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大槻ケンヂ「今のことしか書かないで」

ほな、どないせぇゆうね

隔週連載

第14回

illustration:せきやよい

筋肉少女帯のツアー中である。

11月22日のZepp DiverCityがファイナルになる。筋肉少女帯はラウドロックバンドだ。60歳も近くなってのラウドロックのライブは体力も気力も死に物狂いである。全身全霊で、全集中して対峙しなければできるものではない。真面目なことを言うが、これは紛れもなく真実である。すべての雑念を捨て、煩悩を振り払い、ただステージとお客様と自分たちの音楽のみに専念しなければ、目指す高みにはたどり着くことが叶わないのだ。

……で、先日、メイドカフェに行ってきた。

「雑念全然捨てとらんやないか」「煩悩しかないやろうお前」と言われたなら返す言葉もないが、行きたかったんである。ここ数年、一回行ってみたいと密かに思っていたのだ。

正確にはメイドカフェではなくてコンセプトカフェと言うのだそうだ。お店ごとに例えば「妖精さんがお店にいっぱい」とか「アイドル候補生がお給仕します」などとのコンセプトが掲げられ、僕が興味を持ったのはその中でプロレスで言うならクラシックスタイルというか、メイド姿の店員さんが接客してくれるところである。

コロナ禍でスマホをいじっているときに、無数のメイドさんたちが配信をしていることを知った。

「今日カラコンが派手なんですよー」「ネイル変えてみたの〜」面白い事は何ひとつ言ってはいない。が、しかし、アラ還にしてみればはるかに若い子らがキャピキャピ萌え萌えしている姿は眺めているだけでホッと心が和むものだった。

たまに彼女らが踊りだすのも楽しかった。メイド姿でアイドルソングのようなものをダンスしてみせる。メイドちゃんによっては3曲、4曲立て続けに踊って息ひとつ切れぬ全盛期のジャンボ鶴田の如き無尽蔵のスタミナの子もいて、見ているだけでこちらもなんだか元気になってきたではないか。

「か〜ら〜の〜!!」と彼女が叫んでさらにもう1曲。見事だ。推せる…なるほど、これか?これが推しと言うものかI? もっと見たい。でも他の子も見てみたい!? なるほど…これがDDか!? 誰でも大好き、というオタク道に悖るアレであったのか俺は!?

……なんでもいい、とにかくたくさんメイドさんたちを見てみたい。と、そこで家にあるスマホ2台、iPad2台、パソコン1台、その他の端末にコンカフェの各店舗配信を映し出し、部屋の至る所に置いて、さながらNASAロケット打ち上げコントロールセンター、あるいは電子の要塞またはただのオタおじ部屋と成り果ててコロナ禍の日々を厳戒観察態勢でもって暮らしていたものである。

しかしコロナ禍が明けても実際にコンカフェに行く事はなかった。

『もしメイドちゃんのお母様が筋少ファンだったりしてばれたらどうしよう』『同じような電子の要塞部屋おじさんに「あ、大槻さんじゃないですか! 聞いてましたよオールナイトニッポン! ボヨヨンロックとか好きだったなぁ! ボヨヨ~ン!!」とかいきなりシャウトでもされたら恥ずかしいよなぁ』とかいろいろ想像したからだ。

チンケな自意識過剰が初コンカフェ探訪を邪魔していたのだ。しかもツアー中ともなればなおのこと行きづらい。

ではなぜ、にもかかわらず、最近になって出向いたのかと言えば、例の、我が推し、が理由であった。「スマホの中のジャンボ鶴田」嬢が最近突然退店してしまったからだ。

「えーっ!? うそ! やめたの〜!? マジかぁっ!」とコンカフェのTwitter (フォローがばれるのでフォローはしていない。毎度検索している)でジャン鶴嬢退店の情報を知ったときは思わず絶望の声をあげてしまった。そしてバンギャ界隈でよく聞くあの言葉がその時初めて心に突き刺さったのである。

「推しは会える時に会いに行け」

……帽子を深々とかぶり、マスクをがっつりして、秋葉原へと向かった。

推しはもういないが、第2、第3の推しの子はまだ店にいる。自分は推し道に悖るDDゲス野郎だぜ、との自覚症状を抱きつつ、店の前まで行ったが恥ずかしくなってなかなか入れなかった57歳。

店頭にひとりメイドさんが立っていた。「こんにちは♡」と誘うその瞳と目が合った時『うん? あ、メイドさんね、そういうの好きな人もおんねんなぁ』となぜか関西弁で思ったふりをして口笛まで吹いて通り過ぎたいくぢなしの己を心の底から呪った。

そして角を回りまた角を周りグルっと1周して再び彼女と目があった時『ん? まだおったん、大変やね』再び大阪弁で思ったふりをしてさらにまたグルグルっと1周して『うん? 自分まだそこにおったんか!?』とさも驚いてみせたんだが、それはまったくもってメイドさんの側の言うセリフである。

そして『しゃーないな、こんなにようけ会うとはなぁ』と心でつぶやいて、ホトホト困ったねとでも言うような表情を作って、己に対してにこう言ったものである。

『……ほな、どないせぇゆうね』

お前は町田町蔵か。

すると見かねてくれたのだろうメイドさんが言ってくれた。

「こんにちは、いかがですかメイドカフェ♡」

「え、あ、あの、ひとりでもいいんですか……ね」

「もちろんですご主人様! どうぞ♡」

「ご、ご、ご主人様」

手際よく誘われて入った店内はシンプルな作りながらも淡いミントカラーに統一されて夢ゆめしかった。音楽が鳴り響きアイドルソングのようなものに合わせてメイドさんらが踊っている真っ最中だった。

「からの〜!!」次の曲に移ろうかというその時に踊りの中からひとりのメイドが僕の前にやってきて微笑んで言った。

「当店のコンセプトはご存知ですか?」

「いえ……あ、でも配信を見ていてあの……」

「じゃあ説明しますね。当店はご主人様にメイドちゃんになれる魔法をかけちゃう夢ドリームコンセプトカフェなんです」

「は?」

「今から親指と人差し指でハートマークを作って『るるるるーきゅうっ♡』と言いますので、一緒にやってくださいね」

「はい?」

「そうしたら、ご主人様はメイドちゃんになります。」

「え」

「今からメイドちゃんになっちゃうんです。そしてこれから私たちと一緒にお給仕をしたり踊ったりしてずっと暮らしていくんですよ♡」

「……時間内にそれをすると言うことでしょうか?」

メイドが「ちがうよー」と言ってぶんぶんと首を振ってみせた。

「違うよー。ずっとです。ずっとなんだよ。ずっと、ずっと」

「ずっと?」

「そう、ずっと、永遠に。毎日。これから。萌え萌えのメイドちゃんになって生きるの。最高でしょう?」

「最高です! あ、いや、でも筋肉少女帯のツアーがまだ……」

するとメイドちゃんが遮って声を上げた。

「か〜ら〜の〜! じゃあ行きますよ、ご主人様。るるるるきゆうっ♡」

「る、る、るるるるきゅうっ……」

メイド化はクロスさせた親指と人差し指から急激に始まった。CGのように指にカラフルなネイルが施されデコデコしたなと思った瞬間にはもう全身が少女と化してメイド服に我が身は包まれていた。髪が伸びてプラチナブロンドの姫カットになり背が縮み155センチほどになった。

いつの間にか靴はロッキンホースバレリーナを履いていた。素敵なニーハイ。ふわっとパニエ。まぶたがつぶらな二重になり上も下もまつ毛がにゅるっと長く伸びるのが鏡を見ずとも感覚でわかった。唇はおそらく、いや必ず、ぽてっと赤く物憂げに少しだけ開いているのだ。そうに決まっている。見えないが、きっと背中には小さな天使の羽のタトゥーも浮き上がったところだ。

目前のメイドが「かわいいよ♡」と褒めてくれてから尋ねた。

「かわいい♡ ねぇ、あなたメイド名は何にする?」

「え?  メイド名?  メイド名……」

ふと、再び「ほな、どないせぇゆうね」というワードが脳裏をよぎり、それで言った。

「……町、町田町……町子、町田町子」

「町子ちゃんね。かわいいお名前。じゃぁ一緒に踊るわよ。町子!」

「え、今!? 振り付けがわからないわ」

「配信で見た通りに踊れば大丈夫だよ。行くよ町子。ちょうど曲が終わったとこね。か〜ら〜の〜!!」

踊り始めてみればなるほど、電子の要塞であれだけ見ただけあって何とかなった。

「町子ちゃんうまいじゃん」とさっきのメイド仲間に言われて悪い気はしなかった。それから毎日町子はこの店でお給仕をして踊って楽しく過ごしています。

今までの人生がまるで幻影だったみたい。今は毎日が楽しくて、うれしくて、それになんたって腰も首ももう痛くないし。

たまに配信もしてカラコンを変えた話とかネイルをデコった話をしたりしているの。町子になってよくわかったんだけど、カラコンやネイルの話ってマジ重要。てゆうか、それ以外に話なんてこの世界に何が必要だっていうの? でしょ? だよね。それな。

でもね……ちょっとツアーのことも気になっている。あと数日でゼップでのファイナルがあるの。どうしよう。お店のシフト早く出してねって言われている。その日はお店のクリスマス前のサンタ・イベントがあるみたいでとっても出たいんだ。でもどうしよう。やっぱり現実に戻らなくちゃいけないのかなあ……みんな待っているものね……どうしよう? どうしたらいいと思う? う〜ん……町子、まいっちんぐ。ほな、どないせぇゆうね。

※この連載はエッセイと小説の入り混じったものであり、場合によってはほとんど作者の妄想です

プロフィール

大槻ケンヂ(おおつき けんぢ)
1966年2月6日生まれ。1982年、ロックバンド「筋肉少年少女隊」結成。その後「筋肉少女帯」に改名。インディーズで活動した後、1988年6月21日「筋肉少女帯」でメジャーデビュー。バンド活動と共に、エッセイ、小説、作詞、テレビ、ラジオ、映画等多方面で活躍中。「特撮」、「大槻ケンヂと絶望少女達」、「オケミス」他、多数のユニットや引き語りでもLIVE活動を行っている。

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