大槻ケンヂ「今のことしか書かないで」
ツアーファイナル~流れつけ町子の街から
隔週連載
第16回
illustration:せきやよい
筋肉少女帯のツアーがファイナルを迎えた。会場はZepp DiverCity(TOKYO)。
ファイナルライブといっても、開演前の楽屋の様子は静かなものである。仲が悪いわけではないのだ。もうメンバーもいい大人だし、長年一緒にいるので、特別に交わす会話もないのだ。
それこそギターの本城くんとはツアー中ステージ上でしかおしゃべりしていないし、もうひとりのギターの橘高くんはライブ準備の関係でたいがい楽屋が違う。ベースの内田くんとは……そういえばキングシーサーの話をちょっとしたかもしれない。
キングシーサーとは映画「ゴジラ対メカゴジラ」に出てくる怪獣だ。
「内田くん、キングシーサーって目覚めるまでが無駄に長いよね」
「ん? あー、そうだよね」
とそんなやりとりをしてある地方ではステージへ向かった。ほとんど熟年の芸人同士のようなものである。
スタッフも長い人とは本当に長い。メイクのAさんなどとは数10年来のお付き合いだ。いつもリハ後から約1時間強Aさんにメイクをしてもらう。やはりもうふたりとも話題があまりあるわけではない。唯一、AさんはYouTubeの話をする時だけちょっとテンションが上がる。ここ数年YouTubeを見るのが趣味なのだそうだ。中でも岡田斗司夫さんの配信をよく見ているらしくて「でね、オーケン、岡田さんがさぁ」とやたら岡田斗司夫さんの最新情報を教えてくれるのだが「岡田さんはディズニーランドに行くんだよね」とか、いらないから今その最新岡田斗司夫さん情報。
特にライブ直前には必要性が皆無だと思うのだ。
でもAさんとの最近の唯一と言ってもいいつながりでもあるし、岡田さんにも何度もお仕事でお世話になっているから「うん? へー、そーなんだー」と毎度生返事をしているのだ。
そうやって最新岡田斗司夫さん情報のアップデートを受け流しつつ、僕はメイクされている間ずっと、セットリストを書いた紙に今夜のMCのネタをメモしている。
曲と曲とのあいだでどんなことをリスナーに語りかけようか、スケジュールノートも横に並べて、最近面白かったこと、トピックス、今後の予定、などを拾い上げてセットリスト表にペンで書き込んでいくのだ。
今回のツアーの期間中に個人的に面白かったのはメイドカフェに行ったことだ。
一度行ってみたかったのだ。で、行ってきた。
金髪姫カットのメイドさんに誘われて入ったそのメイドカフェは大きな川のほとりにあった。開かれた窓からゴーゴーと水流が見えた。ミントカラーに統一された店内には小さなステージがあった。
「あ、そこで踊ってもらえたりするんですか?」
「え? あぁ、そうですよ♡ リクエストされますか?」
メイドちゃんがメニューを指差した。そこには「ダンスリクエスト 〇〇〇〇円」とあった。高いのか安いのかさっぱりわからなかったがぜひダンスが見たかった。今その必要性は無限大だと思われた。
「あっ、じゃぁぜひお願いします!」
「はい♡ じゃぁ曲何にします?」
「え? 曲?」
メイドちゃんがタブレットを手に取り何やらしゅるっとスクロールして言った。
「私、今歌って踊れる曲が57曲あるんですよ♡」
「え、そんなに!? 歌詞も覚えてるの?」
驚いた。さらに57と言えば僕の歳と同じ数なのだ。まぁ、きっとそれは彼女にはまったくもっていらない情報であろう。
「えぇ覚えてます。もちろん」
僕は自分の曲で歌詞を空で歌える曲なんて数曲もない…一曲もないかもしれない。
「何がいいかなぁ。あぁ、ご主人様『キュート』て知ってます?」
キュートとはアイドルグループの。℃-uteのことであろう。知っている。知っているどころか、ハロプロのイベントで何度か観たこともある。
『……知ってるってかオレさぁ、モー娘。とコラボしたこともあるんだよね。どころか、ももクロや虹コンにも作詞をしててね……』と喉まで出かかった自分を慌てて制した。メイドカフェでメイドちゃんにマウントを取ろうとしたならツアーがファイナルどころか人生がファイナルである。
「そうだねぇ……あぁ、もし練習中の曲とかあったらそれでいいですよ」
「ほんとですか、あるんだけど間違っちゃうかもしれないですよ」
「いいよいいよ、その進化が見たいよ……アップデートしちゃってよ」
やべえオレ今すげえオヤジになっていると自覚したものの実際オヤジなんだから仕方がないのかもしれない。
「はーい、じゃぁ行きます♡」
と言ってメイドちゃんはスクロールしていた指をピッと止めた。
「これにしよ♡」と言った。
「これ、ナギイチ!」
え、何? 味噌一? とたまに行くラーメン屋さんの名前を言いかけたがラッキーにも彼女の耳には届いていなかったようだった。
メイドちゃんは手際よくカラオケのスイッチを押してステージ上に上がるとくるくると舞い踊り始めた。
「ナギイチ」それは夏の到来を謳歌するNMB48の青春キラキラアイドルソングであった。
"灼熱のこの渚で今一番かわいい女の子は誰?"というようなことを男子に問いかける歌詞なのであった。あぁなるほど"渚で一番かわいい女の子"だから「ナギイチ」なのか。
『そりゃ味噌一じゃないわなぁ』とボンヤリ見惚れていると踊りながら彼女が僕の方へ来て指で鉄砲の形を作って「バーン♡!」と撃ち抜いた。
僕は心を撃ち抜かれた。
"君のナギイチは私でしょ"
とうまいこと伏線を回収して「ナギイチ」は終わった。
終わるやいなや彼女がツツツとまた歩み寄ってきて僕に「いかがでしたかご主人様♡?」と聞いた。
「最高です味噌一! あ、いや、ナギ、ナギ……」
「ナギイチな。ラーメンではないから」
「え、味噌一知ってるの? 君、若いのに渋いね」
「知ってるよ。うふふ、あのね、私、ご主人様の知ってることはみんな知ってるの」
「……はぁ?」
メイドは何かニヤッと笑った。
「味噌一も知ってるし、バーンもデビカバも知ってるんだよ」
「ええ……バ、バーン? デビカバ? え、デビカバって言ったよね今? 何?」
「町子はバーンもデビカバも知ってるよ♡ バーンが紫の炎だってことも知ってる」
「……き、君は、君は一体何者?」
「私……私たちの名は町子。町田町子。別の次元では七曲町子。町子たちはある男の美少女化願望の投影体」
「投影体……ある男、ある男ってそれ…」
「その男は現実と日常から逃避して美少女に転生することをずっとずっと望んでいる。その幻想や妄想を何度も何度も繰り返し歌や小説にしていて、ついにこの連載では3回も連続してそのことを書いている」
「……あ、いや、あ、それは、それは、だからきっとこういうことだ。彼の……今いるこの世界への憎しみ、あきらめ、憤り、虚無感みたいなものからせめて跳躍するための真心からの渇望とでもいうか、そう、崇高な、アレだ、崇高な自由への信仰心とでも言うようなものなんだよ。気高い志なんだ。そうさ、崇高なんだ、そうなのさ信仰心なんだ。気高いのさ」
「違うよ、気高くなんてない」
「信仰心なんだって」
「違うの。全然違うんだよ、ご主人様」
「な、何が違うんだよ。崇高な信仰じゃないんなら一体何だってんだよ!? 言ってみろよ」
「ヘキよ」
「なんだって?」
「ヘキ♡」
「ヘキ?」
「ヘキ。癖。いわゆる性癖」
「……ナギイチ?」
「違う。セーヘキ」
「……味噌一?」
「違う。ヘキ! 癖、癖、癖癖、癖癖癖癖癖癖癖癖癖」
「癖……」
僕は言葉を失ってしまった。
仮にそうであったとしても、信仰心ではなく「癖」だったとしても、ズバリ当たっていたとしてさえ、川端康成の「眠れる美女」を読んで「川端さ~んこれつまり変態ってことっスよね?」とぶっちゃけた感想を言うような身もふたもないその物言いはどうなんだい? 立ち直れないじゃないか。と、ちょっとの間呆然としたものだ。
「……ひ、ひひどいよ町子、そんなハッキリ言うなんて、せっかくツアーファイナルのリハの後に楽屋を抜け出して来たっていうのに、『るるるるきゅ〜♡』の魔法をかけてもらって美少女に変身して、もうバンドも物書きもキッパリやめてメイドちゃんとしてこれからは毎日楽しくお給仕をして生きていくと固く決意してこの街にやってきたって言うのに」
「あのね、大丈夫、あんたの癖は無数の町子たちがこの街や小説やあんたの創作物の中で美少女として楽しくかわりにやっていくよ。私たち町子の群れはあんた自身でもあるの。でもあんた自体がこの世界からいなくなると、創造主を失った私たちもパッと全員消えてなくなってしまうの。あんたも町子よ、町子のひとりよ、でも沢山の町子たちの中で誰かひとりだけは現実の世界にいて幻想や夢や理想と現実、日常との乖離に日々葛藤し続けてもらわなければ困るの。それがこの世のバランス。悪いけど、それを、あんたがやってちょうだいね。どんな世界でも誰かがそんな役割を果たさなければならない。ね、そういうもんでしょ。身代わりを担ってください。言わば生贄としてね」
「なんだよそれ! わけわかんねえよエヴァンゲリオンか何かかよ」
「とにかくあんたは現実に戻って。日常を生きて。ほらそこの窓から川が見えるでしょう。あそこに飛び込めば激流に乗ってすぐお台場に流れつくわ。Zepp DiverCityにはシャワーもあるから、さっぱりしてライブに間に合うよ。さぁ、早く行って。行きなさい」
「なんでオレがその役割なんだよ。どうして誰かが貧乏くじを引かされなきゃいけないんだよ。なんでそれがオレなんだよ。みんなそう思ってるよ。不公平だろうが! ひでーよ。畜生。呪うぞコラ」
「いいから早く。ほら、日常が待ってるよ♡」
「呪ってやるからな、呪文を唱えてやるぞ。トコイトコイトコイ…」
「何それ諸星大二郎のマンガか何か? 呪文ならステージ上で唱えなさいよ。いくらでも呪ったらいいじゃない現実や日常をさ。ほら、行くよ、行きな、それっ」
小柄な体からは想像もできないメイドの力強い押し出しによって一気に窓際まで追い詰められた。ひゃっ、と悲鳴をあげてドボンと川に落ちる。そのままゴーゴーと水の流れのままに流れ流れてアッという間にお台場の海辺に打ち上げられた。誰ともわからない黒い服の人たちに囲まれてZepp DiverCityのシャワールームに放り込まれた。ザツと体を流して楽屋に戻るとメイク用の椅子の横でAさんが待ち構えていた。
「あれ、オーケンどこ行ってたの? もうライブ始まるよ。早く顔のヒビ入れちゃおう」と言った。
ワンチャンまだ幻想の中にいて、ひょっとしたら町子たちの街へもう一度戻れるのではないかと思ったが、椅子に座った僕にAさんが「でね」と話しかける。
「でね、オーケン、岡田さんがさぁ…」
最新情報アップデート。夢は終わる。現実が戻る。日常へ。ツアーファイナル。
※この連載はエッセイと小説の入り混じったものであり、場合によってはほとんど作者の妄想です
プロフィール
大槻ケンヂ(おおつき けんぢ)
1966年2月6日生まれ。1982年、ロックバンド「筋肉少年少女隊」結成。その後「筋肉少女帯」に改名。インディーズで活動した後、1988年6月21日「筋肉少女帯」でメジャーデビュー。バンド活動と共に、エッセイ、小説、作詞、テレビ、ラジオ、映画等多方面で活躍中。「特撮」、「大槻ケンヂと絶望少女達」、「オケミス」他、多数のユニットや引き語りでもLIVE活動を行っている。