兵庫慎司の『思い出話を始めたらおしまい』

第二十五話:「ガッツだぜ!!」以前のウルフルズ(前編)

月2回連載

第49回

illustration:ハロルド作石

ウルフルズの本を出しました。

書名は「ウルフルズ『バンザイ』ザ・インサイド・ストーリー」。CDセールス100万枚オーバーの大ヒットとなった、ウルフルズのサード・アルバム『バンザイ』のリリースから、今年=2026年で30年。というタイミングで、1冊まるごと320ページ使って、その『バンザイ』をあらゆる角度から掘り下げた本です。メンバー、マネージャー、プロデューサー、レコード会社のディレクターやA&Rや宣伝担当、レコーディング・エンジニア、MV監督などの15人にインタビューをして、全員の言葉から『バンザイ』とは何だったのかを知っていく、あるいは考えていく、という趣旨です。

6年前に同様の企画で、ユニコーンの『服部』の本を作った時も同じだったのだが、このように「1冊まるごと使ってアルバム1枚を掘り下げる」本の場合、そのアルバムよりあとのバンド・ストーリーまで追う必要はないが、そのアルバムより前のバンド・ストーリーは、追わないといけない。というか、追わないと成立しない。

そのバンドがなぜ『バンザイ』を(『服部』を)作ることができたのか。メンバーもスタッフも含めて、その時そこにどんな人たちがいて、どんなふうに出会って、どんなふうに行動を共にしていったのか。その活動において、どの時期に、どんな出来事があったのか……などなどをすっとばして、いきなり「こんなふうに『バンザイ』の曲作りが始まりました」から書き始めたところで、何にも面白くない。

というか、面白い面白くない以前に、もしそこから書き始めたとしたら、登場人物たちが、何か行動したり決断したりするたびに、「彼がその時にこう決めた理由は、×年前のあの時にこんな経験をしたからです」みたいなことを、いちいちさかのぼって書かなければいけなくなる。

というわけで、ユニコーン『服部』の本は、メジャーデビューから書き始めたし、このウルフルズ『バンザイ』の本は、メンバーの出会い〜バンドの結成から書き始めた。というか、書き始める前に、メンバーやスタッフたちにインタビューする際の設定を、まず、そのようにした。

ただし。ユニコーンの時とウルフルズの時の、もっとも大きな違いは、ユニコーンの時は、僕自身はまだ京都の大学生で、リスナーのひとりだったが、ウルフルズの時は、音楽雑誌『ロッキング・オン・ジャパン』の編集者兼ライターとして、当時のウルフルズのわりと近いところにいて、どん底から大ブレイクまでを見ている、ということだ。

なので、当然、インタビューをする時も、それを文字にする時も、その当時の記憶が、とても役に立った。インタビューに応じてくれたスタッフのみなさんも、その半数は当時から知っている人たちで、久々の再会がうれしかったし、当時のお互いのことを知っているので話が早い、というのもあった。

でも、当時のウルフルズの、いろんな局面に関して、「それを自分はこのように記憶している」とか、「その時自分はこう思った」というようなことは、必要だと思ったところしか書かない、というふうに心がけた。

「『バンザイ』と僕」「ウルフルズと僕」みたいな本に、したくなかったからだ。主軸はあくまで『バンザイ』でありウルフルズである、そこからずれるようなことは、この本には入れたくない、という。

なので、当時のことで、「ウルフルズ」と「自分」で言うと、「自分」の方に比重が寄っているので、この本に入れなかった話は、結構ある。

たとえば。この本のインタビューを受けてくれたスタッフのひとりである、当時、ウルフルズのサブマネージャー&ライブ制作だった小西路子と僕は、実は、ウルフルズ以前からの知り合いである。

初めて会ったのは、僕が大学の1回生で、彼女が高3の頃。場所は京都。河原町ビブレに、サウンドクリエイター(関西のイベンター)が経営するPICK UPというレコード/CDショップがあって、その店は、1フロア上にあるビブレホールで、月イチくらいのペースで、地元のアマチュアバンドを集めた『PICK UP LIVE』というイベントをやっていた。彼女はそのスタッフで、僕はそこに出してもらうバンドたちの中のひとつでドラムを叩いている奴、として、出会ったわけです。

僕のバンドが解散するまで、そのイベントに定期的に出してもらっていて、それ以外のライブにも、彼女は来てくれたりした。その後、僕は就職で東京へ行き、彼女はその前に専門学校を卒業して、京都のミューズホールで働いていた。

という形で疎遠になって、しばらく経った頃。仕事で接するようになっていたトータス松本に、突然、「兵庫くんのバンドのデモテープ聴いたよ」と言われたのだ。

ものすごくびっくりしたし、ものすごく恥ずかしかった。当時、僕は入社1年半とかだったが、「あれでプロになれると思っていたなんて、とんでもないバカ野郎だった」ということが、わかるくらいにはなっていたので。

彼女が、ウルフルズの事務所のタイスケ、その親会社である大阪アソシエイツにいることを、その時トータスにきいて、知った。僕がウルフルズを応援していることを知った彼女が、デモをトータスに聴かせたのだった。

もうひとつ。当時、キョードー大阪で、デビューしたばかりのウルフルズを担当していたのは、僕の大学の同級生で、僕のまわりで唯一『ロッキング・オン』を読んでいた、滝口という男である。

つまり、ウルフルズのまわりには、僕の学生時代の友達がふたりいたのです、という話なんだけど、いらないでしょ? この本には。なので、書かなかったのだった。

それから。当時、『ロッキング・オン・ジャパン』の編集部にいて、ウルフルズのライブを観て、その場で涙がボロボロ出るほどショックを受け、ファースト・アルバムの『爆発オンパレード』を全曲歌詞を覚えるほど聴きこんで──ということを、この本のプロローグに、僕は書いている。

が、その、涙がボロボロ出たライブは、実は、僕が初めて観たウルフルズのライブではない。二回目だ。でもそれも、このプロローグに細々と書かない方がいいな、ウルフルズのことではなく自分のことなので、と、判断したわけです。

だけど、この連載に書くんだったらいいかな、と。これ、そういう趣旨の連載だし。

そもそも、『ロッキング・オン・ジャパン』誌で、ウルフルズを見つけたのは、僕ではない。当時、同誌に1/2ページの連載を持っていた、小林充人という高校生である。

僕が入った1991年4月入社の試験の1年前の試験を、彼は、高校生だったのに受けに来た。当時、ロッキング・オン社は、入社試験を行う時に、「学歴性別年齢一切不問」と謳っていたので、それを真に受けたのだと思う。

で、さすがに高校生は……となったが、作文が面白かったのと、たぶん本人のキャラクターも面白かったのが認められ、「入社はさせられないけど、『ジャパン』で毎月1/2ページあげるからなんか書け」ということになったそうだ(僕の入社前の話なので、伝聞です)。

というわけで、彼は、自分がライブハウスで見つけた、まだ世に知られていないバンドを、毎月ひとつ紹介する、「スーパーわけわからんバンド探し」という連載を始める。その中で見つけたひとつが、ウルフルズだったのだ。

なお、彼は当時、ゆらゆら帝国も見つけて、紹介している。

なので、ウルフルズがデビューした時の、『ジャパン』のライターは、彼。編集部の担当は、誰だったか知らない。僕ではなかったので。

というわけで、僕はノータッチだったのだが、そのファースト・アルバムのタイミングで行われた東名阪ツアーの東京公演である新宿パワーステーションは、なぜか観に行っている。なんで行ったのかも憶えていないが、それが僕が初めて観た、ウルフルズのライブだ。

パワステ、埋まっていなかった。で。正直言って、その時は、そんなにピンとこなかった。テンション高く楽しくやっているけど、なんか空回りしている感じがしたことしか、憶えていない。

あ、あともうひとつ憶えているのは、当時の上司、編集長の山崎洋一郎も観に来ていて、終わったあと、「ベースはよくわかんないけど、ギターとドラムはいいな」と言ったことだ。

補足すると、これ、ボーカルがいいのは前提で言っています。当時、ボーカルはいいけど演奏力やパフォーマンス力の部分で、他のメンバーがボーカルに付いて行けていない新人バンドが多かったので、そういうバンドとは違うな、という肯定的な印象を持ったので、彼はそんなふうに言ったのだと思う。

次回に続く。

プロフィール

兵庫慎司
1968年広島生まれ東京在住、音楽などのフリーライター。この『思い出話を始めたらおしまい』以外の連載=プロレス雑誌KAMINOGEで『プロレスとはまったく関係なくはない話』(季刊)、ウェブサイトDI:GA ONLINEで『とにかく観たやつ全部書く』(月二回)。今回のテーマにした「ウルフルズ『バンザイ』ザ・インサイド・ストーリー」、リットーミュージックより発売中。全320ページ、2,500円+税です。みなさまぜひ。
最近のウェブ仕事一覧:foriio.com/shinjihyogo