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大槻ケンヂ「今のことしか書かないで」

紫の炎

隔週連載

第15回

illustration:せきやよい

筋肉少女帯のツアー中だ。初日はクラブチッタ川崎で行われた。

その数日前であったか、ミュージシャンの某さんがご自身のライブ冒頭で「今日は歌いたくない。おしゃべりがしたい」と言うような発言をして物議を醸すと言う騒動があった。

『……それオレの格好のMCネタだよなぁ』と正直思ったのだ。でも、某さんに悪いし、そんな日もあるのだろうし、ツアー初日からそういうネタを放り込むのもどうなんだよくないぞ、やめておこうオレよ「よせよ」と「ネバーエンディングストーリー」の日本語カバーにおける羽賀研二さんの歌い出しの言葉で自分を抑え、僕はステージに立った。

でも、どうにも1曲目の「サンフランシスコ」の曲中に口がムズムズしてたまらないのだ。言いたい。言いたい。

どうしても言いたくなって1曲目終わるやいなや「今日はしゃべりたくないよー!!」と開口一番大絶叫してしまった。

そこはやはり場外ザワザワッとなった。某さんには一生かけても返すことの困難な"借り"を作ってしまったような気が今している。某さん応援しています。

"借り"と言うことで言えば遠い昔に日比谷の野音でジュンスカやミスチルのメンバーたちとBUCK-TICKの楽曲を演奏したことがあった。

元曲「悪の華」を「悪の草」ともじって僕が櫻井敦司さんの体で「ううっ! あー!!」と激しく喘いで見せた。その場でドッとウケたうえに、動画が今もネットに上がっていて井森美幸さんの伝説のダンス動画くらい再生回数が伸び続けている。

当時も今もBUCK-TICKサイドから特に何も言われてはいない。きっと寛大にお目こぼししてくださっているのだろう。だからBUCK-TICK、特に櫻井敦司さんには大きな借りがあるような気がしている。

でもその借りをお返しするところを彼に直接見てもらうことは難しくなってしまったようだ。川崎ライブの1週間前に櫻井さんはステージ中に脳幹出血で倒れ、亡くなってしまった。

享年57歳。僕と同い年だ。デビューは1つ彼が先輩。とは言え、ほぼ同期のロックバンドのボーカリストの、違う次元に旅立つその直前に見た光景が、己の表現を熱く求めるリスナーたちの姿であったなどとは。それを思うとぎゅっと胸を押さえつけられたような苦しい気持ちになる。

いろんな気持ちを抱えながらも今夜もライブは進んでいく。Show Must Go Onなのである。

3曲目を過ぎた頃あらためて、己の表現を熱く求めてくださるリスナーたちの集う客席を見渡せば、おや、あれ!? 最近の筋肉少女帯の客席の光景は凄いことになっている。

客席全体で無数のペンライトが振られてキラキラと光の海のように輝いているのだ。

アイドルやアニソンのコンサートで見られるあれだ。あれに今、アングラパンク出身の筋少のライブ会場はなっているゾ。

コロナ禍でお客さんが発声禁止だった時に、グッズでペンライトを出してみたらこれが意外に曲調にはまったようなのだ。それならと半ばワルノリでメンバーカラーとバンドカラーを決めてペンライトを作ったところ、お客さんがそれも振ってくださった。だから今では赤白緑青ピンク色の5色に彩られて本当にアイドルコンサートのようだ。ちなみに僕の担当カラーは白だ。理由は総白髪だからだ。令和に現れた白髪ドルなのである。

さらに調子に乗って「50を過ぎたらバンドはアイドル」と言う新曲を作ったところ客席のアイドルコンサート化に拍車がかかった。

かなりの数のお客様がペンライトを振ってくださるうえ、ついには応援うちわを持参でいらっしゃる人も現れたのだ。

「ウィンクして」とか「ピースして」と書いてあるアイドルコンサートで見られるうちわだ。

あれを「踊るダメ人間」だの「元祖高木ブー伝説」だの歌ってるバンドのライブに持って来るってガッツリおかしいだろ? 「よせよ」と再び羽賀研二するべきところなのだろうか。いや今のところ全然悪い気もしていないのは結成40年いろんな客席の光景を見てきたある種の達観なのである。

「ピースして」なるほどわかったピースね、はいピース! とちゃんとメッセージにも応えたりして。

「あ、ハートマーク作るのねオーケーオーケー、で、次は何すればいいのかな? ん、え?」

ところがあるうちわに書かれた文章を見たとき、僕の思考は一瞬停止してしまった。そこにはこう書かれてあったのだ。

「バーンして!」

え? 何? バーンして? バーンって何? バーン? あ、ん……バーンって、それ、もしかして…」

「デビカバ?」

心でそうつぶやいた事実を、57歳ロックおじさんは正直に告白しておきたい。

「デビカバ」とは何か? 「デビカバ」あるいは「デヴィカヴァ」とは、ロックバンド、ディープ・パープルの3代目ボーカリストにして74年の名曲「バーン(邦題『紫の炎』)を歌ったシンガー、デイヴィッド・カヴァデールの略称である。

「バーン」と聞いて僕たち(巻き添え)世代のロックおじさんが真っ先に思い浮かべるのはまずパープルの「バーン」だしデビカバと決まっているのだ。その他に思い浮かべるものなんてヘビーメタル雑誌「BURRN!」以外にこの宇宙に何も存在はしない。

「え? 何? バーンして!? 『バーン』を演奏しろってこと? 今日? 筋肉少女帯で?? えー??」

まぁ筋肉少女帯は僕以外バカテクのラウドロックバンドではあるし、世代だし、すぐにでも「バーン」完コピできちゃうだろうけれども、筋肉少女帯のライブに来てディープ・パープルの曲をやれとリクエストするのは、しかもうちわのメッセージでなんて、いくらなんでもそれちょっと失敬なんじゃないのか? 筋が違うんじゃないのか? オレ、デビカバじゃねーし!

「イアン・ギラン(パープル2代目ボーカリスト)でもねぇのによー」と、ライブ中に一瞬プンスカしたものである。

でもすぐに「なわけないよなぁ」と思い直した。けれど「バーンして」の謎がやはりわからないまま、その夜は初日のライブを終えたのであった。

「バーンして」の謎を頭の隅に残しつつ、僕は数日後、メイドカフェに行った。

……一度行ってみたかったのだ。メイドカフェ。正確にはコンセプトカフェと言うのだそうだ。

僕が言ったのはプロレスで言えばクラシックスタイルというか、メイド姿の女の子たちがお給仕をしてくれるところだ。さすがに入りにくかったが、店頭に立っていた金髪姫カットのメイドちゃんが「どうぞ♡」とエスコートしてくれた。一緒に店へ向かう階段を登る時、彼女の厚底の靴がカタンガタンと音を立てた。僕は尋ねた。

「あ、それロッキンホースバレリーナって靴ですよね」

「え、よくご存知ですね。あ、こちらからどうぞ」

店に入るとレジのところに「ウィンクして」などとメッセージの書かれたうちわがいくつか置いてあった。

お店でメイドさんがダンスを踊るときにお客さんや他のメイドさんに渡して応援してもらうためのグッズのひとつなのだそうだ。

「あ、メッセージですか。え……じゃぁもしかして『バーンして』もありますか?」

「ありますよ『バーンして』振ってくださいますか?」

「あ、あー、ひとつ聞いていいですか? 私、年寄りでして「バーンして」ってどういう意味なんですか? わからなくて」

すると金髪姫カットのメイドちゃんが指でピストルの形を作って僕の胸のあたりをバーン!と弾いてみせた。同時にウィンクを決めた。

「バーン♡!」

「……あぁ、ピストルのポーズだったんですね」

「ご主人様のハートを打ち抜いちゃいますよ♡」

そうか「射撃のポーズをして見せて」という意味であったのか。

言われてみればそうだろう。それなのに川崎で一瞬でもお客様を失敬だなんて思ってしまって、逆にこれは失礼なことをした。

あのお客様にはひとつ、"借り"を作ってしまった。

「あぁ、射撃のポーズのことなんですか。ディープ・パープルじゃないんだね」

「そうですよ。デビカバじゃないです」

「あぁ……あ、え!? 今……君、デビカバって言った?  デビカバって言ったよね? え? 君いくつ? なんで知ってるの『紫の炎』を?」

少女はそれには答えず逆に僕に尋ねてきた。

「それよりご主人様、当店のコンセプトはご存知ですか?」

返答に詰まって黙っているとメイドが不意にババーン!と言ってまた僕に指鉄砲を弾いてみせる。そしてその指をあやとりのように操って彼女は親指と人差し指でハートマークを作った。唇をすぼめて可愛らしい声でとてもうれしそうに奇妙な言葉を発した。

「るるるるきゅ〜♡」

メイドの胸元に名札が付いていて手書きの文字で「町子」とあった。少女化は指先から急激に始まる。

※この連載はエッセイと小説の入り混じったものであり、場合によってはほとんど作者の妄想です

プロフィール

大槻ケンヂ(おおつき けんぢ)
1966年2月6日生まれ。1982年、ロックバンド「筋肉少年少女隊」結成。その後「筋肉少女帯」に改名。インディーズで活動した後、1988年6月21日「筋肉少女帯」でメジャーデビュー。バンド活動と共に、エッセイ、小説、作詞、テレビ、ラジオ、映画等多方面で活躍中。「特撮」、「大槻ケンヂと絶望少女達」、「オケミス」他、多数のユニットや引き語りでもLIVE活動を行っている。

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