しいエッセイの書き方にトライしてみても面白いかもしれないな。課題だな。自分への。大人には誰も課題があった方がいいのかもしれないな。じゃあこうしよう。新連載は2週間に1本だから、その2週間の内にあったことだけを書く……。君にとって2週間は“今”の範囲内か?」
「染めたパツキンのテッペンから黒い髪が生えてプリンみたく頭が2色になり始めるのがだいたい3週間目だから、2週間は“今”の内でいいと思うよ」
「そうか。何を言っているのかちょっと大江健三郎にはよくわからないけど、ありがとう。そうする」

というわけで、この連載においては、ここ2週間内に起こった個人的なトピックのみを拾い上げて書いていこうと思うのだ。大きな事件のある2週間もあれば、取り立ててなにも起きない2週間もあるだろう。でもそれが我が日々だ。仕方が無い。
例えばここ2週間で言えば、齢89歳の我が母が家で転んで足を痛めたため、入院した。見舞いに行くととても元気だった。ただ僕の帰り際に言ったのだ。

「またおいでね、慎一」
シンイチ、それは数年前に死んだ僕の兄の名だ。
「シンイチじゃなくてケン……」
「ケンザブローでしょ。オーエケンサブロー」
「あ? そうそう。そうだった。まぁ母ちゃんも歳だからいいんだけどね。還暦に近いとトピックもそんな話になってくる。そんな話でもいいのかなぁ」
「今のことしか書かないで。あとお母さんのお見舞いまた行ってあげてね」

と言って、若い娘はスタスタと勢いよく坂を登り切り、坂の上のトリキのあるビルの横でこちらを振り返り

「あ、還暦って60歳ってことか。おじーちゃんが昔よく言ってた。『還暦上等!』って、まだまだだって、おじーちゃんこれからだって、その後すぐ死んじゃったけど」

と言った。そして

「還暦上等? オーエケンサブローさんは?」
と聞いた。
まだ坂の途中にいた僕が
「どうかなぁ」
と首をひねると、彼女は
「今日、前髪切り過ぎちゃったんだよね。それが今日の私のトピック。でも、おーんざまゆげじょーとー」

と、何か呪文のような言葉を唱うように言った。息を切らしようやく坂の上にたどり着いた時。あ、そうか「オン・ザ・眉毛上等」と若い娘は言ったのだな、と僕はやっと気が付いた。

プロフィール

大槻ケンヂ(おおつき けんぢ)
1966年2月6日生まれ。1982年、ロックバンド「筋肉少年少女隊」結成。その後「筋肉少女帯」に改名。インディーズで活動した後、1988年6月21日「筋肉少女帯」でメジャーデビュー。バンド活動と共に、エッセイ、小説、作詞、テレビ、ラジオ、映画等多方面で活躍中。「特撮」、「大槻ケンヂと絶望少女達」、「オケミス」他、多数のユニットや引き語りでもLIVE活動を行っている。

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