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大槻ケンヂ「今のことしか書かないで」

アミラーゼだな

隔週連載

第8回

illustration:せきやよい

ライブの記憶があまりにもない問題、ということがあるかと思う。

たくさんライブをやっていると、基本的にライブで何をやったか、何を言ったか、どんなことがあったか、そもそもそんなライブをやったのかどうかさえ、あんまり覚えちゃいないようになるのだ。

「今夜のライブ一生忘れないぜ!」
「みんなのその顔、ずっと目に焼き付けておくぜ!!」
とかロックの人々はライブで言ったりするが、ウソである。

次のライブをやる頃にはすべてを忘れ去っているし、下手すれば打ち上げでもはじまって
「ウーロン杯3つ」
とか言った頃にはもうまるで宇宙人に抜かれたかのようにスッポリ記憶がなくなっているものなのだ。

それは恐らく脳の防御システムによるものなのかもしれない。次々に忘れて行かないと、ライブという濃い体験で脳の容量を超越してパンクしまうからだ。

だからライブをやる者の多くはせめて、ひとつのライブについてひとつくらいの印象のみを覚えていることが多い。

「ああ……。なんかモキモキ言ったライブね。そのことだけ覚えてる」

「ああ……。下川君に青い革ジャンあげた日ね」

例えば筋肉少女帯の今年5月20日のライブでのたったひとつの印象は「モキモキ」猿の体でコール&レスポンスしたことだけであるし、今年7月2日の特撮のそれは「下川君に青い革ジャンをあげた」のみなのである。あとは今や何ひとつ覚えてはいない。

筋肉少女帯、特撮とは別に僕がやっているユニット・オケミスが誕生5周年を迎え、今年7月28日に新宿LOFTでライブを行ってきた。言わずもがな、もうライブの内容はほとんど覚えていない。だけど、やはり、たったひとつだけ印象に残っているものがあるのだ。それはアミラーゼである。

「アミラーゼ」とは何か?

オケミスのライブ前夜、僕はひとりで中華料理店に入った。チェーン店だがわりと広い店で、長いカウンター席のひとつに座った。目の前の厨房では、5~6人の料理人たちが忙しく働いていた。いくつものコンロがゴーッと勢いよく火を噴き出していて、ビールを飲み始めた僕の頬もカッと熱くなるほどだった。餃子もコンガリ焼き上がっていて旨かった。
「はっ、ほっ、熱々!」
などとひとりやっていると、入口のあたりが不意に騒がしくなった。

客のおばさんと店員のひとりがなにやらやりあっているのだ。

おばさんは頼んだ料理に不満を感じたようだった。納得のいかない表情で大柄な男の店員と対峙していた。
「あんかけ」という言葉が聞こえた。あんかけの料理に何か不手際があった、と訴えているようだ。それに対して店員がどうやら、「それは違う」と返しているようだった。あんかけの、何がどう不満だというのか? 何がどうそれは違うというのか? すると店員がやたら毅然とした口調で言ったのだ。

「違います。それはアミラーゼです」

アミラーゼ?

アミラーゼって何?? おばさんはポカンとした。僕もポカンととなった。

店員が、謎のワード「アミラーゼ」について語り始めた。

「それはアミラーゼのせいです。人によって唾液の中にアミラーゼという物質を多く持っている人がいて、アミラーゼとあんかけが混ざり合うと、あんかけが水のようにシャバシャバになるのです」

「はあっ? いやあのそんなんじゃなくて、私はさっきのあんかけにちゃんと火は通したのかと聞いているんですよ。粘りが無くて水みたいにシャバシャバだったのよ」

「ちゃんと火は通しています。だからアミラーゼのせいなんです。アミラーゼであんかけがジャバシャバになったんです」

「いや……だからあんかけに火を通したの?」

「お客さん、アミラーゼなんだよ」

おばさんは話しにならないという顔をして店を出て行ってしまった。

アミラーゼの店員に他の店員が歩み寄って「今のお客さん、理解いただけたのか?」と尋ねた。その店員にも彼は「アミラーゼなんですよ。アミラーゼでシャバシャバになるんです」と言ってのけた。他の店員は??という顔になってメンド臭そうに僕の前をすり抜けて奥に引っ込んでしまった。

その背に、アミラーゼの店員が声を張ったのだ。こうだ。

「本当です。マツコも言ってました!」

僕はもうビールも餃子も忘れてカウンターにスマホを出して「アミラーゼ マツコ」で即検索をかけたものである。そうしたら、出た!

ネットの記事によれば、マツコ・デラックスさんのテレビ番組でマツコさんがあんかけを食べると口の中でサラッサラになってしまい、とろみを楽しむことが出来ないと告白したのだそうな。

それは唾液に含まれるアミラーゼという、糖質を分解する消化酵素のひとつが原因で、アミラーゼがでんぷんを糖に変化させてしまうために、なぜかよくわからないが化学反応を起こすのであろう、とろみがなくなるのだそう。稀に人によってこのアミラーゼの度合いが高い人がいて、例えばマツコさんがそうであるし、マツコさん曰く、友人の「星野源ちゃんもそうなんだって」とのこと。

知らなかったぜアミラーゼ。

しかし、頼んだ料理のあんかけの味に、意を決して文句を言ったお客様に対し、それはこちらの問題ではない、あなたの保有する消化酵素のひとつのせいなのです!とテレビで聞いた化学知識をひけらかして、 “はい論破”を試み、あまつさえ「マツコも言ってました!」とのエビデンスでもって追い打ちをかける店員のその態度ってのは一体どうなのよそれ?と釈然としないながらも、もちろん翌日の新宿LOFTでのオケミスのライブで僕はこの話をMCのネタにしたものである。

そしたら「知らない!」「知ってる」「あ、私もそう」「じゃあその人がリンガーハット行ったらみんなシャバシャバになるの?」

みたいな感じで新宿LOFTが舞台上も客席も大いに盛り上がってしまい、ウケたからよかったとはいえ、この日のオケミスの記憶されるのであろうたったひとつの印象は“アミラーゼ”に確定したわけである。

5年間もバンドをコツコツやってきて、その総括が消化酵素のひとつアミラーゼであったとは。ライブ人生とは実にシャバシャバなものであると言わざるを得ない。

それにしても、果たしてシャバシャバは本当にアミラーゼのせいであったのか? 未だ疑問を抱えつつ、僕は今夜もライブ人生を続けている。

昨夜は池袋ブラックホールでタカハシヒョウリ氏、中沢健氏とトークイベントをしてきた。

この店では毎夏イベントをやらせてもらっている。今夏で14回目だ。

当日、店の方のひとりが、
「14回目よろしくお願いします。いろいろありましたね。そうそう篠原ともえさんがゲストの回ありましたね。はっちゃけて歌ってらした。私PAやってたんでよく覚えていますよ」
とマネージャーづたいに笑顔で言ってくださったそうだ。
マネージャーが不審な顔をして僕に言った。
「あの、篠原ともえさんなんて一度も大槻さんのライブに出たことないですよね」

ない。すごい昔に対バンしたことはあるが、ここ14年の間は一度とてない。

まったくない。

絶対にない。

何がどうして店員さんの記憶の中で篠原ともえさんと大槻が共演することになったのだろう。そんな記憶の取り違いってあるのだろうか? もしやマルチバース? なるほどブラックホールだけにマンデラ効果なのか? いや……まさか……そうか、わかったぞ!

「アミラーゼだな」

唾液に含まれるアミラーゼという糖質を分解する消化酵素のひとつが原因で、人間の記憶をシャバシャバに変化させてしまうのだ。14年間の思い出もシャバシャバにさせて、大槻ケンヂのライブに篠原ともえを混入させたのだ。まさにクルクルミラクルだ。マツコも言ってました! 星野源ちゃんもそうなんだって。

追記
14年前に池袋ブラックホールでアーティストのニーコさんにゲスト出演してもらったことがあって、彼女が当時派手な格好をしていたので、スタッフさんが彼女を「シノラー」の頃の篠原ともえさんと勘違いをしたという説も出たものの、時代がまるで合わないし、そんなことってあるか?? やはりブラックホールだけにマルチバースに落ちたのかマンデラ効果なのか。記憶違いだったとしても、それはやっぱりアミラーゼのなせる技なのではないでしょうか。星野源さんもシャバシャバなのでしょうか。

プロフィール

大槻ケンヂ(おおつき けんぢ)
1966年2月6日生まれ。1982年、ロックバンド「筋肉少年少女隊」結成。その後「筋肉少女帯」に改名。インディーズで活動した後、1988年6月21日「筋肉少女帯」でメジャーデビュー。バンド活動と共に、エッセイ、小説、作詞、テレビ、ラジオ、映画等多方面で活躍中。「特撮」、「大槻ケンヂと絶望少女達」、「オケミス」他、多数のユニットや引き語りでもLIVE活動を行っている。

大槻ケンヂオフィシャルサイト

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