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大槻ケンヂ「今のことしか書かないで」

ライフ・イズ・ホラームービー

隔週連載

第20回

illustration:せきやよい

「配信喫茶オーケン」というイベントを始めた。

毎回おひとりゲストをお招きして彼の得意とするジャンルについて語り合う様子を配信するトークイベントだ。

第一回目はUMA研究家の中沢健さん、三回目はプロレス実況アナウンサーの清野茂樹さんをお招き。もちろんテーマはオカルトとプロレスになるわけである。

第二回目には声優の野水伊織さんをお招きした。いわずもがなアニメの話をじっくりと……と思えば、これが、違う。

トークテーマはホラー映画についてであった。

声優の野水伊織さんは、筋肉少女帯が作った「球体関節人形の夜」という曲を歌ってくださっている。作曲は野水さんからの依頼で「筋少に曲を作ってほしい女性声優なんているんだなぁ」とメンバー一同当時喜んだものだ。

でもその時はそんなに彼女とお話をしなかった。何年か経ってホラー映画のイベントで同席して『あ~野水さんホラー観るんだぁ』くらいに思っていたら、出演者がそれぞれフェイバリット・ホラーを紹介するコーナーで彼女がスチュアート・ゴードン監督の「フロム・ビヨンド」を出してきて『マジか!? よっぽどだなオイ!』と驚いてしまったのだ。

よっぽどグチャドロな80'sホラーである。さらに、トークが進むうちに『この方は相当数のホラーを観ておられる』僕などとても太刀打ちできない『ガチの人だ』とわかったのだ。いつかじっくりホラーの話をうかがいたいと思った。それで今回「配信喫茶」のゲストに依頼、快諾をいただいた。ありがとうございます。

事前に「お好きなホラーを10作」お知らせくださいとオーダーしたところ「今思いついたものを」と言って10作のタイトルを送ってくださった。

そのなかでの僕が見たことのあるのは「ラスト・ナイト・イン・ソーホー」と「デッドゾーン」のみだった。やはりいろいろ観ておられる。というか僕があんまり観ていない。こちらから送った10作のタイトルは「エクソシスト」や「シャイニング」とか古くてオーソドックスなものばかりだ。

ジョージ・A・ロメロ監督の79年日本公開映画「ゾンビ」も入れた。

「ゾンビ」は僕の、大仰に言えば人生に、大きな教訓を与えた映画だ。

地獄があふれて死者が歩き出し主人公たちはショッピングモールに追い込まれる。絶体絶命、未来はまるでない。でも彼らがとにかく徹底的に闘う。死に抗い、負けない。心が折れてもまた立ち向かう。その姿はホラーとかスプラッターとかをはるかに超越して「生きろ! ダメだと思っても生きてみろ。もし、もしそれでもダメだった時にも、生きようとした姿勢だけは見せろ。それが生きるということなんだ」何があっても死のうとか思うな、という強烈にポジティブな熱いメッセージをくれたように名画座で初めて観た時に感じだ。

だから今も「ゾンビ」の教えを胸に僕は生きているのだ。

観たのは高校生の時だったから、感性が若かったんだろう。僕は「ゾンビ」をきっと、青春映画として観たのだ。

……で、野水さんお薦めの映画のうち、まず「哭悲/THE SANDSESS」という台湾の映画を観たところ……一本目から心が折れた。死のうかと思った……狂気化ウィルスの大感染によって、殺戮、暴動、レイプその他が横行する地獄絵図をエンエンと描いた映画であった。

「人をヤな気にさせる映画」というジャンルは確かにあって近年では多分これは頂点なのではないかと思った。

人に「ヤな気分になった映画ってある?」と問うと「ビョークの『ダンサー・イン・ザ・ダーク』!」と即答する方が多い。

「『ミスト』のラストシーン!」という場合も多い。

近年は「『ミッドサマー』! でも好き♡」という人によく出会う。

僕としては「ありふれた事件」という92年のベルギーの映画が「オーケン選ヤな映画大賞」に長いことあったんだが「哭悲」はそれを軽く超えた。

「……野水さんこれ推すかぁ、よっぽどだぁ」と思いながらお薦め二本目「テリファー」を観て再び『死のう、もうこれは死んでしまおう』と思った。

いかれたピエロ・テリファーの手によるあまりにムゴい残虐描写の数々に、心がポキリと、猪木の関節技でやられたアクラム・ペールワンの腕のごとく折れたからだ。

「ぎ、ぎえええっ! やめてええっ」と観ていて何度か声を上げた。

ゴアシーン(残酷描写)について言えばそれこそ「ゾンビ」にもいくらでも出てくるのだけれど、過去のゴアと現在のゴアは技術などの進歩により質がまったく異なると感じる。昔のはオモチャっぽくてどことなく愛嬌がある。笑える。現代のものはとにかくリアルで隙がない。笑えない。エグい。

このゴアの変化については個人的に、98年のスティーヴン・スピルバーグ監督作「プライベート・ライアン」のノルマンディー上陸作戦の戦闘シーンを境に変わっていった印象がある。描写があまりにリアルで、ツアー先の京都の映画館で観てドン引いた記憶がある。

スピルバーグなんて大巨匠の監督にしかもヒューマンドラマで新しいゴアをやられてしまって、低予算ホラー映画制作勢はアレは本当に口惜しかったんじゃないかなと思う。その口惜しさがゴアの進化を産んだ? どうだろう。

マッド・ピエロのテリファーの狂行のルーツにノルマンディー上陸作戦があると考えるのは妄想であろうか。

それにしてもエグかったぜ「テリファー」。まったく、どうかしてるピエロはニューロティカのあっちゃんだけにしてほしいものである。

それでもとっても”野水さんセレクト“は勉強になる。

三本目は83年米映画「デッドゾーン」だ。これは昔に観た。スティーヴン・キングの原作をデヴィッド・クローネンバーグが監督した名作だ。

人の手を握ると相手の過去や未来が見えてしまう男ジョニー・スミスの孤独な闘いを、クリストファー・ウォーケンが演じている。観直したらものスゴイ傑作であった。

恋人と別れ、特別な能力をむしろ呪いと感じて苦悩する彼の苦しみ。しかしやがてすべてを受け入れ、たったひとりで闘いに挑もうと決意するジョニーの哀愁を、クリストファー・ウォーケンが、もうそこにいるだけで表現しきっていてスゴすぎて呆然としてしまった。

……ただ、悪いくせで、観ていたらまた妄想が始まってしまった。

いい映画であればあればこそ、僕はその映画のサイドストーリーを妄想してしまう。観ている最中にだ。困ったものだ。

手を握るだけで相手の過去未来が見えてしまう男。彼がもしミュージシャンや作家だったりで、リリイベ……リリースイベントとして、握手会に出ることになったなら、一体どうなってしまうのだろう。と、いらぬ妄想が始まってしまったのだ。

僕はミュージシャンも作家もやっているので、たくさんの握手会をこれまでやってきた。コロナ禍でここ数年パッタリ止めているけれど、やっていた頃は一回に約200人くらいの人の手を握ってきた。

もしクリストファー・ウォーケンならぬ僕オーケンに、ジョニーの超能力があったなら大変だ。一回に約200人もの過去未来が見えてしまうとしたならどうだ。ありとあらゆる人間ドラマがそこにはあって、もしかしたら、そう……テリファーみたいなやつに血まみれにされて殺される人の未来も見えるのかもわからない。

「大槻さん、いえ大槻先生! 『今のことしか書かないで』書籍化おめでとうございます! サイン&握手会とってもうれしいです♡ 先生ッ♡」

「ああ、いやどうも、あはは、コロナ禍も過ぎたので久しぶりにね。僕の読者にしたら君は随分と若いね。うふふ、金髪よく染まってるね。甘ロリちゃんかな?」

「どっちっつーと今日の服はゴスロリでっす」

「ああそう、握手は左手で? 左利きかい? ♪わたっしのわたっしの読者は~左き~き~、なんつってね。知らないか麻丘めぐみ、あはは……う、ううっ……ああっ! うああっ!!」

握手会に来てくれた少女の左手を握った瞬間、見えてしまったのだ。彼女が血まみれになっている姿が。キラリと光るナイフまで見えた。

やばい! この直後、多分この帰り道、彼女は誰かに襲われる。それが見えた。

「ううっ! ……君、生きろ! 何があっても生きろ」

言われて少女は「は?」という表情になって僕の著作を抱えて去っていった。

僕は握手会が終わるやいなや会場の書店を後にして新宿の裏道へ彼女を探して走り回った。

手を握った時に見えた“絵”によればそれは何度か行ったことのあるロールキャベツを出すレストランがある裏道だった。

駆けつけると金髪ゴスロリの少女が立っていた。

「大丈夫か!?」と声をかけると彼女がタタタッと走り寄ってきてナイフで僕の胸あたりを一突きした。

パッと僕の内から鮮血が飛び散って少女のゴスの服を真っ赤な点々で一瞬にして染めてみせた。

「えっ!? そうか、返り血だったんだ! 浮かんだ血まみれの君の姿は……でも、なぜ? なんで?」

「ホラー映画は不条理が肝心だからよ。自分に落ち度があるとは思えないのにヒドい目に合う。恐怖に巻き込まれ、襲われ、時に無惨に殺されさえする。そんな、この世界の不条理を、誰にでも起こり得るリアルを、ゾンビやピエロに象徴させて、物語りに置き換えて、教訓として教えてくれる。それが、ホラームービー」

「なるほど……不条理と教訓を教えるホラームービーはまさに人生そのもの……ホラー映画こそが人生……それで死ぬのかオレは、死ぬんだね」

すると姫カットの彼女が言った。

「生きろ! もうダメだと思っても生きてみろ。もし、もしそれでもダメだった時にも、生きようとした姿勢だけは見せろ」

それが生きるということなんだと教えてくれる。だからある意味、ライフ・イズ・ホラームービー。

※この連載はエッセイと小説の入り混じったものであり、場合によってはほとんど作者の妄想です

プロフィール

大槻ケンヂ(おおつき けんぢ)
1966年2月6日生まれ。1982年、ロックバンド「筋肉少年少女隊」結成。その後「筋肉少女帯」に改名。インディーズで活動した後、1988年6月21日「筋肉少女帯」でメジャーデビュー。バンド活動と共に、エッセイ、小説、作詞、テレビ、ラジオ、映画等多方面で活躍中。「特撮」、「大槻ケンヂと絶望少女達」、「オケミス」他、多数のユニットや引き語りでもLIVE活動を行っている。

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