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大槻ケンヂ「今のことしか書かないで」

鬱フェス新宿の子犬

隔週連載

第12回

illustration:せきやよい

先日、クラブチッタ川崎で行われた「鬱フェス2023」に参加した。神聖かまってちゃん、上坂すみれさん、ベッド・インその他多数のアーティストと共演した。

「鬱フェス」は、バンド・アーバンギャルドが主催している音楽フェスティバルだ。「病気のみなさんこんにちは」というキャッチコピー。さわやかな夏の野外フェスには向かないような、サブカル色が濃いというか、マニアックでコケティッシュなメンツを集めて開催されている。今年で10回目となる。

僕は10回皆勤賞で出演している。3年前の回では新しい学校のリーダーズとコラボして歌った。その時はまさか彼女らがその後世界的にブレイクするとは夢にも思わなかった。素晴らしいことである。

今年は僕があと数年で還暦を迎えるということで、赤いちゃんちゃんこを着せられて「老後じゃないもん MAXX TOSHIYORI」というアーバンギャルドとのセッションで出演することになった。マックス年寄り、である。

マックス年寄りかぁ、……いいんだけど、世界的にブレイクするとは夢にも思えないコラボではあるな。YMOの「ライディーン」に勝手に僕が歌詞をつけた「来たるべき世界」なんて曲などを演奏した。

鬱フェスにはロックバンド、DJの他、女性アイドルも多数参加している。彼女たちがいるとバックステージが華やぐので楽しい。

昨年はキングサリというアイドルグループが出演した。キングサリには閻魔ちゃんという名の若いとても美しい女の子がいて、彼女がまったく物怖じしない。

楽屋でガンガン語りかけてきた。エ~そうなんだぁ~フ~ン知らな~い、みたいなタメ口でもって。彼女の正式名称は「天神・大天使・閻魔」というのだそうだ。『若さって無敵だよなぁ』可愛いなぁ、と感心していると、天神・大天使・閻魔ちゃんがニコっと笑って僕にこう言ったものだ。

「な~んか……やさしいおじーちゃん!」

お、おじーちゃん!? アラ還とは言え、この「おじーちゃん!」にはいささかショックを受けたことは事実であった。

『う!? え(汗)おじーちゃん!?』

いや、でも、である。彼女に一寸の悪意も無かろうし、明らかに親子、やもすれば爺と孫娘ほども歳の離れたふたりである。若い若い彼女にしてみれば、総白髪の初対面の57歳などは足しても引いてもそれはもうキッパリおじーちゃんにしか見えないに間違いはないと、このリアルなる天神のお見通し~大天使の審判~そして閻魔様の宣告を爺は甘んじて受け入れねばならんなと心に決めたものである。

しかし、その時であった。

鬱フェスの主催でありキングサリの曲も作っているアーバンギャルドの松永天馬君が「閻魔、大槻さんはおじーちゃんじゃない!」ビシッと言ってくれたのだ。

天馬君はとても僕をリスペクトしてくれているナイスガイだ。アイドルからの信頼も厚いのだろう、閻魔ちゃんも、アチャッさーせーん、みたいな感じになって、僕はもちろん「あ~い~よい~よ全然あははは」とデヘデヘして、事なきを得たのである。天馬君いい人あの時はありがとう。

そのたった一年後に赤いちゃんちゃんこを着せて「マックス年寄り」っていうのはどういうことなんだよ!? おかしいだろ天馬君それよ!と再びいささか憤らずにはいられなかったものの、まあいい。

ともかく今年の鬱フェスでおじーちゃんを演じることになった。それで、アーバンとのリハでまず、彼らの用意した赤いちゃんちゃんこを試着してみたのである。赤い頭巾も被った。還暦祝いの正装となって杖もついて腰を曲げた。その瞬間のことだ。え? アレ? 何?? リハスタ内がシーンとしたのだ。

『ん? シーンって何よ?』てっきりドッ!と笑いが起こってメンバー一同「あはは、大槻さん似合っていますね」「マジ? やだな~天馬君、あはは」みたいな展開を予想していた僕は虚を突かれた。

アワアワと天馬君を見上げた。すると彼が赤いちゃんちゃんこの僕をマジマジと見ていた。そしてハッキリと(僕の思い過ぎかもしれないが)その目にはこう書かれてあったように僕の目には見えたのだ。

『大槻さん……おじーちゃんだ!』

あまりにも僕の還暦コスが似合い過ぎていたのである。そりゃそうだよな、あと3年でマジに60歳だもの。

リハスタの鏡を見るとそこには、亡くなった我が父・茂雄の還暦の時そのものの姿が映っていた。歳を重ねるごとに僕は、あまり仲良くなれなかった父親に容姿が似てくる。

父がちょうど60歳の頃だったろうか。帰宅するなり「今日おじーちゃんと人に言われた」と吐き捨てるようつぶやいたことがあった。息子の僕からしてみたら父はもうその頃充分に老人であった。

『え!? 不満なんだ、そこ』とキョトンとしたものである。一体誰に「おじーちゃん」と言われたのか。時空を超えて閻魔ちゃんに言われたのだとしたら面白いのだけどそんなわけもない。あんな綺麗な娘さんに言われたなら怒らなかっただろう。恐らく町中で誰か若造に言われたのだろう。

父は80代で亡くなったが、息子の目から見て彼がハッキリおじーちゃんになったのは、70代の前半くらいからであったと記憶する。

昭和の人間らしく、クーラーが嫌いだった。それでもある暑い夏に「頼むからお父さんクーラー買ってきて」という母の訴えに負けて、彼は新宿のデパートへひとりでクーラーを買いに行った。で、クーラーではなく子犬を一匹買って彼は帰ってきた。

「家に連れてけって犬の目が言ってたんだよ」

口を開けば金勘定の話しかしなかった男に、そんな情緒的な部分があったのかと心の底から驚いた。そして「親父、そうか、丸くなったんだ……おじーちゃんになったんだ」と感じだ。

子犬はチョコちゃんと名付けられ父の溺愛を受けていたが、父より早く死んだ。父は犬の死の数年後に新宿で倒れて寝たきりとなった。「買い物に行く」と母に言って不意に出かけたのだそうだ。

寝たきりになった父は言葉もほとんど喋らずそれこそ一日中眠っていた。

でもある時突然「広沢虎造のCDが聴きたい」と言い出した。

誰? それ? 昔の浪曲師であるらしい。

CDなら賢二だろう、という家族の雑な思い付きによって、僕が広沢虎造の浪曲のCDを買って病院へ持って行くことになった。

確かにCD屋で探すと何枚も売っていた。病院へ車で行く道すがら、カーステレオで聴いてみると、これがとても面白かった。

グイグイ引き込まれる語り口、まさに名調子なのだ。「森の石松」「清水次郎長」などどれもいい。感動すらした。

しかし我が家で浪曲など聴いたことがない。一体いつ、どこで、父は広沢虎造を聴いていたのか? 見当もつかない。父にとって虎造とはどんな存在だったのか? どんな思い出があったのか? そもそも父とは何者であったのか? 興味を持って、虎造と共に病院へ向かった。

でも、父はもう死んでいた。“虎造の理由”を父から聞くことは出来なくなった。そして父が倒れたあの日について「父さん、新宿であんたが買おうとしていたのは、もしかしてまた子犬だったのではなかったの?」という問いの答えも、永遠に聞くことは出来なくなった……。

あれ? 何の話を書いてたんだっけ?……あ、鬱フェスか。

楽しかった。マックス年寄りを歌いながら、ステージ上でふと、もうすぐに「来たるべき世界」を思った。3年後、僕はリアルに赤いちゃんちゃんこの歳になる。新宿へ行くのだろうか、子犬を買いに。

プロフィール

大槻ケンヂ(おおつき けんぢ)
1966年2月6日生まれ。1982年、ロックバンド「筋肉少年少女隊」結成。その後「筋肉少女帯」に改名。インディーズで活動した後、1988年6月21日「筋肉少女帯」でメジャーデビュー。バンド活動と共に、エッセイ、小説、作詞、テレビ、ラジオ、映画等多方面で活躍中。「特撮」、「大槻ケンヂと絶望少女達」、「オケミス」他、多数のユニットや引き語りでもLIVE活動を行っている。

大槻ケンヂオフィシャルサイト

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