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大槻ケンヂ「今のことしか書かないで」

覚醒観音様妄想

隔週連載

第3回

illustration:せきやよい

2週間前に「うたの日コンサート」ツアーのファイナルがあった。僕とROLLYさんとで13年もやっているアコースティックライブだ。今年はダイアモンド✡ユカイさんと石川浩司さんをゲストに各地を巡った。石川さんはランニングシャツで「着いたー!」と叫ぶ元たまのメンバーだ。もちろん各地愉快なライブになったのだが、ある土地の会場でちょっとしたハプニングがあった。

その日のライブは開演から指笛をピ~ッ!!と鳴らすお客さんがいて「さすがコロナ禍明け、盛り上がってるね」などと最初は思っていたのだけど、どうにもその指笛のお客さんがライブ中も声を上げるなどして騒がしい。まぁ、そういう方はたまにいるのでちょっと困ったなぁ、という感じで様子をみていたのだが、この日のお客さん、中年の男性の方が意表を突いたのは、僕、ROLLYさん、石川さんが揃ってセッションを始めた宴もたけなわのそのタイミングで、急にバッ!と席から立ち上がって、そのままサーッと客席から退場してそのまま二度と帰ってこなかったことだ。

「あれ? 今お客さんひとり帰られましたな」

演奏が終わるやROLLYさんが言った。いかにも彼らしいとぼけた味わいのつぶやきだ。すると客席から女性の声が返ってきた。
「うちのダンナです」
「ダンナさんどうしました?」石川さんがニコニコと聞いた。
「お酒を飲み過ぎちゃったみたいです」と女性が少しすまなそうに言った。
「楽しくなっちゃったんですかね」と僕が言った。
「きっとそうです」
そんな広い会場ではなかったので、女性の声はよく通った……。

それでステージと客席とで、ふいに帰ってしまったダンナさんについてのトークが始まったのだ。
「うちのダンナ、今日すごく楽しみにして、皆さんの動画なんかも見て勉強もしてたんです」
「あっ、でも飲み過ぎちゃって」とROLLYさん、
「でもなんで帰っちゃったんでしょうね」と石川さん、
「さぁ」と奥様、
「具合悪くなっちゃんですかね」と言いかけて、僕はハッとあることを思い付いた。で、言った。
「覚醒したんじゃないですか?」
ダンナさんが表現者としての自分の使命に覚醒したのではなか、と僕は言ったのだ。
大槻、ROLLY、石川浩司のパフォーマンスを見ていて、最初は客として楽しんで観ていただけが、そのうちにハッと『ただ楽しんでいるだけでいいのか俺よ!? 自分もこういうことをするべきじゃないのか? やるならいつだ? 今でしょ! よーし、やってやるぞ俺、やってやるぞー』

思い付き、覚醒し、立ち上がり、退場した。

「だから今きっとダンナさんは会場出たとこのお寺の観音様のとこでギター弾いて歌っているんですよ」
「それはないと思います」
アッサリと奥様にオーケンの「ダンナ表現者覚醒at観音様説」は否定されてしまった。

おそらくただの飲み過ぎによる酔っ払い退場だったのだろうけど、たかがライブが人の一生を大きく左右する可能性を、演者は常に夢見ているのは確かなことだ。

それこそ、観ていたお客さんに「観ている場合じゃない。自分も始めなきゃ」と表現者として覚醒させるようなパフォーマンスが出来たなら本望だし、それくらいのドラマが発生するライブ・ミラクルを僕はいつも期待している。

……僕自身、ライブ・ミラクルを夢見ているからこそ今までこれだけたくさんのライブをやってきたのだろうし、もしかしたらそのミラクルはお客さんに対してとは限らないのではないか。自分自身の“覚醒”であってもよいのかもしれないと思う。

『ああっ、そうか、そうだったんだ……』

とこの先、僕がライブの真っ最中に、ふと何かに“気付く”瞬間があるのかもわからない。覚醒のときだ。ライブ・ミラクルだ。ないとは限らない。でも表現者としてはすでに覚醒しているのだ。ならば、一体何に、気が付くというのだろう?

『ああ! そうだ。それは、君だ! あなたに気づくのだ』

例えばライブの最中に、客席の中に電撃的に運命の人(なんと昭和の響きであろう)を見出すというミラクルはどうであろう? どうであろう?と問われても「知らんがな」と即答することしか出来かねる「お前アラ還で何バカ言ってる」的なドリーム妄想ではあるけれど、わからんよ。どんなことだって起こらないとは言い切れないロマンチストで生きてきたのだ。だからこの歳になっても歌っている。ライブなんかやっている。ライブの真っ最中、宴もたけなわですがのタイミングに、ハッ!あっ⁉と、不意に客席の例えば後ろの方の隅の側に、運命の人を見つけ、アラ還ドリーマーはついに愛に覚醒するのだ。

『ここで歌っていていいのか俺よ!? 今そこに、愛すべき人をついに見つけたのだぞ! ならば自分も人並みのことをするべきではないのか? 一生俺は舞台の上の人間で終わるのか? 一度きりしかない人生をなぜあの人のそばに立って生きてみようと思わないのか? やるべきではないのか? やるならいつだ? 今でしょ! よーし! やってやるぞ俺、やってやるぞー』

思い付き覚醒し、バッ!と立ち上がり(弾き語りだから座っていた)そしてサーッと、退場するのだ。

「あれ?今大槻さん帰られましたな」

ROLLYさんが言って、ライブハウスが不穏な笑いに包まれた時、きっと僕はひとり観音様のとこにきている。

運命の人との邂逅という覚醒、などというのは大概独りよがりな思い付きに過ぎないというのが常識なわけで、勢いで舞台から降りたものの、「さすがにそれで声かけることもできんな~、それ単なる頭おかしいおじさんのトチ狂ったメーワク行為だし」と我に返り、とりあえず“運命の人”の横を通り過ぎてライブハウスを出てしまい、そこからホテホテ歩いて観音様まで来たらあのダンナさんに会うのだと思う。
鳩に囲まれてギター弾きながら井上陽水の「夢の中へ」を歌っていたダンナさんに缶ビールを勧められる。糖質オフのやつだ。プリン体もカットだろう。そしてダンナさんはこう言うのだ。

「大槻さん、覚醒なんかしちゃダメです。『もしかしらた覚醒するんじゃないか』とどれくらいワクワクさせられるか。その瀬戸際を楽しむのがライブってもんです。日常の中の非日常の演出です。最中はどんなに非日常であっても、終わったら秒で日常に返ってくる。それがライブです。それがアナタの役割ね。仕事だ。さぁ、今すぐライブハウスに戻りなさい。覚醒の夢をまた皆に見せ続けるのです。私も酔いが覚めそしてこの覚醒の夢が覚めたらギターを置いてヨメのところに戻ります。ちょっと飲み過ぎただけです。そうしてお互いまたライブで覚醒の夢を見て、せめてこの退屈な人生を楽しみましょう。運命の人のところには、実は照明は当たってなんていませんよ。薄闇が広がっているばかりなんです。でしょ? 知っていたんでしょう? ね、帰るんだ、お前は、ステージに、早く。では、気をつけて。でも恐れずに」

そしてダンナさんは、それが送り出しの合図でもあるのか、ピ~!とひとつ指笛を鳴らすのだ。鳩が一斉に飛び立って空へと散らばって行く。きっと会場では石川さんが「着いたー!」と叫んでいる。

※この連載はエッセイと小説の入り混じったものであり、場合によってはほとんど作者の妄想です

プロフィール

大槻ケンヂ(おおつき けんぢ)
1966年2月6日生まれ。1982年、ロックバンド「筋肉少年少女隊」結成。その後「筋肉少女帯」に改名。インディーズで活動した後、1988年6月21日「筋肉少女帯」でメジャーデビュー。バンド活動と共に、エッセイ、小説、作詞、テレビ、ラジオ、映画等多方面で活躍中。「特撮」、「大槻ケンヂと絶望少女達」、「オケミス」他、多数のユニットや引き語りでもLIVE活動を行っている。

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