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大槻ケンヂ「今のことしか書かないで」

リンゴチジョ最初の受難

隔週連載

第9回

illustration:せきやよい

今夏はライブをやり原稿を書き時間が空くと映画を観に行った。通常営業である。

90歳になる母が施設に入ったので、何回か面会に行ったことぐらいが他のこの季節と異なるところであったろうか。母は病院にいた頃より歴然と表情が明るくなっていた。施設のアットホームな雰囲気が合ったらしく「家にいるのと全然変わらないよ」と言う。

そして息子が「次は横浜でライブなんだ」と言うと「賢二、うるさいからロックなんてやめな。演歌にしな。演歌なら1曲当たれば10年は喰えるよ」と、35年前にメジャーデビューを報告した時と全然変わらないことを言って、またアハハハハと笑うのであった。

映画は今夏なぜかホラー映画にはまった。

昔から嫌いではなかったけど、今年の酷暑に恐怖の刺激を欲したのか、沢山観た。先日も「本当にあった呪いのビデオ」の劇場版を観るために池袋まで出かけてきた。映画館で聞く決め台詞「おわかりいただけただろうか?」は格別に不気味で恐ろしかった。

ライブはここ2週間で特撮が2本あった。渋谷クアトロでのワンマンとZepp横浜でのフェスである。どちらのライブでも何度か歌詞を間違えた。

僕はお恥ずかしいことにライブで歌詞をよく間違える。歌詞どころか曲構成、ひどい時には3曲4曲目を飛ばして5曲目をタイトルコールしたりすることもある。言い訳はしない。単に練習不足なのだ。いや、やっぱ言い訳しておこう。させてくださいよ。訳があるんですよ。

なぜライブでよく間違えるのかと言うと、考え事をしているからだ。

なんて言い訳だ。でも事実だ。僕はライブ中に歌いながら考え事をしていることがあるのだ。多くは「曲終わったらMCで何喋ろう?」と考えてるのだが、それ以外にも、歌っているとフッと物語のアイデアのようなものが脳裏に浮かんでくることがある。そうするとその幻想の続きがドンドン湧いてきて、歌の詞世界とはまったく異なる物語世界で頭の中がいっぱいになってしまうことがあるのだ。

この奇妙な“妄想症”とでも呼ぶべきビョーキは昔からだ。中学生の頃は授業中ずっとそうだった。教師から「お前は腐った魚の目をしている」などと言われた。昭和だったから気付けのビンタなど喰らったものだ。大人になって歌詞や小説などで頭の中の突発的妄想を作品にするという発露の手法に出会うことができた。でもその妄想を歌う発散の途中にまた妄想がギューン!と始まってしまうのだからこりゃダメだ。そりゃ間違えもしますよ!という言い訳なんだけど、おわかりいただけるだろうか?

横浜でもそうだった。この日はクラッシュオブモードというフェスで、cali≠gari、えんそく、NoGoD、ゴールデンボンバー、メトロノーム、そして特撮が出演した。ファンの方の年齢層が広かった。10代後半くらいのきれいな少女と、30代半ばくらいの美しいおねぇさんとが並んで立っていたりしていた。

特撮のライブ中、歌っていると、客席の薄暗い闇のなかで一組の、きれいな少女と美しいおねぇさんとが、そっと腕を組んだように見えた。その瞬間、僕の妄想のスイッチが入った。

少女とおねぇさんはフェスが終わったらきっと元町のレトロなカフェに行くのだろう、との妄想……。

「ね、おねぇさん、あのオーケンっておじさん、歌いながらなんか考え事してるっぽくなかったですか」

「そう? きっと母親が老人ホームにでも入ったんじゃない? それよりカリガリだっけ? あのバンドかっこよかったよ」

「青さん最高なんです。今日はフェス付き合ってくれてありがとうございます」

「うん、で、ね。あの話、考えてみてくれた?」

「私がSMの女王になるって話ですか? なんでしたっけ? リンゴチジョでしたっけ?」

「淫語痴女ね。淫語、卑猥な言葉でね、お下劣な言葉を津波みたいに喋って、お客にもそういうことを語らせて、人格を崩壊させて、お客さんを取り巻いている社会のルールや人間関係から精神的に一時だけ解放させて自由にさせてあげるの。サービス業よ」

「フーゾクでしょ?」

「フーゾクだけどね。アタシはその先を目指してる。特別に卑猥な言葉で人格を壊してあげると、潜在意識がむき出しになることが稀にあるのよ。さらにその下の集合的無意識にまでお客さんを通じてアクセスすることが可能になる。集合的無意識は人類共通のデータベースだから、いろんなことを知ることが出来るし、それこそ知らなくてもいい情報まで知ってしまうこともあるのね。そうだね、例えば……マリリン・モンローが本当はどうして死んだのかとか知りたい?」

「ぜーんぜん興味ないです」

「そうよね。アタシもない。それより、データベースにアクセスできるならもっと近しい人の死の真相を知りたい。淫語による人格崩壊のプロセスで、集合的無意識の手前の潜在的無意識の段階で、人はけっこう自分のトラウマや秘密を語り出すことがあるの。中でもプレイのひとつとして過去に自分の犯した罪を告白させる『悪事告プレイ』っていうのがあるんだけどね」

「おねぇさん、何が言いたいんですか?」

「この間ね、ひとりの、まだ若いきれいな顔と肌をした男のコのお客とその『悪事告プレイ』をしたんだけどね、男のコ、プレイに結構入っちゃって、語り出したの。小さい頃に、猫や犬を殺して首を切断して家の玄関に置いていたって」

「……それを反省してる、って語ったんですか?」

「反省はまったくしてなかったね。サイコパスのコだね。アタシ興味持っちゃってね。何度も、お金ならいいからって、そのコとその後も『悪事告プレイ』をした。そしたら。猫や犬の次はやっぱり人間を殺したっていう告白を始めたんだよね。何人も人を殺して、首を切断したって」

「ええっ……それ空想とか妄想じゃないんですか」

「わからない。ただ、アタシの母親って殺されてんのね。アタシが中学の頃、家に帰ったら母親の首だけ玄関に置いてあったの。首から下は切断され今も発見されていない。犯人もまだ捕まっていない」

「えっ! でも、じゃあ、まさかそんな」

「母親が死んでさ、親父はとっくにいなかったから、アタシは10代からこっちの道に入って稼いでいる。ひとりで生きてきた。平成の頃はムチでマゾ男をしばいてりゃよかったけど、この業界も変わっていってさ、淫語痴女プレイの店になってから何年が経つかな。人ってわからない。アタシには淫語の才能があったんだよね。いろんなお客が来たよ。弁護士政治家スポーツ選手、みんないろんなけっこうな悪事を告白して一時的に精神を解き放ってやったけど、まさか生首切断告白の男のコにまで出会うとは予想もつかなかったかな……」

「え、まさかその男のコがおねぇさんのお母さんを……首を……」

「わかんない。でもいろいろと状況が合ってるんだよね。来週またそのコに会うんだ。真相の究明まであと一歩ってとこかな。淫語痴女探偵としてはね。でもね、あのコもちょっと、アタシが何をしようとしているのか、何を探り出そうとしているのか、最近どうも勘付いてき始めたみたい」

「おねぇさん大丈夫ですか? やばくないですか? 警察とかにも言った方が……」

「警察に『悪事告プレイ』で自白させましたって言うの? てか、これはアタシの問題。アタシがケジメをつけるべき案件。警察とか関係ない。アタシがあの頃、ママを施設に入れるのを躊躇さえしなければあの事件の起きるタイミングはなかった。だからアタシが落とし前をつける。最後までやる……おわかりいただけるだろうか?」

「何最後笑ってるんですか。心配してるんですよ。去年アプリでたまたま出会って以来、重度の陰キャの私にとっておねぇさんはたったひとりの大事な大事な友達なんです。無事でいてください。危ないことしないで」

「大丈夫。うまくやるよ。そんでアンタをアタシの業界にスカウトする。アタシ、見ればわかるんだ。この人はどの程度まで人間の意識にアクセスできるレベルかって。アンタは他人の集合的無意識にまで入り込めるタイプだよ。そうしたらそこからどこまでも、この世界の果てまでこれから行くことができる。アンタはなんだってできるよ。すべての人の無意識下を泳いですべてを知ることができる。そしたらアカシックレコードも読むことができる。そしたらこの宇宙の知識の神だ」

「はぁ、なんだってできる……じゃぁ次のフェスのチケも良番を取れます?」

「それはぁ……運だね」

アハハと笑って、おねぇさんは「あ、でね、うちの店に来るお客さんは男とは限らないよ」と言った。

「え?」

「女のコの客も全然来るよ。うちの店はそういうスタイル」

「え? え、え、そうなんですか?」

「アンタ、初めて興味持ったよねぇ」

「そ、そんなことない!」

「店の情報、LINEに送っとくから。今日は楽しかった。もう行くね。じゃね」

「あのおねぇさん」

「何?」

「いえ、また会いましょうね」

それから数日の間、少女は家でゴロゴロして過ごした。テッド・バンディやジェフリー・ダーマ―の伝記などを拾い読みして、いきなりゲリラ豪雨が窓を打って、やがて収まってまたカッと暑くなった午後に、ふらふらと、日傘をさしておねぇさんからのLINEにあった「リンウッド・テラス」というフーゾクの店まで出かけた。

その店は老朽化したビルの4階にあった。ピンポンを押したけれど誰も出ないので、ソッと扉を開けると、玄関を入った廊下のすぐそこにおねぇさんの首があった。首から下はなかった。

おねぇさんはカッと目を見開いたまま死んでいた。目は射るように少女を見ていた。

少女のスマホが震動した。見ると「次は君がこうなるからね」と、おねぇさんらからの文章がLINEに表示された。おねぇさんを殺して首を切断した男のコがおねぇさんのスマホから打ってきたのだと瞬時に少女は理解した。少女はLINEのビデオ通話を押した。拒否された。音声のみの通話も押したがこれも拒否られた。少女は少し震えた。でも、すぐにタタタッと文字を打ち返す。

「私も幼い頃に猫や犬をよく殺していた。首や足を切って公園にバラまいてた。その後、人を殺したくなったけど、私はどうにか抑えてきた。でもアンタみたいなやつなら殺してもいいよね! 首や手をバラバラにしていいよね。うれしい。殺してバラバラにしてもいい人間にやっと出会えた。ありがとう。これは私の問題。警察とか関係ない。私が最後までやる。決着をつける。おわかりいただけるだろうか」

そして思いついたように「リンゴチジョより」と付け加えた。

スマホはしばらく静かにしていたが、ぶん、と小さく音を立てた。

「なるほどこれはリンゴチジョの初めての『悪事告プレイ』ということだね。了解。わかったよ。よろしく同類。それじゃ、こうするとしよう」

相手からのLINEの続きを待たずに。少女がタタタッとスマホを打ってLINEを送った。ほぼ同時に少女のスマホが震えた。LINE上に、まったく同じ文言が並んだ。少女から送ったものと、彼から送られてきたものと、一字一句違いもしない。

「さぁ、ゲームの始まりです」

……と、まぁ……こんなことを歌っている最中に妄想し始めては考え事をしたりしているので、歌詞を間違えたり構成をトチったりするのですよ、という言い訳なのだ。どうですか? おわかりいただけただろうか? いただけないですよね。は~い。ちゃんと歌に集中しますね。

※この連載はエッセイと小説の入り混じったものであり、場合によってはほとんど作者の妄想です

プロフィール

大槻ケンヂ(おおつき けんぢ)
1966年2月6日生まれ。1982年、ロックバンド「筋肉少年少女隊」結成。その後「筋肉少女帯」に改名。インディーズで活動した後、1988年6月21日「筋肉少女帯」でメジャーデビュー。バンド活動と共に、エッセイ、小説、作詞、テレビ、ラジオ、映画等多方面で活躍中。「特撮」、「大槻ケンヂと絶望少女達」、「オケミス」他、多数のユニットや引き語りでもLIVE活動を行っている。

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