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大槻ケンヂ「今のことしか書かないで」

その時僕は前衛だった

隔週連載

第24回

illustration:せきやよい

たまに天才と共演することがある。もちろん死にもの狂いの努力もされているだろうけれど、持って生まれたとしか言いようのない異能の持ち主というのは確かにいて、やっぱり天才なわけである。

先日、吉祥寺で共演したピアニストのエディーこと我がバンド・特撮の三柴理や、浅草でツーマンライブを行ったシンガーソングライターの大森靖子さんのふたりなどは、紛れもなく音楽の天才なわけである。

吉祥寺も浅草も彼らが僕より先の出順であった。その天才の演奏の後に登場して弾き語りをするというのは結構ハラハラするものだ。

でもそんな時にはあるふたつの心構えを持ってすればなんとかなると思っている。

ひとつは、シレッとしていることである。

『すごい人の後に出てきちゃいましたけど何か?』──まるで気にしていないですよーという表情でシレッと出ていくと、お客さんも「おや、彼はシレッとしているな。そういうものかな、じゃ、ま、それでいいか」と思ってくれるものなのである。または、思ってくれているとこっちが思えるので、シレッとは重要なんである。

もうひとつは『自分も何かの異能の所持者なのだ』と強く自覚することである。

もしも天才ではなくても、何らかの突出した異能を所持しているからこそ、天才と場を共にしているのだ、という自信自尊心を持つことは、音楽のみならずどんな場でも誰にとっても大事なことだと思う。

天才はそれを察して必ずフォローを入れてくれる。吉祥寺でのエディーもそうだった。彼の演奏の素晴らしさをライブ後半セッション時にステージで讃えると、すかさず彼は「いや」と言って返してくれた。

「いや、大槻の弾き語りだってすごいんだよ。拍とか何拍子を弾いているのかとか全然わからないけど、もう前衛だよ。もう大槻というジャンルなんだよ」

そ、それは一体ほめてくれているのか何なのか微妙な感もあったものの、でも、僕を異能の所持者として存在を認めてくれてはいるのだ。名誉なことだ。ありがとうエディー。そうか、俺、前衛なんだ……。

浅草では大森さんの弾き語りの圧倒的魅力をライブラストセッション時に舞台上で本人に訴えた。

大森靖子さんはありがとうございますと言った後ふと「他に大槻さんがこの人は天才だと思った人っているんですか?」と尋ねた。

え? と思って『ここで他のミュージシャンの名前を出すのも何だな』と考え、異業種でどなたか、と脳内検索したところ、こんがらがって明らかに人選を誤ってしまった。言った。

「長嶋一茂」

「……一茂……?」

「あの、えっと、テレビタレントをやらせてもらっていたころ、長嶋一茂さんの何事にも物怖じしないところが間近で見ていてスゲー強烈だったんですよね。で、この人はすごいな~天才だな~と……」

もう少し他に誰かいなかったんですかという話である。すみません前衛なもので。(でも一茂さんは天才です)

浅草のちょっと前には大阪に行ってきた。服部緑地野外音楽堂で行われた「服部フェス2024」に弾き語りで参加したのだ。

到着するとステージでは首振りDollsが演奏中だった。続いて眉村ちあきさんが登場した。

舞台の裏から覗くと眉村さんが4月の空に向かって一直線にウアアアアー!と声を張り上げている真っ最中だった。その声をファルセットにスッと移行してフウウッとまだまだ雲の向こうにまで響かせていく。パワフルかつ繊細な歌声ですごい。フェスなどで見る度にいつも眉村ちあきは天才だよな~、と思う。

間違いない。だってステージから楽屋に戻ってきた彼女に「すごかったよ! すごいいい。本当にいいね」と連発したところ返って来た言葉が「ありがとうございます大槻さん。じゃ、本番やってきます」だったのだ。

僕が『すごい! 天才』と思って観ていたのは彼女の公開サウンドチェックの姿だったのである。

「あ? サウンドチェック? あ、これから本番」

まぁサウンドチェックだけで天才を感じさせる眉村さんがやっぱりスゲー! という話ではあるが「オーケン、あんたちゃんとステージ観ちゃいないでライブ感想まくし立てただろう」という話でもあるな。

「前衛ですから」とまた弁明をさせていただこう。

そしてこの日も眉村ちあきさんの出演後に僕はシレッと登場して「自分も何かのすごい異能の所持者なのだ」と強く自覚しながら弾き語りをしたのである。

お客さんがとても盛り上げてくれた。急遽ラスト曲を、用意していたダークなものからブルース・フォークの名曲「プカプカ」にその場で変更して、ヤンヤの拍手の中でライブを終えることができた。

ニコニコでギターを置いてイスから立ち上がりふり返ると、ステージ上に夢カワなスカート姿の三つ編みの娘がいて、僕に歩み寄って来るのが見えた。

共演のアイドルグループの誰かが僕のライブに感動して思わず舞台まで出て来たのであろうか。もしかしたら『このおじさんすごい! 初めて見るけど天才!』と思ってくれたのかもしれない。

『そりゃ悪い気がしないねぇ』と手を差しのべシェイクハンド『おや、結構この娘は握力があるなぁ最近の子は元気だからなぁ』と思ったところ、なんとその娘さんが全身をこちらにフワーッとかたむけてきたではないか。

『えっ? マジか? ありなのか? それ? ハグ!? え、おじさんと? いいか前衛だから。前衛は関係ないか』と、わずかゼロ・コンマ何秒かの間に考えた。そしてハッと気づいた。

「この娘さんは娘さんじゃない。男だ」

服部フェスはアイドルグループ「くぴぽ」が主催しているフェスである。くぴぽは女子アイドルグループなのだが、まきちゃんこと服部真希さんというメンバーがいる。この方が女装した大人の男性なのである。

多様性の時代だから、とかいうこととは意味合いがちょっと異なるのだろうと思う。元々まきちゃんはお笑い芸人さんをやってらしたそうだ。

後にアイドルプロデュースをするようになり、そこから流れ流れた果てに自らも女子アイドルの扮装でアイドル活動を始め、服部フェスを主催するようになったのだそうな。人生いろいろである。

その彼氏が、フワッとこちらに体を寄せてきたので流れ流れの果てで僕もそれをガチッと受け止めた。するとなんでしょう前衛でしょうか夢でしょうかこれ? 春の日の昼間から人々の見守る中、特攻服を着たおじさんと三つ編みにしたおじさんとがヒッシと抱きしめ合ったものである。

『前衛だもの仕方がない。多分』

熱い抱擁の後に楽屋に戻り、私服に着替えメイクも落とした。ステージではクリトリック・リスの演奏が始まった。クリトリック・リスはスギムさんというスキンヘッドで全裸に近い半裸のおじさんがカラオケなどで歌いまくるという独自のスタイルだ。まぁほぼ前衛である。

この日もグワーッ!とスギムさんの叫ぶ声が楽屋まで響いてきた。

『スギムさんも異能の人だよなぁ』と感心していると、突如楽屋の扉がババーン!と開いて、太陽のような満面笑顔の眉村ちあきさんが現れて「大槻さんもたこ焼き踊りませんかっ!」と言った。

「へ? たこ焼き?」

「たこ焼きダンスを踊りましょう!」

なんだか全然わからないんだが眉村ちあきさんがさらに「大槻さんたこ焼き踊りましょうね」とお日様のような笑顔で誘うのでもうこれは断ることは不可能だと理解した。

こっち!といいながらスタタタッとステージへ駆けていく眉村ちあきさんの後をヨレヨレッと追いかけていくと、ほぼ全裸のスギムさんが「たこ焼きダンス」みたいな歌を大熱唱している最中であった。

「たこ焼き~た~こ焼き~」と、裸のおじさんが汗水流しながら歌ってるその周りを、眉村ちあきさんやまきちゃんや、ミュージシャンの後藤まりこさんまでもがいて腕をグーパー、足を曲げ伸ばししたりして「たこ焼きダンス」らしいものを踊っていた。客席でも沢山の人々がたこ焼きダンスに興じていた。酒のカンを握っている人も多数いたように見えた。

一瞬オレはどんな状況にいるのか?と焦ったが、宴もたけなわである。もう逃れる術はない。

狂騒に不意に投じられた時は一体どうしたらいいのか?

これが意外に、その心得は天才と共演する時と同じなのである。

シレッとその輪に入り、自分も何かの狂気に満ちていると強く自覚することだ。

桜の咲いた春の日の公園の野外音楽堂で昼間から、手をグーパー、足を曲げたり伸ばしたり、たこ焼きダンスを皆で踊った。そして、ハッキリと、その時僕は前衛だった。

※この連載はエッセイと小説の入り混じったものであり、場合によってはほとんど作者の妄想です

※次回の公開は4月24日(水)予定です

プロフィール

大槻ケンヂ(おおつき けんぢ)
1966年2月6日生まれ。1982年、ロックバンド「筋肉少年少女隊」結成。その後「筋肉少女帯」に改名。インディーズで活動した後、1988年6月21日「筋肉少女帯」でメジャーデビュー。バンド活動と共に、エッセイ、小説、作詞、テレビ、ラジオ、映画等多方面で活躍中。「特撮」、「大槻ケンヂと絶望少女達」、「オケミス」他、多数のユニットや引き語りでもLIVE活動を行っている。

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