大槻ケンヂ「今のことしか書かないで」
階段の途中、少女たちは手を握り合う
隔週連載
第26回
illustration:せきやよい
施設に入居している母の見舞いをした後、タクシーで新宿に向かった。
母は元気で「賢二、ロックは疲れるから辞めな、他の事をしな」などと笑った。「他の事」は「本を書け」や「テレビに出ろ」など毎回変わる。今回は「えーっと、なんだっけ、アレだよアレ、アレやりな」とのことであった。なんだろう?
タクシーでは中年の運転手が「お客さん、アレ知ってます?」と話しかけてきた。なんだろう?
「お客さん、アレ、アレですよ、天安門事件」
意表を突いてくる。
「アレ、天安門事件。市民が戦車隊の前に立ちはだかる有名な写真あるでしょ? アレ、実は中国政府側のプロパガンダの為のフェイク画像です」
新宿まで約15分程の距離である。ちょっとそいつはネタが大き過ぎやしないかと戸惑っていると、彼は天安門フェイク説をとても簡潔に解説してから「それとね、アレ」と話を変えた。
「プーチンが大統領になれた理由、知ってます?」
また大きく出る。
しかしこれもエリツィンとの関係性をコンパクトにまとめて次の話題へと移ってみせた。
「で、アレ、帝銀事件ね、真犯人は平沢貞通じゃないよね」
ないよね、と言われても。
もう新宿のドンキが見えてきたというのに、真犯人は元731部隊員説を論じ始め、さすがにドンキ前に着いてもうないだろうと思ったら「アレ、あの国の拉致、実はまだ続いているよ。50代日本人が各地でさらわれて戸籍を盗まれてなりすましのスパイが町中にいるんです。気をつけてね」とのことで、50代日本人として御忠告ありがとうございますのタクシー15分間4大衝撃の真相なのであった。あ、レシートはください。
新宿では筋肉少女帯の新曲「医者にオカルトを止められた男」発売のイベントがあった。
メインは筋少メンバーが揃ってのまたしてもカラオケ大会。
母の教えに従ったわけではないけれど「ロックは疲れるから辞めな、カラオケにしな」ということであろうか。
本城が郷ひろみ、内田がヒデキ、橘高がLAZYを熱唱した。昭和だ。僕は「医者にオカルトを止められた男」を歌った。
この日は「医者にオカルトを止められた男」のリリック・ビデオも公開され、当連載の前回で紹介した歌詞内容を基にしたイラスト映像が流された。
サイキックアイドルはアニメ調のキャラ・デザインで、彼女とこれから旅をすることになるマネージャー役の男は、僕をモデルにして描かれていた。
「私、ちょっと可愛く描かれ過ぎてない?」
と、町子ならそのVを観て感想をいうかもしれない。
「町子はもうちょっとアレ、調子に乗ってる小悪魔系なんだけどな。あんな清楚じゃないよ」
「広く大衆に受け入れられるためには毒気は微量にした方がいいんだよ」
「ふーん、お酒で言うとレッドアイくらい?」
「飲むのか? レッドアイ? 未成年だろ?」
「去年辞めた。今はチョコ依存症。町子は正直ゴディバとかマルコリーニとかよりチョコボールが好き。ピーナッツのやつ。やべぇ人の手を握った時は毒消しに一粒チョコを口に放り込むんだ。そうすればちょっと気分がましになる」
「疲れたか? 握手会、各地を回ったな」
「平気。逆につかれてない? おじーちゃんは?」
「おじーちゃんじゃない! マネージャーと呼べ。大丈夫だ……首腰膝は痛いが……」
「まだバンドの方もやってるんでしょ? ロックは疲れるから辞めな。ホラ、階段、かんばって上って、ホームまでまだ歩くよ。なんだったら手を貸すよ」
町子がそう言ってマネージャーの50がらみの男の手を軽く握った。
「大丈夫」と言って振り払おうとした男の手を少女は離さず。逆にギュッと強く握りしめた。そしてニタッといたずらそうに笑った。本人としては小悪魔的に微笑んだのかもしれない。ローカル線のホームに上る階段の途中で男が「うっ」と呻いた。
「おい町子、今オレの心の中を“読んでる”な」
「そういえばおじーちゃん……マネージャーの心を読んだことなかったなとふと思ってね。“見て”みるね」
「おい、よせ! プライベートだ」
「平気平気、踏み込まないよ……ふ~ん、落ち武者のナマさんっていい人なんだね」
「十分踏み込んでんじゃねぇかよ!」
「パパ活してる? 若いコと鳥貴族行った? 六本木の」
「いや、あれは、そういうわけじゃ、その」
「町子もトリキ好きだよ。ふ~ん、あ……ピアノが上手かった女のコは恨んでなんかないと町子は思うな」
「おいっ」
「あっ……ちょっと待って」
キャリーケースを引きずったブロンド(ややくすんでいる)前髪パッツン少女が、ローカル駅の階段の途中で痩せた背の高い中高年男の手を握ってハッと何かに驚いた表情を見せた。
階段を昇り降りする人たちが数名いぶかしげに彼女を見る。少女はそれには気付く様子もなく、やや白目を剥いて、初老オタクファンたちが「町子ちゃんのGMKゴジラ」と叫ぶ変顔になってヒクヒクと小刻みに全身を震わせた。
「おい町子、大丈夫か? オレの中に一体何か見たのか? 何を見た?」
町子がパッと男の手を離した。列車がもうすぐ駅に着くとホームにアナウンスが入った。町子は意表を突くことを言った。
「ロッテリア!」
「え? ロッテリア?」
「ロッテリアとラーメン屋」
「え? なんだ?」
「ロッテリアとラーメン屋さんが一緒になっているところ、おじさんの心の中に見える」
「ロッテリアとラーメン屋が……、あ、……茂原?」
「そこでおじさんはラーメンを食べたね」
「ああ、千葉の茂原駅のフードコートか。そう、あそこロッテリアとラーメン屋が一緒になってるんだよ。え? それが何か?」
「そこで若い男のコとラーメンを一緒に食べたよね」
「いや、おごってあげたんだ。そこはハッキリ言っておきたいね。アレはおごりだ」
「その男だよ」
「どの男?」
「一緒にラーメンを食べた若い、きれいな顔をした若い男のコ」
「ああ、あいつか。二代目を断ったやつだ」
「あいつだよ。今、町子はそいつの顔を見た」
「へ? 何? どういうこと?」
「おじさん相変わらず勘が鈍いね。そいつだよ。連続首切断殺人鬼は、おじさんが茂原でラーメンを一緒に食べた、そいつだよ。握手会にきたあいつと、間違いない。町子が握手会で会って噛みついてやったやつと、同じ顔だ」
「……なんてこった……、……え、え~!? そうだったのか! あいつなのか!?」
その時列車がホームに入った。ドアが開き、そこからひとりの、町子と同じ歳くらいの黒髪の少女が列車から出てきた。彼女はアイドルの衣装のまま移動してきた町子を見て、「あっ」と叫んで駆け寄って来た。タタタと階段を下り、勢いのあまり町子より数段下に降りて、自分より背の低い町子を、少し見上げる体勢となって町子に言った。
「七曲町子さんでしょ? あなたの握手会ツアーの行程を追って今日必ずこの駅に来ると思ったんだ。よかった。本当に会えた。私は、あの、私は、あっ……名乗らなくても、こうすればわかるんだよね」
町子に手を差し出した。町子がその手を握り返した。階段の途中、少女たちは手を握り合う。そして一瞬またGMKゴジラ状の白目顔になった後、町子はつぶやいた。
「わかるよ。あなたがリンゴチジョちゃんだね」
※この連載はエッセイと小説の入り混じったものであり、場合によってはほとんど作者の妄想です
※次回いよいよ連載最終回へ
そして2023年5月からスタートした「今のことしか書かないで」が今秋書籍化決定!!
詳細は決まり次第エンタメサイト「ぴあ」にてお知らせします。お楽しみに!
プロフィール
大槻ケンヂ(おおつき けんぢ)
1966年2月6日生まれ。1982年、ロックバンド「筋肉少年少女隊」結成。その後「筋肉少女帯」に改名。インディーズで活動した後、1988年6月21日「筋肉少女帯」でメジャーデビュー。バンド活動と共に、エッセイ、小説、作詞、テレビ、ラジオ、映画等多方面で活躍中。「特撮」、「大槻ケンヂと絶望少女達」、「オケミス」他、多数のユニットや引き語りでもLIVE活動を行っている。