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兵庫慎司の『思い出話を始めたらおしまい』

第八話:2024年のモッシュ・ダイブ問題の状況について考えた話と、1991年にモッシュで死を覚悟した話 (前編)

月2回連載

第15回

illustration:ハロルド作石

音楽メディアだけではなく、スポーツ新聞系のウェブサイト等でも報じられたので、ご存知の方は多いと思う。何を。10月20日(日)に、浅草花劇場で行われたニューロティカのライブ『ニューロティカ40th〜あっちゃん還暦披露宴パーティー〜』で、モッシュ・ダイブに巻き込まれたお客さんが手首を骨折、ギプス1カ月、全治2〜3カ月の重傷を負った件のことを、だ。

この日、開演前に、モッシュ・ダイブ行為禁止のアナウンスを何度も行ったにもかかわらず、このような事態が起きてしまったことを重く受け止めたニューロティカは、今後自分たちのすべてのライブにおいて、モッシュ・ダイブ等の危険行為を禁止することを、公式に発表した。

僕はこのライブを観ていないし、浅草花劇場に行ったこともない。なので、現場にいた知人にきいたのだが、まず、浅草花劇場という会場自体、普段ニューロティカがライブをやっているような、いわゆる普通のライブハウスとは異なる作りだそうだ。それはまあそうですよね、普段やらないところでやる、という趣旨で選んだ会場だろうし。

で、ステージ前の設備等を確認した運営側が、これはいつものようにダイブ/モッシュが起きたら危険なことになる、と判断し、開演前に何度も禁止を呼びかけた。でも、それを守らなかった一部の人たちによって、事故が起きてしまった、ということだった。

ただ、そのような状況だったことを理解する前の段階、最初にこのニュースを知った時、僕が最初に思ったのは「うわ、またか」ということだった。ニューロティカが、という話ではありません。コロナ禍の時期のライブやフェスにおける、感染予防のためのさまざまな規制が本格的にゼロになった2023年以降のライブやフェス、特にフェスにおいて、この「モッシュ・ダイブ問題」に異変が起きていることを、以前から感じていたのだ。

たとえば、毎年8月の第三週末頃に開催される四国の老舗野外フェス『MONSTER baSH』は、今年=2024年から「モッシュ・ダイブしたら一発退場」という厳しいルールを設けた。
あるいは、その2週間後、9月5日に京都KBSホールで行われ、四星球・ROTTENGRAFFTY・10-FEETが出演した『CAPITAL RADIO ONE25周年大感謝祭』では、開演前にイベンター=清水音泉のボス、清水番台が、なぜイベント直前にモッシュ・ダイブ禁止をアナウンスしたのか、その理由について、丁寧に説明した。その効果で、ダイブ等は起きなかったそうだ。

それぞれのフェス/イベントに、どういう事情があったのか、僕は知らない。が、普通に考えると、こんなふうにルールを厳しくする時というのは、どういう時かというと、深刻なケガ等のアクシデントが起きた時だ。何もトラブルがなければ、わざわざそんなことはしない。

たとえば、2009年に、全国のフェスで初めて「ダイブ等の危険行為を行った参加者は退場」というルールにしたROCK IN JAPAN FESTIVAL。
前年の暮=2008年のCOUNTDOWN JAPANで、ダイブによるケガで深刻な後遺症が残った参加者が出た。二度とそんな被害者は出してはいけない、と決めたので、このルールを導入します──と、当時、公式サイトで、理由が説明された。

それによって、参加者からも出演者からもさんざん批判や非難を浴びたし、中にはそれを理由に出演しなくなるバンドもいた。「だったら行かない」と、足を運ばなくなった人もいただろう。それでもロッキング・オンのフェスティバルは、その方針を貫いて、現在に至っている。

2024年の、『MONSTER baSH』と『CAPITAL RADIO ONE25周年大感謝祭』の例と、ニューロティカのライブでの事故に対するバンド側の対処は、その「ロッキンがダイブ禁止にした年」である2009年以来の、大きな動きだったのではないか、と思うのである。

ちなみに2009年当時、僕はロッキング・オンの社員だったが、フェスとは関係ない部署にいた。どこにいたんだっけ。あ、ウェブだ。当時できたばかりのウェブの部署にいたんだ。
なので、そんな非常にデリケートな問題に、よその部署の奴が外に向かってなんか書いたりするなんてありえないわけで、黙っているしかなかった。

が、正直、そうした批判に関しては、モヤモヤしていた。ロッキング・オンの社員として、ではなく、音楽好き/フェス好きな一個人としても、あの「ダイブ等の危険行為を行った参加者は退場」は、正しいと思ったからだ。

そりゃあ本当は、個々の自由を尊重して、規制しないですむのがベストだけど、深刻なケガ人が出てしまった後でも、「また出るかもしれない」状態で放置しておいて、いい? いいわけないでしょ。「二度とこんなことが起きないようにする」が正解でしょ、という。

そもそもモッシュとかダイブとかを知らないような奴が、ステージの前の方まで来るから悪いんだ。みんなそのへんをわかっているパンク系・ラウド系のフェスでは、ケガ人なんか出ないじゃないか。というのが、当時多かった批判の声だが、これにもすんごいモヤモヤした。

いや、だから、ロッキング・オンのフェスは、パンク系・ラウド系のフェスじゃないんだってば。そういうバンドも出るけど、そうじゃないバンドも出る、だからそういうバンドのお客さんも来るけど、そうじゃないお客さんも来るんだってば。なぜ。そんなふうに、いろんな趣味嗜好や価値観が混じり合う、共存できるフェスであろうとしているから。

だったら、そういう客は後ろの方で観てればいいじゃないか。危ないんだから前まで来るなよ。いや、大人数が集まるフェスの場合、後ろの方で観ようと思ってライブのスタートを待っていても、会場スタッフがトラメガで「これから大勢の方がいらっしゃいます、もっと前に詰めてくださーい」と叫ぶもんだから、みんなじわじわと動いて、また動いて、気がついたらかなり前の方まで来ていた、というようなことが、普通に起きるんですってば。

だったら前に詰めさせるな? それも無理でしょ。それをやったら「全然満員じゃない、前の方スカスカ、でも入口付近はギュウギュウで、入場規制がかかる」なんてことになってしまうし。

って、2009年に言いたかったことを、2024年になって書いてどうする。しかも9年半前に会社を辞めているのに。逆か。辞めているから、もう無関係だから書けることですね、こういうのは。

で、さらに言うとですね。さっき挙げた四国と関西と東京の例は、どれも2024年に起きたことだが、さっき「2023年以降のライブやフェス、特にフェスにおいて」と書いたように、2023年から僕は、各地のフェスで、「あ、コロナ禍前と変わったわ」と、実感することが多かったのだ。

モッシュ・ダイブをする人が、あきらかに減っているのである。パンク系のフェスやラウド系のイベントではそんなことはないだろうが、僕がよく行くような、そういうバンドも出るけどそうじゃないバンドも出るフェスは、各地、すべからくそうだった。

今年の夏に至っては、アーティスト側がMCで、はっきりと言葉にしないまでも、オーディエンスがモッシュしたりダイブしたりすることを煽るようなことを言ってから曲を始めた、でもオーディエンス、全然(もしくはちょっとしか)飛ばなかった。という現場を、二回、目の当たりにしたほどである。

これ、理由、いろいろ考えられる。たとえば。

・モッシュやダイブに適した音楽=パンク系やラウド系のバンドは、どれも中堅〜ベテランばかりで、そのシーンにおける若いバンドが、あまり出て来ていない。だから、ファンも高齢化していて、飛ぶ人が限られてきている。

・コロナ禍明けからフェスやライブに行き始めた若いオーディエンスは、モッシュやダイブをする習慣がない人が多い。そういう音楽が好きではない人はもちろん、そういう音楽が好きな人であってもだ。

・コロナ禍が我々に残した心的影響として、「大勢で密集するのイヤ」「知らないたくさんの人と至近距離で身体をくっつけるのがイヤ」「距離を取れるもんなら取りたい」っていうの、ないですか? 僕はあります。電車でも、なるべく端っこの車輌に行くようになっていました、気がついたら。

と、今思い当たるものを、3つ書いてみました。

しかもだ。さっき「パンク系・ラウド系のフェスでは、ケガ人なんか出ないじゃないか」という声があった、と書いたが、それで言うと、『CAPITAL RADIO ONE25周年祭』は、その方向の出演者が揃っているのに、それでも禁止にしなければいけなかった、ということだ。

以上、フェスとかに足しげく行っている誰かが、このような、「今、ロックバンドたちの現場ではこういうことが起きています」ということを、書いておいた方がいいんじゃないか。と思って、書いた次第でした。

こんな連載に書いてどうする。という気もするが、この件、後編で、当連載の趣旨につなげるのが可能であることを、思い出したから、書くことにした、というのもあります。

私、22歳の時、モッシュの中で「ここで俺は死ぬのか」と思った経験があります。という話です。しかも海外で。

というわけで、後編に続く。

……あ、待ってください。あとふたつ書いておきたいことが、あったんだった。

「モッシュ・ダイブを禁止にした」というようなことを、ここまで何度か書きましたが、日本中のフェスもイベントもライブも、「モッシュダイブOK」と謳っているケースは、基本的にありません。みんな「禁止」です。要は「禁止」だけど、違反してもお咎めがないところがほとんど、ということですね。僕が知っている限りでは、だが、モッシュ・ダイブが「禁止」ではないの、VIVA LA ROCKぐらいじゃないかと思う。

で、あともうひとつは、「モッシュ・ダイブ」という書き方って、実はすごく違和感がある。「モッシュ」はいいけど「ダイブ」が。

ライブでの「ダイブ」って、正しくは、客の上に立ち上がって飛ぶ、あるいはステージに上がって行ってそこからフロアに向かって飛ぶ行為のことですよね。でも今、それをやっている人、めったに見かけない。昔の小さいライブハウスではけっこういたけど、今のフェスや大型のライブハウスでは、ステージに辿り着く前に、柵前に落っこちるようになっているので。

要は今、客の頭の上を這ったり転がったりしていく「クラウドサーフ」のことを、みんな「ダイブ」と言っているんじゃないか、と。だから、個人的には本当は「モッシュ・クラウドサーフ」って書きたいんだけど、そうするとまた話がわかりづらくなるので、あえて「モッシュ・ダイブ」という言い方にしました。

では、改めて、後編に続く。

プロフィール

兵庫慎司
1968年広島生まれ東京在住、音楽などのフリーライター。この『思い出話を始めたらおしまい』以外の連載=プロレス雑誌KAMIOGEで『プロレスとはまったく関係なくはない話』(月一回)、ウェブサイトDI:GA ONLINEで『とにかく観たやつ全部書く』(月二〜三回)。著書=フラワーカンパニーズの本「消えぞこない」、ユニコーンの本「ユニコーン『服部』ザ・インサイド・ストーリー」(どちらもご本人たちやスタッフ等との共著、どちらもリットーミュージック刊)。