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大槻ケンヂ「今のことしか書かないで」

百年の孤独

隔週連載

第18回

illustration:せきやよい

ここ数年、年末はCSの「緊急検証!シリーズ」という番組で「紅白オカルト合戦」の審査委員長を務めさせてもらっていた。

オカルトの識者たちが紅組白組に分かれ不思議トークをプレゼン、勝敗を競い合う催しの審査委員長である。バンドの知り合いには紅白歌合戦に出ているミュージシャンもいるというのに何をやっているんだね君は? との感もあるが毎年楽しかった。

ところが2023年は開催されないことになった。残念なので、代わりに新宿ロフトプラスワンでオカルトトークイベントを開催することにした。

「緊急!オーケンのほほん学校!真昼のオカルト紅白年末合戦」

ゲストに怪奇ユニット・都市ボーイズとオカルト編集者の角由紀子さんをお招きした。どちらもYouTube番組を持っていて大人気である。

角さんの番組「ヤバイ帝国」には様々なゲストが登場して毎回面白い。

最近の回には、医者に余命1年宣告されたがん患者が登場した。それを見て僕はゲラゲラと笑った。

映画プロデューサーの叶井俊太郎さんは、医師から膵臓がんのステージ3であることを告げられ、余命1年を言い渡された。50代。もちろんまだまだ若い。でも叶井さんはどうせ治らないなら仕方ないや、と抗がん剤治療を断り、以前と変わらずに映画の仕事をガンガン続けたのだ。

1年後、宣告余命は越えたけど、がんはステージ4へと進行していた。これで肝臓への転移があったら耐えられない激痛が来て、あとはモルヒネを打ってそのままの可能性もあるのだという。

ところがそれでも叶井さんが突き抜けて明るいのだ。達観されているのかわからないけれど角さん相手に面白トーク、バカ話の連発で見ていて思わずゲラゲラ笑ってしまう。

叶井さんはあの名作映画「アメリ」を買い付けて大ヒットを飛ばし、それによって木村拓哉さん主演のトレンディードラマのモデルにもなった凄腕の映画マンだ。

だけど実は「アメリ」を女性受けするおしゃれ映画だなんて夢にも思わず、てっきり女ストーカーのサイコ・スリラーだと思って買ったのだそうだ。そもそも他に叶井さんの扱っている映画が「人肉饅頭」とか「キラーコンドーム」とか「いかレスラー」である。

その流れで「アメリ」を買い付けていざ試写で観て「やべ、これ、いい映画じゃん、困っちゃったなぁ」と正直焦ったのだそうな。

そりゃ「ムカデ人間」とはまったく違う売り方が必要とされるであろう。ちなみに叶井さんはいまだに日本語字幕付き「アメリ」は見たことがないとか。

他にも主演俳優の舞台挨拶がドタキャンになったので代わりにヤギを出したとか、そしたらチャボもオマケでついてきたとか、バカ話がマシンガンのように角さん相手に繰り出される。

どこまで本当なのか盛っているのか。とにかくそんな明るくて破天荒な方だから、がんステージ4であっても悲壮感がサッパリ見て取れない。本当はたっぷりあるのかもしれないが、それを見せない。

すごいなぁ、バイタリティーがあるよなぁ、と感心していたらプラスワンのイベントの後、角さんを訪ねてきた出版社の方に1冊の本をいただいた。

「エンドロール! 末期がんになった叶井俊太郎と、文化人15人の“余命半年”論」

タイトル通りの対談集だ。

叶井俊太郎さんが付き合いのある映画界、音楽界、漫画家作家、その他の著名人、文化人に「もうすぐオレ死ぬんですけど最近どうですか?」と尋ねてまわるのだ。あとがきは叶井さんの4人目の奥様である漫画家の倉田真由美さんが書いている。

まぁすごい本で2023年に読んだ本ではこれはとても面白かったかな。叶井さんを始め、登場する人物の多くと僕が仕事をしたことがあるのが面白かった理由のひとつではあるかなと思うものの、奥山和由さん、岩井志麻子さん、中村うさぎさんといった、百戦錬磨過ぎる人々と末期がん真っ只中の男との対談集は、軽さとすごみとが混然一体となって「やべ、これ、いい本じゃん、困っちゃったなぁ」と正直焦った。

例えばバカ映画の巨匠「いかレスラー」の河崎実監督に「もう未練はないの?」とストレートに聞かれて叶井俊太郎はこう答えるのだ。

「うーん。死んだ後に、連載中のマンガが読めなくなるっていうのがね」

強がりなのか本音なのか。どちらにせよこの回答に対し、河崎実が「何読んでるの?」と重ねてたずねるところが、人の生死に対して気になるのそこかい!? とまた驚くわけだが、さらにもう一押し監督の「『チェーンソーマン』とか?」と具体聞きするところも最高だし「そう、そういうのも含めて、続きが読めないじゃん」と答える叶井も完璧なんである。完璧……何が? そしてそれなのに「寝て起きてさぁ、今日は生きてるってのに感謝してるけどね。楽しいことばっか、いつも思ってるんだよ。オレは。メンタルだよ。死んだらどうなるとか、考えることもあるけどさぁ、楽しいこと思い浮かべてさぁ、忘れちゃうんだよ、オレなんか」と、余命いくばくもないかもしれない友人に河崎実監督が淡々と言う。

叶井もそれに答える。

「河崎さんは、このままやってくださいよ。このままやってください、仕方ないですよ」

もう本1冊全部書き写したいくらいにどの対談もいい塩梅なんである。ユーモアとシリアスがギリギリのバランスを保っている。なんだろう、なんというか、これはきっとイキ、いや、高尚というやつである。

生や死について深く考えさせられるし、逆に、生や死については、それは本当は深く考える必要は無いんじゃないのか、という気にもさせる。倉田真由美さんのあとがきだけは悲しみと苦しみに尽きている。

15人のうちの何人かに叶井さんは「もし余命半年って言われたら何をしますか?」と尋ねている。

「あんたに言われたくないよ!」ってヤツだが、皆さんちゃんと答えていて、反応もそれぞれである。僕だったら何と言うだろう? と真面目に考えてしまった。

医者に……若い女医さんがいいなぁ「大槻さんの余命は残念ながら……」と告げられて「えー」と一瞬言葉を失っていると、僕よりずいぶんと年下なのだろう白衣の彼女がもう一押ししてくるのだ。

「余命を……さぁ何に使います?」

「えー……あ、えー……あの、えっと……そうだ、クリスマスの前にネトフリで『ラブアクチュアリー』を見たんです」

「あー、ラブコメの、たくさんの恋人たちが出てくる映画」

「そう、そうです。いろんなカップルの恋模様が複雑に描かれて、でもラストのクリスマスのシーンで全部それがひとつにまとまっていくっていう、実によくできたシナリオで、心から感心してしまった」

「私も見ました。いい映画です」

「完璧でした。そして思った。自分もこういう完璧な作品を作ってみたいなって」

「3カ月では無理でしょう」

「先生、サイコパスって言われません?」

「余命宣告の専門医ですねってよく」

「映画じゃなくていいんです。曲でも、小説でもコラムでも、こいつは完璧だ! って人々が思えるようなものを突貫で作ってみたいかな」

「ラブコメがいいの?」

「サイコ・スリラーでもホラーなものでもいいんです。『悪魔のいけにえ』って映画知ってます? あれも、完璧だ。怪人に家に引き込まれた女の人がボカっと殴られて倒れて足をバタバタ痙攣させる。バタバタ! バタバタ!! って。その"バタバタ"だけで人間の存在のはかなさを描ききっているように僕には思える。完璧に。そういうものを死ぬまでにひとつ残してみたい。『ラブアクチュアリー』と『悪魔のいけにえ』それを越えるものを余命尽きる前に必ず」

「『アメリ』と『いかレスラー』のほうがよかったね」

「え?」

「そこは今回の流れから行って『ラブアクチュアリー』と『悪魔のいけにえ』じゃなくて『アメリ』と『いかレスラー』の話にした方がこの原稿はうまくまとまったんじゃないの?」

「あ……まぁ、そうですね……その通りだ」

「『いかレスラー』が『人肉饅頭』でもよかったかな」

「ですよね……って、なんですか? これ?」

「初夢よ。もうじきこの初夢が終わって目が覚めたら2024年も数日目。あなたはまだまだ、まだまだ完璧なものを作るには未熟に過ぎるから、今年もまだ生きてもらって頑張ってもらいますよ」

「あ、はい、あ、あの、僕の余命の方は……?」

「そうね、とりあえず、百年にしときましょうか」

「長いね! 百年の余命!! ガルシア・マルケスか!」

「そりゃ百年の孤独な。とにかくもうすぐ初夢が終わり今年もあなたの日々が始まります。歌って、書いて、このままやってくださいよ。大槻さんは、このままやってくださいよ。このままやってください、しかたないですよ。それはね、あなたに限らない。今、これを読んでいるすべての人たちもですからね。みんなが、そう。しかたない。じゃあね」

白衣の女医さんがサッと一瞬で天に登って行ってお正月のまぶしい陽の光の中で「明けましておめでとう!」と言ったのだ。彼女は金髪の姫カットだった。だから皆さんも明けましておめでとう。ハッピーニューイヤー。本年もよろしくお願いいたします。ちなみになんですけど叶井さん、僕の母方の親戚は余命半年と医者に言われてから結局96歳まで長生きしました。

※この連載はエッセイと小説の入り混じったものであり、場合によってはほとんど作者の妄想です

プロフィール

大槻ケンヂ(おおつき けんぢ)
1966年2月6日生まれ。1982年、ロックバンド「筋肉少年少女隊」結成。その後「筋肉少女帯」に改名。インディーズで活動した後、1988年6月21日「筋肉少女帯」でメジャーデビュー。バンド活動と共に、エッセイ、小説、作詞、テレビ、ラジオ、映画等多方面で活躍中。「特撮」、「大槻ケンヂと絶望少女達」、「オケミス」他、多数のユニットや引き語りでもLIVE活動を行っている。

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