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大槻ケンヂ「今のことしか書かないで」

連載最終回 今のことしか書かないで(前編)

隔週連載

第27回

illustration:せきやよい

「そう、私はリンゴチジョ。ね、町子さん、リンゴって呼び捨てにして。歳も同じ歳だし、去年まで私も金髪にしてたんだ」

「うん、わかったリンゴ。じゃ、私も町子って呼び捨てね。黒髪にはちょっと憧れてる」

「ねぇ……町子、ねぇっ、ねぇっ」

「うん、リンゴ、うんっ、うんっ」

ふたりは互いの名前を呼び合うと、握っていた手を引き合った。リンゴが階段を二段駆け上がって、そうしてゆっくりと互いの体を抱きしめあった。

同じ高さの階段に並んで抱き合うと、リンゴのほうが町子より頭ひとつ背が高かった。しかし、いずれも美しい少女たちだった。

美しい少女たちは抱き合いながら見つめ合い、意外にも気の強そうな町子の方から、とろん、と目を半分閉じて口元の力をゆるりと抜いてみせた。いきなりのキス待ち顔に一ミリも動揺することなく、リンゴは町子の金髪の頭をやわくホールドすると、そーっと唇を合わせた。

そのまま、ぎゅっ、ぎゅっとふたりの唇と唇とが密に接していって、くっついて、もう、ずっと前からそうであったかのうように、ふたりの少女は唇を中心にひとつとなった。

ふたりは出会った途端に恋に落ちたと互いに気付いたのだ。

手を握るだけで相手の心が読めてしまう町子と、人の潜在意識の奥底にまでアクセスすることのできるリンゴである。出会ったわずかの一刹那でお互いのことがすべて理解できた。互いにその心の淵がコンガリと燃えていて、それが世界で言うところの「これは恋に相違ない」と一瞬で信じ合うことができたのだ。

それになんといっても彼女たちは若かった。恋という現象が出会い頭に不意に爆発して生まれることを意識する以前にふたりは無意識で知り得ていた。

だから背後で「なななんだ⁉ チュー⁉ 今かよ⁉」ギョギョッ!としている白髪の男がいようとも、まるでかまわずキスを交わしたのであった。

ふたりのキスは時間にすれば数秒に過ぎなかったが、背後の白髪の男に『ああ、ああ妄想はここまでにしよう』と、思い至らせるに十分な尺であったと言えた。

『ああ、妄想は、もうここまでにしよう。今までこの連載を書きながら、もうすぐ60歳という年齢と、母の容体やさまざまな要因から、不安、特にもう遠いとは言えなくなってきた老いと死への不安を感じ、それを少女への転生であるとか、町子のSF的冒険談などの物語りに置き換えることによって、現実から逃避を試みて来た。けれど、やはりもう無理だ。限界である。妄想は、妄想だ。美しい。けれど自分に都合のいい、絵空事に過ぎない。けっして、その中に入って生きることなどできるわけがない。今、目前で口づけを交わしている少女たちの世界に、どうして自分のような初老の男の入っていけよう。無理だ。そう、もう僕は現実を受け入れよう。僕はあと2年で還暦のおっさんだ。心も体もボロボロだ。そのボロボロの体と心でバンドをやり、物を書き、母を見舞い、それでもなんとか生きている。美少女に転生なんかしやしない。だけどなんとか生きているじゃないか。これからも、しばらくは。そして死ぬまで。それだけでもういいじゃないか。現実を受け入れるんだ。みんなそうやって生きているんだ。これを読んでいるアナタだってそうでしょう? そうやってなんとか現実と折り合っているのでしょう? だから、みなさん、さようなら。今回にて当連載は終わりです。妄想の残骸は単行本にまとまって今秋に発売されるでしょう。きっとサイン会を開きますが、僕はアナタの手を握っても心を読めないのでどんなに過去のある人も、やましいことのある君も、どうぞ安心してお越しください。それではみなさん、ごきげんよう。さようなら』

初老の男は抱きしめ合う少女たちに悟られないようゆっくりと階段を上った。

やがてタタタッ!と駆け上がり、今まさに扉が締められようとしている列車に飛び乗った。

すぐに扉は閉まった。

振り返るが町子とリンゴの姿は車窓からは見えなかった。

ゴットンゴットンと列車が動き出した。

スピードを上げ、やがてタンタン、タンタンとレールの音はリズムに乗っていった。

男は小一時間ほどその列車に揺られた後、適当な町で乗り換えた。母の入居している施設のある町に向かう列車に乗った。

また一時間ほど揺られてその町に着いた。

施設について事務の人に声をかけると「あら、大槻さん、さっきお母さんのところに面会の人が来ましたよ」と言った。

「え? 誰がですか」

「さぁ。でも若い、イケメンの子よ。息子さん?」

「いえ、違います。あぁ、そいつは、そいつはきっと……二代目だ」

そうつぶやいて二階の母の部屋に入ると、茂原のロッテリアでラーメンをおごった若い男が母のベッドの横に立っていた。

寝ている母の首に刃物を当てがい、切断しようとしているところだった。

白髪の男を見て一瞬その手が止まる。ニヤッと笑って“二代目”は言った。

「お久しぶりですね。ホラ見てください。自分なりの表現、見つけたんですよ」

「人間の首を切って殺すことが表現か?」

「ええ、そうです。いいでしょう? バンドなんかいらない。刃物が一本あればいい。楽しいですよ」

「やめておけ」

「町子もリンゴもアンタの首もいずれ切り取ってあげるからね。今日はまずこのおばあちゃんからだ。よく眠っている。きっとアンタのことを夢に見ているんだね。長い長い夢をね」

「よせ」

「よしゃしないんだよ」

飛びかかるには距離があった。若い男は本気のようだった。

「やめろ」

「やだよ」

男の刃物が初夏の日の光を受けキラキラと輝き始めた。
(後編に続く)

【著者より】
最終回後編に続く!! 連載ご愛読ありがとうございました。この後の展開と結末は今秋発売予定の書籍をお待ちください。

【編集部より】
1年間に渡りご愛読いただきありがとうございました。連載は終了となりますが、今秋に書籍化が決定しました。
詳細は決まり次第、エンタメサイト「ぴあ」にてお知らせします。お楽しみに!

プロフィール

大槻ケンヂ(おおつき けんぢ)
1966年2月6日生まれ。1982年、ロックバンド「筋肉少年少女隊」結成。その後「筋肉少女帯」に改名。インディーズで活動した後、1988年6月21日「筋肉少女帯」でメジャーデビュー。バンド活動と共に、エッセイ、小説、作詞、テレビ、ラジオ、映画等多方面で活躍中。「特撮」、「大槻ケンヂと絶望少女達」、「オケミス」他、多数のユニットや引き語りでもLIVE活動を行っている。

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