大槻ケンヂ「今のことしか書かないで」
医者にオカルトを止められた男
隔週連載
第25回
先日、筋肉少女帯のイベントを渋谷で行った。
メンバーが全員集合。でもバンドとしての演奏はせず、各々がソロまたはデュオで曲を聴かせるという形式だった。僕はこういう時に妙なヒネクレ根性が出てしまう。筋少の曲を数曲にとどめ、特撮やオケミスなどほかで参加してるバンドの曲を多めに歌った。
『そこは筋少の曲をやるべきだよなぁ』
若干思ったが、筋少ベースの内田君が登場するや西城秀樹「傷だらけのローラ」を朗々と歌い出したので『俺なんてまだまだだな』と妙な反省をしたものである。
ちなみに「ローラ」をフランス語で歌っていた。俺、まだまだだ。
全員揃ってその場面では5月に発売となる筋少最新曲「医者にオカルトを止められた男」の宇宙最速試聴会を行った。
会場に新曲を流してお客さんと一緒にみんなで聴くのである。もしかしたら中には「買うまで新曲は聞きたくなかった!」という方もいたかもしれないのだが、そこは『新曲ハラスメント』ということであきらめてください。と言って爆音で流してしまった。作曲はギターの本城、僕が作詞をしている。
作詞。これまで何曲してきたことか。かなりの数だ。大概は曲が先にあってそれに詞を付けていく、曲先というスタイルだ。デモテープで曲をもらって、すぐにピンと来る時もあらば正直まったく来ない時もある。
ピンと来た時はもう一瞬で曲が体の中にるるるるきゅうっと入って来て、目の前に世界が浮かび上がり、早ければ一時間くらいで書けてしまう場合もある。
逆に、デモテープを聴いてまるでピンと来ない時というのは……これは本当に何も浮かんで来なくて何日もウンウンうなることになる。今回の新曲の場合がまさにそれだった。
これは曲が悪いのではなくて、曲の世界とのアクセスポイントを発見できないこちらの側の責任なのだと思う。
「うーんうーん」と実際に声に出してうなり続けた。3日も4日も。そういう時は一回落ち着いて、こう考えることだ。
「自分が今本当に訴えたいことってなんだろう? それを感じて、書けばいいのではないのか」
真面目に言ってしまって恥ずかしいんですけども、マジそこなんである。自分のバンド以外の曲に書く時もそこだけは外すべきではないと思っている。
自分の本当に言いたいことを自らの内から探し出す。そしてもうひとつ、こう考えることだ。
「自分が書いて面白くならなかったことはない!」
いや実は『ん~、まとまらなかったなぁ』ってこともぶっちゃけたまにはあるんですね。それでも何かにトライしようとする時は、そう思った方がいいと思うのだ。少しでも前進するきっかけになるからだ。
これは作詞に限らずどんなことに対しても、そして誰にでも当てはまることかと感じる。
このふたつを心がけて、あとは曲世界と自分の内面とをつなぐリンク・ポイントをひたすら探すのだ。そのために本を読む。街を歩く。スマホをいじる。人に会う。何でもする。自分を信じる。酒を飲む。映画を観る。酒を飲んで映画を観る。新作も古い映画も観る。83年の「デッドゾーン」まで観た。そしてクリストファー・ウォーケンが、他人の手を握るとその人の将来が見えてしまうという、奇妙な超能力者の男を演じ、彼のたどる悲劇を描いたこの映画を観ていた時、ふとこんなことを思った。
『この人、自伝本を出してサイン会やることになったら大変だろうなぁ。だって握手する度に相手の未来が見えちゃってさ……って、あ、ああっ! それだ!!』
とテレビの前で声を上げてしまった。それと同時に、るるるるきゅうっと僕の中にひとつの妄想の光景が入って来た。それはこんな光景だ。
――まだ10代の少女アイドルが初めてのイベントを前に胸高まらせている。
彼女の所属するアイドルグループが週末の午後にチェキ付き握手会を開催することになったのだ。グループは地下アイドルなので握手の時間もそれなりには取ることになっている。
『でも大丈夫、“力”をセーブしていればきっと“見えない”わ』
と彼女は思う。彼女には握手会に向けてひとつの心配事があった。
彼女は他人の心が“見える”のだ。
体を触れ合ってわずかもすれば相手の隠している真の素性のようなものがクッキリと脳裏に映像として浮かんで見えた。いわゆる超能力の所持者なのであった。
それが原因で半年前に彼女は恋を失った。渋谷での映画デートの帰りにきゅっと街角の陰で男子に抱きしめられて数十秒の後、ハッキリと、彼女のよく知る同級生の少女が、まるっきりの裸で、やはりまる裸の今目の前にいる男子と、絡み合い求め合っているクリアな映像をまじまじと脳裏に観てしまったからだ。
「ね? どうしたの? 驚いた顔して」と尋ねた少年に少女は「……他の子を抱いてあたしも抱いていい気なもんだね。あの子……あたしとも寝てるから」と、自分でも思いもよらぬことを口にして、さよならと付け加えてその場から走り去った。
『なんだ? それは?? あたしとも? あたし百合か?』
と自分でも思いもよらぬ捨て台詞に半ば呆れて「ぷっ」と吹いた後『こんなんじゃ握手会はどうなっちゃうんだろう?』また心配になった。
そして浮気の彼氏のことよりも『あの同級生の女の子のまる裸、すごい綺麗だったなぁ』と渋谷の街をタタタっと走りながら彼女は思った。
握手会当日、少女の予想していたよりはるかに少女の能力は強かった。
彼女なりにセーブしていたつもりが、全然ダメ。手を握るやいなや相手の心や思っていることが、スッと掌から入ってきて脳を通じて視覚が捉え、映像となってガンガンに見えてしまい少女はその刺激に何度もしびれちゃって白目を剥いた。
「町子ちゃんは変顔が上手い。やっぱ神!」と、少女のしびれ白目顔はオタクたちに好評であった。
『そんな感心されても一ミリもうれしくないワ!』
と、町子という名のアイドルは思った。
ただ『意外にも』と思ってはしまったが、オズオズと町子の手を握るオタクたちの心はおおむね誠実なものであった。
素直に喜びと感謝と『町子ちゃんマジかわいい超神!』という賞賛の想いにあふれて満ちていた。
それで『人間ってそんなに悪いもんでもないな』と少女が楽しい気分になって、こんな時にいかんいかんと思いながら、同級生女子の真っ白でヒクヒクと痙攣しているまる裸をボンヤリと思い出していた時、無差別殺人者が彼女の手を握った。
握った瞬間に今まで彼に殺されてきた人たちの泣き叫ぶ声や血まみれの姿など無惨極まりないビジョンがパーッと彼女の前でイタリアの名画か何かのように広がって見えた。
手を握った男はまだ少年といってもいい若さで、ちょっと、いやかなりのイケメンだった。ニコッと町子に笑いかける。
町子は、津波のように注ぎ込まれる少年からの地獄絵図を多少でもせき止めるために、強く、強く、まる裸の女子同級生の真っ白でぴくんぴくんと痙攣している姿を思い浮かべたが、太ももの内側にぽちっと二重星のようにあるふたつのほくろを“見て”さへも無惨絵の濁流を止めることは困難だった。
握手会に並んだ美しい少年から見せられる殺人のビジョンは色濃く、血みどろで、かつイメージのエッヂが鋭い。町子の女子同級生の首をスパッとはねて、まる裸の首から下と切断してみせた。生首はコロコロッと転がって町子の意識の視界のすみで止まった。
「町子ちゃ~ん、あたし首だけになっちゃった~、まる裸の体こっそりクローゼットに隠してもいいよ」すぐに腐るけどね~、と幻視の生首が言った。
町子は『この男はあたしがなんとかしなきゃいけない』と握手をしながら思った。
『あたしがなんとかしなくちゃ。こいつは、また殺る。必ず次から次へ殺るやつだ。あたしがそれを止めなけりゃ。それに、こいつはあたしの能力を知っている。だから今日ここに来たんだ』
そう思って、握った手に力を込めて、少年だけに聞こえる小さな声で言った。
「わたしの力をわかってるんだね。わたしの他にあんたがやべーやつだってこと知ってる人はいるの?」
「町子ちゃんの他にはひとりだけね。リンゴチジョってやつが」
「何それアイドルグループの名前かなんか? まぁいい、それよりあんた、また殺るよね。必ず人を殺すよね」
「どうだろう……次は君をかもしれないよ」
「そのつもりだろうね。口封じだよね。でも、町子は殺られない。それどころか逆にあたしがやりたいことをあんたにやってやる。あたしは自分が本当にやりたいと思ったことをやる。そしてあたしがやりたいことをやっておもしろくならなかったことなんて一度もないの」
「おもしろいこと? 何をやる気なの? どうするの? 皆が見てるここで?」
「こうするのよっ!」
少年の手を握ったままグイッとその腕を引っ張って町子が彼の首筋にガブッ!と噛みついたものだから、イベント会場は大混乱となった。もちろんイベントは即中止。
町子はグループを強制卒業させられることになった。
騒動の最中に少年はコツ然とその場から消え失せた。
翌日、町子の同級生女子の生首が老人ホームの隣の空き地に置かれてあった。真っ白なまる裸の死体は数日後に歌舞伎町のメイドカフェ「雲雀の舌のゼリー寄せ」の裏から発見された。首はなかったが太ももの内側に二重星のようなふたつのほくろがあった。
町子は泣き、怒り、でもすぐ決断した。
「あたしのせいであの子は殺された。あたしがあの時あいつの首を噛みちぎっていればあの子は救えたし、これからあいつに殺される人たちだって救えたんだ。だから、あたしはソロ地下アイドルとしてこれからもたったひとりでも握手会を続ける。この手で、邪悪、っつったら中二っぽいけど、そう、邪悪な人間をひとりでも多くこの町子の掌を使って見つけだして未然に凶行を止めてみせるために。だってそれが町子のたったひとつのこの世界とのリンク・ポイントだから。サイキックアイドル握手会を全国津々浦々で町子はこれから始めるんだ」
この中二的発想(とは言え町子は数年前まで実際に14歳であった)に「ならば同行しよう」と申し出る者がひとりあった。
彼の歳はアラ還。町子としてみれば「パパ」を超えて「おじいちゃん」と呼んでもいい初老の男だった。
やせて背が高く猫背である。もともとは筋肉なんちゃらとかいうバンドをやっていたらしいが、趣味のオカルト好きが興じて、超能力少女アイドルのマネージャーを買って出たのだ。
彼は一時期、生活に異常をきたすほどオカルトにのめり込み、ついには心療内科医にオカルトをドクターストップされた過去を持つのだが、ついに本物のサイキッックに出会ったことで「医者にオカルトを止められた男」はやはりオカルトに呑み込まれてしまったということだ。
「でも、自分が本当にやりたいことをやって来た結果ですからね、いいんです。そして自分が書いておもしろくならなかったことはないので」という妙な思い込みの持ち主でもあり、町子とのサイキックアイドル握手会全国津々浦々ツアーのことを、読みものとしてこと細かく記録しておくつもりでいるようなので、これからおいおい、ブログとかnoteとかもしかしたらぴあのWEB連載とかで皆さんも読むことができるようになるかもわからない。
それは町子と医者にオカルトを止められた男とのふたり旅のストーリーになるのだろう。変な相棒同士の道行き。だから、そう、これは意外にバディーものなのだ。ふたりの闘いの物語りは、これからだ!
そんな内容の歌詞を書いたので、よかったら筋少の新曲を検索してみてくださいね。
※この連載はエッセイと小説の入り混じったものであり、場合によってはほとんど作者の妄想です
※次回の公開は5月8日(水)予定が5月22日(水)に変更になりました
プロフィール
大槻ケンヂ(おおつき けんぢ)
1966年2月6日生まれ。1982年、ロックバンド「筋肉少年少女隊」結成。その後「筋肉少女帯」に改名。インディーズで活動した後、1988年6月21日「筋肉少女帯」でメジャーデビュー。バンド活動と共に、エッセイ、小説、作詞、テレビ、ラジオ、映画等多方面で活躍中。「特撮」、「大槻ケンヂと絶望少女達」、「オケミス」他、多数のユニットや引き語りでもLIVE活動を行っている。