兵庫慎司の『思い出話を始めたらおしまい』

第二十二話:大変に今さらですが、オアシスについて書きます(前編)

月2回連載

第43回

illustration:ハロルド作石

え? 今、オアシスについて書くの? 年が明けて、2026年になって、最初の更新の回で?

なんで? 10月25・26日東京ドームの、16年ぶりの来日公演の盛り上がり、もうすっかり終わって、遠い昔みたいになっているのに?

2025年9月頃の、来日直前で世間が盛り上がっているタイミングとか、あるいは、自分がチケットを取れた10月25日の東京ドームを観てすぐ書くとか、なんでそういうふうにしなかったの? 今頃になって書かれても!

と、自分でも思います。正直に言うと、2025年10月更新の二回=第十九話の『学生時代に観た外タレは3組だけ』というやつを前後編で書いて、その次にオアシスのドームを観てすぐ書けば、11月10日の回でアップできるな、そうしよう、と考えていた。

しかし。その第十九話を書いてみたら、予想以上に長くなってしまい……というか、ここも正直に言うと、書いているうちに、当時のことをいろいろ思い出して楽しくなってしまい、「あのことも書きたい」「これも書きたい」と足していった結果、第十九話の前後編で終わるどころか、次の第二十話の前後編までの計四回分を、フルで使ってしまったのだった。

その次に新しいネタを書いてアップできるのは、12月10日。オアシス来日フィーバーなんて、とっくに終わっている。なので、オアシスのことはあきらめて、その次に書こうと思っていた、子供ばんどとEARTHSHAKERを繰り上げて、第二十一話の前後編を書いた。

が、年末あたりから、やっぱりオアシスについて書いておきたい、せっかく来日公演を観れたんだし、2009年の解散より前にも、何度も観ているんだし……という気持ちが、どんどん強くなってしまったのだった。

なので、書きます。マヌケなタイミングであることは重々承知です。

とは言え、僕は、人に自慢できるような、ハードコアなオアシスファンではない。1994年9月の初来日も(東名阪のクラブクアトロで東京は3デイズ)、1995年8月の二度目の来日も(関東・大阪のツアーで関東はクラブチッタ2日+リキッドルーム1日+恵比寿ザ・ガーデンホール2日)、1998年2月の三度目の来日も(日本武道館3デイズ)も、観ていない。

つまり、頭のアルバム3枚=もっとも作品が良かった頃を、ことごとく逃している。という時点で、いかにダメであるか、おわかりいただけると思う。

現に、みなさんご存知のように、オアシスの2025年のワールド・ツアー(東京を含む)のセットリストは、アンコールを含む全23曲のうち、22曲が頭の3枚の時期から選ばれていた。

正確に言うと、ファーストとセカンドの間に出たけどオリジナル・アルバムには入っていない「Whatever」や、シングルのカップリング曲で、オリジナル・アルバムに入らなかったけど、時期としては頭の3枚までの期間にあたる数曲も含めての、22曲である。

それ以外の時期の曲は、12曲目に演奏された、5作目のアルバム『Heathen Chemistry』からの「Little By Little」のみ。あと、4作目『Standing On The Shoulder Of Giants』の1曲目の、アルバム全体のSEみたいなインストゥルメンタル曲「Fuckin’ in the Bushes」を、解散前と同じように、このツアーのSEとして使っていたが、それを入れても2曲である。

徹底していますよね。4作目のアルバム以降のシングルは極力やらない、それよりも初期のアルバム未収録曲を優先する、という。

まあ、初期のオアシスの場合、「こんないい曲を無造作にシングルのカップリング曲にしないでよ」と言いたくなる曲が多かった、ということでもあるんだけど。僕も、今回調べ直すまで、「Acquiesce」がカップリング曲だったことを忘れていたし。リアムとノエルが交互に歌う、という点がとても貴重な、ライブでめちゃめちゃ盛り上がる曲なので。2 作目『Morning Glory』のリカット・シングル「Some Might Say」のカップリング曲だったそうです。

4作目『Standing On The Shoulder Of Giants』のシングル「Go Let It Out」や、6作目『Don’t Believe The Truth』のシングル「Lyla」なんかも、セットリストに入れたってよかったんじゃないか。という気もするけど、でもまあ、入れたくなかったんだろうな。で、大半のファンも「正解!」とか言って喜んでおられたし、これでよかったんだろうな。

さて。というわけで、そんなボンクラが、ようやく初めてオアシスのライブを観たのは、四度目の来日ツアー、2000年2月〜3月である。4作目のアルバム『Standing On The Shoulder Of Giants』のタイミング。

この時、僕は、BUZZという、洋楽も邦楽も扱う隔月刊の音楽雑誌にいて、このツアー、編集部全員で手分けして、できるだけ多くの回数を観て、レポートする特集を組もう、ということになった。

と言っても、社員3人アルバイトひとり、4人しかいない編集部で、書くのは社員3人。なので、全通は無理としても、とにかく行けるところには行こう、東京とかで2人が観れる公演はレビューも2本載っけよう、というような、ちょっとどうかしている特集だった、と、記憶している。

どんな記事に仕上がったんだっけ。読み直してみたいが、私、自分が編集したり書いたりしたロッキング・オンの雑誌、持っていないのです。毎月自宅に増え続ける雑誌の量に、入社15年ぐらいの時点で「ああもう無理!」と耐えられなくなり、全部会社に持って行って、引き取ってもらったのだった。

後悔しています。ネットの古本屋とかオークションとかにないかな、と、今調べてみて、Belle and Sebastianが表紙で『悲しみのロックを鳴らせ!』という特集だった、2000年5月号に載っていることを思い出しました。某古本サイトで税込2,500円。買おうか、と一瞬迷ったが、やめました。

さて。その、2000年の、『Standing On The Shoulder Of Giants Tour』の日本公演の日程は、こうです。

2月29日 横浜アリーナ
3月1日  名古屋レインボーホール
3月3日  マリンメッセ福岡
3月5日  横浜アリーナ
3月6日  横浜アリーナ
3月7日  横浜アリーナ
3月9日  大阪城ホール
3月11日 神戸ワールド記念ホール
3月12日 神戸ワールド記念ホール
3月14日 広島グリーンアリーナ
3月16日 宮城県総合運動公園グランディ・21

全部で7都市、11本。めちゃくちゃやっていますね。

2025年のオアシスの来日に関して、「昔は東京ドームでやったこと、一回もなかったのに」みたいな、オールドファンの声をよくきいた。まあ確かにそうよね、と思う反面、でもそれを言ったらレッド・ホット・チリ・ペッパーズだって、コロナ禍以前はドームでワンマンなんて考えられなかったわけで、だからオアシスだけの事情じゃなくて、LIVE NATIONの日本進出とか、日本という国における洋楽マーケットの変化とかの、いろんな要素が重なって「ベテラン人気バンド特需」みたいなことが起きている、という話であって……。

などと、考えたりもしていたのだが。こうして2000年のスケジュールを見直すと、横浜アリーナ4公演、ギュッとまとめれば、東京ドーム1日分にはなりますね。2日分には届かないけど。

この11本のうち、僕は横浜アリーナと広島グリーンアリーナと宮城県総合運動公園グランディ・21に行った。横浜アリーナは、どの日だったか憶えていないが、初日ではなくて3デイズのどれかだった。

広島は、実家があるから宿泊費かからないだろ、おまえ行け、ということになったのだと思う。広島グリーンアリーナ、僕が高校を卒業して広島を離れたあとにできた(1994年)施設なので、この時、初めて行きました。余談ですが、その次に行ったのは2025年の7月12日、Ooochie Koochieのツアー初日です。

宮城のグランディ・21は、今のセキスイハイムスーパーアリーナ。仙台市内ではなく宮城郡利府町というところにあって、当日が大雪で、市内までの行き帰りが大変だった記憶がある。

あと、このツアー、3本目の福岡で、リアムが頭の5曲でステージを去ってしまい、6曲目から最後までノエルが歌った、という事件があった。驚いたが、別の編集部員が行っていたので、「その日のレポートはなし」にならないですんだ、よかった、と思ったのを憶えている。全然よくないけど。

ちなみにリアムは、その次の来日ツアー(2002年)でも、福岡で、6曲目の途中で退場している。

その次の来日は、2001年7月27日、『フジロックフェスティバル』の初日のトリ。これも観た。1年後=2002年の『Heathen Chemistry』のツアーも観たし、その4カ月前に、たった1本のイベント出演のために来日したやつも観ている。

2002年5月23日、『MTV THE SUPER DRY LIVE』というイベントに出演した5組の中の1組として、なんとZepp Tokyoで、9曲やったのだ。

このMTV Japanプレゼンツのイベントは、アサヒスーパードライという大スポンサーがあったからこそ、オアシスをZepp Tokyoに呼ぶことができた、というもので……。

待てよ。これ、ちょっと前に、何かに書いた気がするな。そうだ、Zepp Tokyoが閉まる時に、「Zepp Tokyoで観た思い出深いライブベスト5、というテーマで書いてください」と依頼を受けて、そのベスト5に入れたんだった。

その頃に観たオアシスのライブがいかなるものだったのか、自分はどう受け止めたのか、などについて書く前に、規定の行数を超えてしまった。

後編で、2025年に観たオアシスについて書く時に、そのあたりのことも、一緒に書きますね。

次回に続く。

プロフィール

兵庫慎司
1968年広島生まれ東京在住、音楽などのフリーライター。この『思い出話を始めたらおしまい』以外の連載=プロレス雑誌KAMINOGEで『プロレスとはまったく関係なくはない話』(季刊)、ウェブサイトDI:GA ONLINEで『とにかく観たやつ全部書く』(月二回)。著書=フラワーカンパニーズの本「消えぞこない」、ユニコーンの本「ユニコーン『服部』ザ・インサイド・ストーリー」(どちらもご本人たちやスタッフ等との共著、どちらもリットーミュージック刊)。編集で参加した忌野清志郎&仲井戸麗市の本『忌野くんと仲井戸くん』が2025年11月5日に発売になり、年末に二刷がかかりました(株式会社QANDO:qando.co.jp)。
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