兵庫慎司の『思い出話を始めたらおしまい』
第六話:2024年の綾小路翔と、2006年のDJ OZMA (前編)
月2回連載
第11回
illustration:ハロルド作石
香川県の国営讃岐まんのう公園で、毎年8月の第三週末もしくは第四週末に開催されている、地元のイベンターDUKEプレゼンツの老舗野外ロック・フェスティバル「MONSTER baSH」の、オフィシャルのライブレポを、2019年から書いている。その年に初めて仕事をいただいて以降、コロナ禍で開催できなかった2020年と2021年を除いて、毎年行っている。 フェス自体の雰囲気、参加者のみなさんのムードや姿勢、会場の地形(四国以外ではありえない、客席エリア内に丘があり山がある、なんとも素敵な場所なのです)、高松の街自体、あと街ぐるみでこのフェスを盛り上げている空気感、などなど、どれもとても好ましくて、この時期に「MONSTER baSH」へ行けることを、毎年楽しみにしている。今年=2024年も、8月24日・25日と、現場に行って来た。
「MONSTER baSH」は、今年で開催25周年。「STAGE空海」と「STAGE龍神」があるメインのエリアと、「MONSTER circus」と「MONSTER circus+」があるふたつめのエリアに分かれていて、それぞれのエリアで2つのステージが交互に進行していく。で、そのふたつのエリアとは別の場所に「STAGE茶堂」というこぢんまりしたステージがあって、そこには弾き語りなどのアコースティック系のアクトが出演する、という、計5ステージで開催されている。
なお、今年のような周年の開催の時は、「STAGE空海」と「STAGE龍神」が「RED baSH」と「WHITE baSH」という名前に変わる。めでたいので紅白、ということですね。
このオフィシャルレポは、関西のライター/ラジオDJである鈴木淳史と僕のふたりで書いていて、開催前にどっちがどこを観て書くか、分担を決める。今年は僕は、初日は終日「RED baSH」と「WHITE baSH」を観て、2日目は前半はそのままそのエリア、中盤に「STAGE茶堂」に行って、真心ブラザーズをちょっと観てから「MONSTER circus」と「MONSTER circus+」に移動し、最後までそこにいる──ということになった。
なので、2日目の最後は、「MONSTER circus」にいた。この日のこのステージのトリは、SMAの50周年と、「MONSTER baSH」の25周年のコラボ企画『五重の奏“こ〜んに〜ちは〜!! SMA50”』だった。
ソニー・ミュージック・グループ内のマネージメント会社であるSMA=ソニー・ミュージックアーティスツは、今年、創業50周年を記念して合計50本、各地で数々のライブイベントを開催している。その中のひとつがこれで、7月14日に北海道のフェス「JOIN ALIVE」でも、同じ企画が行われた。
バンドは、バンマス&ギター堂島孝平、ギター山本薫(クジラ夜の街)、キーボード渡辺シュンスケ(Schroeder-Headz)、ベース関根史織&ドラム堀之内大介(Base Ball Bear)という編成で、ボーカルは、SMA所属のアーティストたちが次々と登場する、という趣向。この日、出演が発表されていたのは、綾小路翔(氣志團/以下團長)、CHEMISTRY、木村カエラ、伊波杏樹、錦鯉、の5組である。
「MONSTER baSH」、快晴に恵まれすぎて、とにかく暑い! という天候になることが、これまでの自分の経験では多かったが、今年は、開催前日の天気予報によると、1日目の途中から雨が降り始め、そのまま2日目が終わるまで止まない──ということになるようだった。
しかし、その予報は外れ、1日目は降らずに終わった。そして2日目も降らず、例年と同じように、暑い天候が続いていた。
このまま降らずに終わるかも。天気が荒れないままいけるかも。という感じだった、のだが。来てしまったのだ、最後の最後に。しかも、かなり激しい天候の変化が。
まずトップの錦鯉が、鉄板ネタの「まさのり数え唄」で爆笑をかっさらう。続いて、バンマスの堂島孝平がボーカルをとった。曲は「葛飾ラプソディー」。アニメ『こち亀』のオープニングテーマですね。錦鯉もそのままステージに残り、盛り上げる。
錦鯉が去って、二番手は伊波杏樹。自己紹介を交えつつ、「Discover」と「Killer Bee」の2曲を歌唱。後者ではオーディエンスにシンガロングを求め、見事、成功する。
三番手はCHEMISTRY。「PIECE OF A DREAM」と「Let’s Get Together Now」の大ヒット曲を二連発、参加者をがっちりロック、みんなをうっとりさせた。
しかし。この「SMA50」のステージが始まるのと同時に、天候が荒れ始めていた。強い雨と風が、エリア全体を覆う。幸い、この「MONSTER circus」には屋根があるので、ステージ前に集まっている参加者たちは濡れずにすんでいるが、その屋根や両壁のテント部分に打ちつける雨風がどんどん強まり、バタバタと音が鳴る。屋根の外を振り返ると、みんな雨具を装着している。遠くで雷がひっきりなしに鳴り始め、その音がじわじわと近くなってくる──。
「まさか(スタート時刻の)5時半ぴったりに降るとは思わなかったね。来た時、めちゃめちゃ晴れてたから。呼ぶんだよ、SMA」と、曲間のMCで、川畑要が言った。いじった、というよりも、参加者みんな、この天候のことを気にしているのを察して、そう言葉にしたのだと思う。つまり、本当に瞬く間に、それくらいの悪天候に変わった、ということだ。
これ、ちょっとヤバいのでは。雨風はともかく、雷は、演奏ストップのレベルなんじゃないか、そろそろ。でも、あと少しだし……どうか、なんとか、最後までやれますように……でも、こっちは屋根あるからまだいいけど、「RED baSH/WHITE baSH」の方は、どうなってるんだ? ぴったり同じ時刻に四星球が始まっているはずで、そのあと、大トリのSaucy Dogがあるんだけど……。
などと、考えながら観ているうちに、四番手の木村カエラが登場する。1曲目は「Magic Music」。「飛べー!」「みんなの笑顔が見たい!」とアジテーション、「くつをならし 高く高くJUMPして」の歌詞どおり、みんな一斉にジャンプする。
次はその「Magic Music」を超えるヒット曲、「Butterfly」だ。中盤のブレイクでカエラ、オーディエンスにシンガロングを求め、みんなそれに応えて歌声が広がる。とても感動的な光景だった、暴風雨と雷の中であるにもかかわらず。逆か。暴風雨と雷の中だから、さらに感動的に思えたのかもしれない。
しかし。ここまでだった。そのブレイク明けで、バンドの演奏が戻るまさにその瞬間、PAシステムが落ちて、スピーカーの音が止まってしまったのだ。
鳴っているのは、ステージの上の小さな生音だけ。6人はその状態で、最後まで曲をやりきったが、そこでライブが中断となる。一瞬、スピーカーの音が元に戻った時、カエラがスタッフに「このままここにいたらダメですか?」と訊いた。お客さんたちにただ待ってもらっているのが申し訳ないから、MCとかで場をつなごうと思ったようだったが、全員ステージから下りるようにうながされ、いったん全員去る。出番がまだだった團長が「俺、いるからね!」と、一瞬ソデから顔をのぞかせた。
というわけで、参加者みんな、そのままその場で待機したが、雨も風も雷も、弱まる気配が微塵もない。で、20分くらい経った頃だろうか、このままフェスが終了することが、決定してしまったのだ。
あとでわかったが、「RED baSH/WHITE baSH」の方は、Saucy Dogのステージが、なしになってしまった。暴風雨と雷の中、ひとつ前の四星球の最後まで、なんとかやりきったところで、終了を決めたのだろう。
ということになり、出演者が全員、再度ステージに……いや、「全員」だけじゃない。茶堂ステージ出演者でこのセッションには参加していない、YO-KING(真心ブラザーズ)まで出て来た。
で、ここで終了であることをオーディエンスに伝える役目を担ったのは、本日唯一の、歌うことができなかったアクト、綾小路翔だった。しかも、おそらく落雷の危険を避けるため、PAシステムが使えないので、片手に持ったトラメガで。
團長、めちゃくちゃ悔しいと思う。大変に無念だと思う。なのに、そんな無念さなど一切匂わせず、ふんだんギャグを入れて笑いも取りつつ、ここで終了せざるを得ないことをアナウンスする。かつ、今行っている氣志團のツアー、9月16日の熊本公演だけチケットが売れていません、どうかみなさん──という宣伝まで入れ、さらに笑いをとる。
そのあと、参加者をバックに全員で記念撮影をし、出演者が全員退場するまでを、團長は取り仕切った。
「気の毒すぎる」「でもなんて立派な」「凛々しい、もはや」「漢と書いてオトコと読むやつだ、團長」などと、それはもう複雑な思いで、脳内がグルングルンなりながら、彼らを見送った。
よって、この時点で、僕もライブカメラマンもやることがなくなったので、ここにいてもしょうがないし、向こうの状況がどうなっているのかも気になるので、「RED baSH/WHITE baSH」の裏にある本部に戻りたかったが、「危険だからスタッフもそのまま動かないように」という指令が、解除されない。結局、「もう動いてよし」という連絡が来るまで、1時間ぐらい、ただただその場で待つことになった。
そのボーッと待っている間に「……あれ? なんか俺、前にも、これと近いような思いで、ステージの上の團長をじっと観ていたことがあったような……」という気がし始めた。いつだっけ? なんの時だっけ?
で、思い出した。それがいつの何だったか。
2006年9月15日、なので今から18年前。場所は、韓国・ソウルのウォーカーヒルホテルの中にある、ウォーカーヒルホテルシアター。韓国のヒップホップ・グループ、DJ DOCのイベントに、DJ OZMAが出演した時のことである。
次回に続く。
プロフィール
兵庫慎司
1968年広島生まれ東京在住、音楽などのフリーライター。この『昔話を始めたらおしまい』以外の連載=プロレス雑誌KAMIOGEで『プロレスとはまったく関係なくはない話』(月一回)、ウェブサイトDI:GA ONLINEで『とにかく観たやつ全部書く』(月二〜三回)。著書=フラワーカンパニーズの本「消えぞこない」、ユニコーンの本「ユニコーン『服部』ザ・インサイド・ストーリー」(どちらもご本人たちやスタッフ等との共著、どちらもリットーミュージック刊)。