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兵庫慎司の『昔話を始めたらおしまい』

第三話:渋谷クラブクアトロのレディオヘット、代官山UNITのエド・シーラン (前編)

月2回連載

第5回

illustration:ハロルド作石

おっさんの昔話というのは、おしなべておもしろくないし、うっとうしいものだが、中でも特にうざいのが、たとえば「俺は渋谷系をリアルタイムで知っている」というように、自分の経験や体験を自慢してくるやつだ。

だってあなた、そこにいただけじゃん。生まれ年とか住んでいた場所とかの関係で、偶然その時その場所と、タイミングが合っただけじゃん。あなたが渋谷系というムーブメントを作った人なら、自慢するのもわかるけど、ただそこにいただけでドヤ顔されても。

──と、若い世代の人たちが言うのをきいたことがある。と、渋谷のワインバーBAR BOSSAのマスターであり、作家でもある林伸次(知人です)が、以前、何かに書いていた。

この人、「自分を含むおじさんというのは、下の世代や女性にとって、うっとうしい言動をとってしまいがちな生き物だから、そうならないように、常日頃から気をつけましょう」という趣旨で、一時期、この手の文章をよく書いていた。

そのどれもがいちいち芯を食っていて、「ほんとだ、俺も気をつけよう」と思わずにはいられなかったのだが、その中でもこれ、自分的にもっともグサッときたやつかもしれない。

うわあ。そうです、そのとおりです。なんの申し開きもできません。というですね。

にもかかわらず。今回はまさにそういうやつを、力いっぱい書こうとしているのだった。

どうでしょう。みっともないでしょう、それはもう大変に。ということを、最初に認めておこうと思って、以上のような書き出しにした次第です。

みっともない、という自覚があるのに、なんで書くのか。その己の「たまたまそこにいただけ」の程度が、「たまたまそこにいただけにもほどがある」くらい激しければ、つまり極端であれば、書いて人様にお伝えしても、おもしろがっていただけるのではないか、と、思ったからである。自分が過去に観たライブの中に、そのくらいのレベルのやつもあることを、思い出したのだった。

それが、今回のタイトルにした2本です。1994年に渋谷クラブクアトロで観たレディオヘッドと、2012年に代官山UNITで観たエド・シーラン。

まず、レディオヘッドの方から。ファースト・アルバム『パブロ・ハニー』が1993年、セカンド・アルバム『ザ・ベンズ』が1995年のリリースなので、その間の時期に実現した、初来日公演である。

この連載の第1回(ピーター・フックのバンド=リヴェンジを観た回)でも書いたように、僕は当時、株式会社ロッキング・オンという、主に音楽雑誌を出している出版社で働いていた。

で、自分がそのバンドのインタビューをしていようがいまいが、ライブレポを書こうが書くまいが、うちの雑誌が推しているバンドの来日公演は、社内みんな行くのがあたりまえ、みたいな感じになっていたので、このレディオヘッドのライブにも、足を運んだのだった。

これ、自分の所属が洋楽誌だろうが邦楽誌だろうが映画雑誌だろうが、広告営業だろうが総務・経理だろうが、社員はみんな原稿を書くしインタビューもする、という会社だったせいも大きいな、今思えば。あ、現在は、そういう会社ではないです。

まあ、そんなわけで観に行った、という時点でもう「たまたま」である。『パブロ・ハニー』を聴いてレディオヘッドに惚れ込み、来日公演を心待ちにしていて発表と同時にチケットを取った、みたいな方なら、「たまたま」ではないが、僕は違うので。

もちろん『パブロ・ハニー』は聴いていたし、好きだったが、自分がそういう業種ではない普通のロックファンで、就職して3年目で日々ジタバタ悪戦苦闘しながら仕事しています、みたいな状態だったら、来日を知りながら観に行かなかった可能性も十分にあっただろう。

なお、ライブの日付とかツアー・スケジュールとかは忘れていたので、ネットで検索をかけたところ、その来日公演のチラシをメルカリに出している人がいて、判明しました。

6月4日(土)渋谷クラブクアトロ
6月6日(月)心斎橋クラブクアトロ
6月7日(火)名古屋クラブクアトロ
6月8日(水)・9日(木)クラブチッタ川崎

という5本のうちの1本目である。東京公演、クアトロ一回チッタ二回もスケジュールを切っている、というのは、当時の初来日バンドの中でも、かなり人気が高い方だったのだと思う。

ちなみに、そのチラシのチッタの部分、「6/8wed,9tue CLUB CITTA’ KAWASAKI」と、9日の曜日が間違っている。30年も経ってから指摘してどうする。

で。その来日ツアーの初日の渋谷クラブクアトロで観たレディオヘッドは、それはもう、ものすごい衝撃だった。

何が。音が。演奏が。歌が。である。これも一回目に書いたが、1991年2月14日の初出社日に観たリべンジを皮切りに、その日までに僕が観てきた英米のギター・バンド系のライブは、基本的にみんな演奏がヘロヘロでスカスカ、たまにうまいバンドもいる、くらいだった。

あ、今「ギター・バンド系」と書いたように、 グランジ系とかハードコア系とかは別です……いや、そうとも言い切れないか。グランジ系やオルタナティブ系のバンドでも、音スカスカなやつもいたな。

初めて観たレディオヘッドは、そういうバンドたちとは、完全に別物だった。というか、別格だった。

音にぶん殴られる感覚、というか。ドラムもベースもギターも、まず鳴っている音自体がいかついし、それらが合わさった時のバンド・グルーヴが、さらにいかつい。で、心配なくらい繊細で、壊れそうなほどナイーブな(と、その日までは思っていた)トム・ヨークのボーカルは、それらのいかつい音に決してかき消されず、鋭く深く耳に突き刺さってくる。

たとえば、後に自分がライブを観て「うわ、あの日のレディオヘッドぐらいいかつい音だ」と思ったバンドは何でしょう。即答できる。レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンです。

何それ。全然違うじゃん。そう、全然違うし、音もジャンルもまったく異なるんだけど、「バンドの出音の爆発力」と「それに負けないボーカル」という点で、近いものを感じたのは本当だ。

レイジを観ながら「うわ、すげえ……この全身でバンドの音を食らう感じ、前に味わったことがある、誰だっけ…………あ、クアトロで観たレディオヘッドだ」と思い出したのだった。

特にすさまじかったのが、ジョニー・グリーンウッドのギター。わかりやすいところで言うと、「クリープ」のAメロからサビに入る直前で「ガギュン! ガギュン!」って二発ギターが鳴るじゃないですか。その後いろんなバンドが影響を受けて真似したあれ。

そういえば、くるりが最初にインディ・リリースしたミニアルバム『もしもし』(1997年)の1曲目の「東京」には、もろに「クリープ」そのまんまの「ガギュン! ガギュン!」が入っていた。が、後にメジャー・デビュー・シングルとして録り直されたバージョンでは、なくなっていた。

話がそれた。とにかく、その日の「クリープ」で、ジョニー・グリーンウッドが「ギターを弾く」というより「素手で薪を割る」みたいな勢いで腕を叩き下ろして鳴らした「ガギュン! ガギュン!」は、本当にもう、物理的に己の上半身がグッと後ろに反ってしまうくらいの衝撃だったのだ。

何これ。ギターってこんな楽器だっけ? で、こんな鳴り方のギターやベースやドラムに食われないトム・ヨークの歌って、いったい何なんだ!?

当時のロッキング・オン誌面では、さっきも書いたように、トム・ヨークはとにかく繊細でナイーブなキャラクターである、みたいな打ち出し方だったもんで、自分もそういう印象で捉えていたが、この日のライブでまったく印象が変わった。

どこがだ。めちゃくちゃ強えじゃないか。全盛期の高田延彦ぐらい。と、クアトロのフロア後方で立ち尽くしながら思ったのを、憶えている。

「全盛期の」と付けているあたりに、1994年当時の高田延彦はもう全盛期ではない、と、当時の自分が思っていたことが表れています。あと、強さの基準として高田延彦を持ってくること自体に、「ああ、こいつ、UWFインターはガチだと思ってるんだな」と、気の毒にもなります。

次回、2012年のエド・シーラン編に続く。

プロフィール

兵庫慎司
1968年広島生まれ東京在住、音楽などのフリーライター。この『昔話を始めたらおしまい』以外の連載=プロレス雑誌KAMIOGEで『プロレスとはまったく関係なくはない話』(月一回)、ウェブサイトDI:GA ONLINEで『とにかく観たやつ全部書く』(月二〜三回)。著書=フラワーカンパニーズの本「消えぞこない」、ユニコーンの本「ユニコーン『服部』ザ・インサイド・ストーリー」(どちらもご本人たちやスタッフ等との共著、どちらもリットーミュージック刊)。